クルマが一挙に大衆化した1970年代〜80年代。高性能車が続々と誕生し、クーペが若者の憧れだった時代を振り返る期間限定の連載の始まり。今回は高性能の代名詞だったターボとツインカムを合体した初の国産車、3代目セリカ1800GT-Tにスポットを当ててみた。
画像: 3代目セリカ(A60系)は1981年7月にデビュー。ボディタイプはノッチバッククーペとリフトバック(写真)。ポップアップ式のヘッドランプから通称「ヒラメ」と呼ばれた。

3代目セリカ(A60系)は1981年7月にデビュー。ボディタイプはノッチバッククーペとリフトバック(写真)。ポップアップ式のヘッドランプから通称「ヒラメ」と呼ばれた。

1973年~78年と言えば、日本の自動車メーカーは石油ショックと公害対策のダブルパンチを受けて、およそスポーツエンジンなどとは縁のない分野での技術開発に全力を傾けなければならなかった。そんな中でも、トヨタはDOHCエンジンの生産・開発を継続していたのは企業としての余力がなせる技だったのだろうか。

そんなトヨタにとっても、1979年デビューの日産セドリックターボから始まったターボ時代の到来は、苦々しい思いだったかもしれない。日産のターボ戦略に対して、NAのツインカムで立ち向かうトヨタとて、「ツインカムかターボか」という選択に悩むことになるのだ。

そこでトヨタが出した答えが「ツインカムターボ」。そして日産に対して絶対的な優位を手に入れるために開発したのが、1.8ℓDOHCターボツインプラグの3T-GEU型エンジンだった。最高出力160ps、最大トルクは21.0kgmといま見ればたいしたことはないと思われるかも知れないが、世のクルマ好きにとっては衝撃的なエンジンだったのだ。

画像: 「ツインカムかターボか」論争に終止符を打った3T-GEUエンジン。T型としては最後の新開発エンジンとなった。

「ツインカムかターボか」論争に終止符を打った3T-GEUエンジン。T型としては最後の新開発エンジンとなった。

トヨタはこれをまずは3代目セリカのノッチバッククーペモデルに、従来の2ℓDOHC(18R-GEU)に代わって搭載した(1982年9月)。3代目セリカはリフトバックもラインアップしていたが、ボディ剛性に優れるノッチバッククーペを優先して搭載したのだ(のちにリフトバックにも搭載)。さらにやや遅れて、シャシを同じくするカリーナやコロナにも搭載し、一挙に巻き返しを図ったのである。

画像: ステアリングのセンターパッドには「TWINCAM turbo」の文字が燦然と輝く。オプションでデジタルメーターも選択可能だった。

ステアリングのセンターパッドには「TWINCAM turbo」の文字が燦然と輝く。オプションでデジタルメーターも選択可能だった。

画像: インテリアもスポーティ。上位車としてセリカXXも発売されていたが、それと比べてもクオリティに遜色はなかった。

インテリアもスポーティ。上位車としてセリカXXも発売されていたが、それと比べてもクオリティに遜色はなかった。

ちなみに3代目セリカは1983年のマイナーチェンジで大胆なフェイスリフトを断行。フル・リトラクタブルヘッドランプとなり、1.6ℓエンジン搭載車には従来の8バルブDOHCに代わり、AE86レビン/トレノと同じ16バルブの4A-GEエンジンが搭載された。

画像: 1983年8月のマイナーチェンジでリトラクタブルヘッドランプに変更(通称「ブラックマスク」)。60偏平タイヤやドアミラーを標準装備したほか、1.6ℓ車にはAE86レビン/トレノでおなじみの4A-GEU型エンジンを搭載。

1983年8月のマイナーチェンジでリトラクタブルヘッドランプに変更(通称「ブラックマスク」)。60偏平タイヤやドアミラーを標準装備したほか、1.6ℓ車にはAE86レビン/トレノでおなじみの4A-GEU型エンジンを搭載。

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