意のままのドライブを提供するための、内緒の1台
基本的には、7月から日本市場にも復活する「ただの」シビック4ドアセダンだ。けれどマットブラックにまとめられたボディと適度なローダウン、235/45R18タイヤがセットされたスタイリングは、一種異様な迫力がある。試乗待ちのエリアで隣に新型タイプRが並んでいる時でも、けっしてインパクト負けしていない。それどころか、タイプRのオーバーデコレーションがかえって気になるほど、「大人がソソられる」シックなスポーティ感が漂っている。
ホンダが『Dynamic Study<ダイナミック スタディ>』と名付けたこの車両は、2016年10月に技術研究所内に新設された部署「商品・感性価値企画室」で、ホンダ車全般のダイナミック性能を高めるための研究・開発に使われている。単純な「速さ」とか「楽しさ」だけではない。安定性、応答性、振動遮断というクルマに求められる高い基本性能をベースに、「人の感覚に合った車両挙動を研究し、意のままドライブを提供」するための実験用車両だ。
抜群に心地よいDCTの加速感。アクセルコントロールで自在の走り
「商品・感性価値企画室」の役目はまず、「人の感覚」とか「意のまま」とかいう、主観的で曖昧な要素を、わかりやすくするところにある。企画室のメンバーは、部署横断的に自薦他薦で参加した「選ばれし者」たちだ。彼らはその経験値をもとに、「ホンダらしい走り」とか「ホンダらしい楽しさ」を追求する。そこに明確な基準はない。けれど、これまでもそれぞれに意識して取り組んできた「ホンダらしい魅力」を具体的に「見える化」し、商品企画の段階からニューモデル開発の現場へとフィードバックするという。それは時に数値化されたデータであり、時に個別チェックシートのような、より主観性が強いものになる場合もあるようだ。
実際、それほど腕にも感度にも自信がないレベルのドライバーでも、『ダイナミックスタディ』を実際に操ってみれば、「ホンダらしい走り」の味わいは、ある程度まで感じ取ることができる。シビックのプラットフォームをベースにチューニングを施したフットワークはとても素直で、安心感と軽快感が絶妙なバランスだ。1.5Lターボエンジンも想像以上にパワフルに感じられる。
しかしもっとも驚かされたのは、DCTの心地よい変速感だった。アクセルを踏み込んだ時の段付き感を適度に抑えた加速が、スムーズで気持ちいい。一方、スポーツモードなら、アクセルペダルの踏み込み具合次第で、コーナリング姿勢を変えることも自在だ。不用意なシフトダウンはしないので、まさに「人の感性に優しい」ドライビングが積極的に楽しめる。
「バラバラ」を統一しコモディティ化を防ぐ。守るべきはブランドの価値
こうした新部署が作られる背景には、「ホンダらしい個性」が薄れかけていることに対する危機感がある。たとえば走りの楽しさなどは人によって好みも違うし、それをどこまで深く追求していくかについては、それぞれの開発現場に任意で任されてきた。そのために同じホンダ車でも味付けの差が如実に出てしまい、結果として「最近のホンダは走りの方向性がバラバラ」で「つまらない」という評価につながってしまったことに対する、反省がある。
同時に、FCVからPHEV、フルバッテリーEVまで、多彩な角度から電動化へのアプローチをかけているホンダが恐れているのは、コモディティ化によるブランドバリューの喪失だ。自動車メーカーだけではなく、さまざまな業態からの電気自動車市場参入が予想される時代に、どう差別化していくかはどのメーカーにとっても共通する課題となっている。その差別化の要件のひとつとしても、「感性価値」というファンクションが今後、重要視されるようだ。
そもそも「感性価値」は、経済産業省が提案した「感性価値創造イニシアティブ」という産業振興プログラムの中で、わかりやすく定義されている。要は「いい商品、いいサービスを提供する」ための付加価値としての「感性」の活用ということ。「それは決してダイナミック性能に限らない」と、研究所のスタッフのひとりが語ってくれた。「スイッチの押し心地ひとつまで気持ち良くする」ために「商品・感性価値企画室」の活動が、これから本格化していくという。その結果として、「ホンダ車らしい」魅力の意味合いが、さらに広がり、深化していくことは間違いない。