1982〜1985年にかけて週刊少年ジャンプで連載されていた人気漫画「よろしくメカドック」。その作中には現代では名車と呼ぶにふさわしいモデルが多数登場する。今回はその中から、トヨタの2000GTをマンガの原画とともに振り返る。
画像: 国産車で初めてリトラクタブルヘッドランプを採用したのも2000GTだ。

国産車で初めてリトラクタブルヘッドランプを採用したのも2000GTだ。

画像: 車両価格は238万5000円。当時の大卒初任給の100倍近い超高級車だった。それでも赤字だったという。

車両価格は238万5000円。当時の大卒初任給の100倍近い超高級車だった。それでも赤字だったという。

1965年10月の東京モーターショーで初めて量産プロトタイプが公開されたトヨタ2000GTは、その後本格的な走行テストを重ねて1967年5月にようやく発売された。よく知られているように、実質的な開発はトヨタとヤマハ発動機が共同で行った。これには当時のトヨタが、カローラ、センチュリー、スプリンター、コロナ・マークⅡなど相次ぐニューモデルの発売計画を抱えていたため手が回らず、結局、試作と生産をヤマハに委託したという背景があった。

画像: クラウンに搭載されていた2リッター直6のM型をヤマハがDOHC化して搭載。

クラウンに搭載されていた2リッター直6のM型をヤマハがDOHC化して搭載。

発売価格は238万5000円で、大卒初任給の100倍近い。今で言う「スーパーカー」である。それだけに贅を尽くした作りは、庶民にため息をつかせるものだった。エンジンは、クラウン用に開発されていた2リッターのM型をベースにヘッドをDOHC化した3M型を専用開発。ソレックスキャブを3連装し、最高出力160ps/6000rpm、最大トルク18.0kgm/5000rpmを誇った。X字型にフレームを組み合わせたシャシ=Xボーン・フレームも専用開発。組み合わされたサスペンションは前後ともダブルウイッシュボーンで、ブレーキは4輪ディスク、ホイールはアルミより軽量なマグネシウム製が装着された。

画像: メーターパネルには高価なローズウッドの1枚板を使用。これだけ大きなローズウッド板は今日では入手困難だ。

メーターパネルには高価なローズウッドの1枚板を使用。これだけ大きなローズウッド板は今日では入手困難だ。

内装の豪華さでも当時随一のもの。メーターパネルはヤマハの木工技術を生かした「総ローズウッド張り」で、そこにはめ込まれた各種のメーター類は高級腕時計を思わせた。シートもレザー張りだった。これだけゴージャスな内外装を採用しながら「純国産」であったのも盛んにPRされた。

画像: 東日本サーキットグランプリ編の冒頭に登場した2000GT。MDM=メカドック・モドキ、メカドック(MD)の非公認準ワークスチーム?ⓒ次原隆二/NSP 1982

東日本サーキットグランプリ編の冒頭に登場した2000GT。MDM=メカドック・モドキ、メカドック(MD)の非公認準ワークスチーム?ⓒ次原隆二/NSP 1982

よろしくメカドック」では、東日本サーキットグランプリ編に登場。MDM=メカドック・モドキという非公認の準メカドックワークス・チーム(?)の中の1台として登場。いつもはトヨタスポーツ800を駆っている女暴小町(すけぼうこまち)こと小野麗子がドライバーとして出走するが、オーバーフェンダーやスポイラーの装着以外、チューニングのメニューは不明。ちょい役での登場だったが、今思えば謎が多いクルマでもあった。

画像: ⓒ次原隆二/NSP 1982

ⓒ次原隆二/NSP 1982

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