歴代シビック タイプRの開発者に「いまだから語れる(いまこそ語ろう)開発の舞台裏」と題して、独占インタビューを敢行。計6回の短期集中連載をお届けすることとなった(毎週金曜公開)。その第2回は2015年12月7日に発売されたシビック タイプR(FK2型)の開発責任者を務めた八木久征氏に、その開発の舞台裏をうかがった。
画像: 【連載・第2回】ホンダ シビック タイプR(FK2)いまだから語れる開発の舞台裏 開発責任者 八木久征氏インタビュー

PROFILE
八木久征 Hisayuki Yagi
株式会社 本田技術研究所 四輪R&Dセンター シビック タイプR 開発責任者

1989年(株)本田技術研究所入社 。インテリア設計を経て、2004年以降、歴代の欧州シビックの開発に従事し、3ドア、5ドア、タイプRのインテリア設計PL、車体設計責任者を歴任。FK型では5ドアおよびタイプRの車体設計開発責任者を任務後、2014年、LPLに就任。趣味はフライフィッシング。愛車はS2000。

シビック タイプR 史上最強のモデルが登場!(当時)

画像1: シビック タイプR 史上最強のモデルが登場!(当時)

「長い間、欧州シビックのベース車の開発に関わってきました。FN2と呼ばれる『シビック タイプRユーロ』はインテリア設計PLを担当しました。今回メインでお話するFK2シビックでは、ベース車の5ドアとタイプRのLPLを務めました」

こう語り始めたのは5代目シビック タイプR(以下、FK2)のラージプロジェクトリーダー(LPL=開発責任者)を務めた八木久征さんだ。シビックとの関わりは古く、2004年から欧州シビックの開発にタッチし、タイプRのインテリア設計のリーダーも務めた。2010年には5ドアモデルの車体設計開発責任者になり、FK2シビックでは最初に5ドアを、これに続いてタイプRをまとめている。 

画像2: シビック タイプR 史上最強のモデルが登場!(当時)

レーシングスピリッツが生んだ究極のホンダスポーツが、エンジニアの英知を結集して開発され、走る楽しさと速さにこだわった「タイプR」だ。シビックは、1997年にタイプRを設定した。EK9の型式を持つタイプRは、1万5000台を超える販売を記録している。

これに続くシビックの第2世代タイプRが、イギリスから送り出されたEP3だ。そして3代目のFD2タイプRはセダンボディをまとって登場し、タイプRの新境地を切り開いた。このモデルを最後に、多くの人たちに親しまれたシビックは日本市場から姿を消している。

その後は、タイプRだけはイギリスからの輸入という形でバトンをつないだ。2009年11月、FN2と呼ばれる「タイプRユーロ」が限定販売の形でリリースされた。

これに続く、第5世代のシビックタイプRが「FK2」だ。沈黙を破って鮮烈なデビューを飾るのは2015年10月である。シビックタイプRとしては初めての5ドア(ハッチバック)モデルで、4代目と同じように限定生産とした。

歴代のタイプRは、真紅の地色に「H」の文字を配した赤いエンブレムを付けている。5代目のFK2は、フロントグリル中央に装着された赤バッジがひときわ大きい。主張が強いのは、タイプR史上、最強を自負しているからである。

タイプRとして初めてターボエンジンを搭載

画像: ▲ニュルブルクリンクFF最速を目指すべく、エンジンは骨格から見直した2L VTECターボの「K20C」型を搭載。燃焼を突き詰め、低回転でのレスポンスにもこだわりながら、310ps/400Nmという高出力・高トルクを達成している。

▲ニュルブルクリンクFF最速を目指すべく、エンジンは骨格から見直した2L VTECターボの「K20C」型を搭載。燃焼を突き詰め、低回転でのレスポンスにもこだわりながら、310ps/400Nmという高出力・高トルクを達成している。

開発目標は明快で「ニュルブルクリンクFF最速」。
この目標のためにターボ化は必須で、
あとはパワフルなエンジンに負けない
ボディとシャシの造り込みが大変でした。

FK2は明快な目標を掲げて開発された。その最大のものは、ニュルブルクリンク北コースFF車最速記録の更新だ。もうひとつはFF量産車として最高速度を叩き出すことである。掲げた目標は、2Lターボエンジンで270㎞/hだ。また、0〜100㎞/hの加速性能も最速を狙った。いずれも達成するのは簡単ではない。

「タイプRは3ドアのイメージが強いクルマです。だからFN2タイプRユーロのときは、やはり3ドアだろう、ということで急きょ開発することになりました。発売したのはタイプRとムードモデルのタイプSです。

タイプSはタイプRに近い外観と内装ですが、エンジンは1.4L/1.8Lガソリンと2.2Lディーゼルを積んでいます。

日本向けのタイプRは限定販売としました。最初の2010台はすぐに売れ、買えない人も出たんです。そこで翌年に1500台を販売しました。送り出すと、当然、次の世代のタイプRを、となったのです。

ホンダのマネジメントにとってタイプRは特別な存在だから信義を重んじてくれます。みなさん気持ち良く走るクルマが好きなんですよ。ですが、そのさじ加減が難しい。やりすぎると困るけどそこそこの実力だともっとやれ、と叱られてしまう。

FK2タイプRを開発するときは、歴代のタイプR開発責任者の方々が強い味方でしたね。私たちは思い切りやらせてもらえました。イギリスで生産するFK2は、日本の保安基準や排出ガス規制などをクリアすれば日本で発売できます。が、このニュルスペシャルで、日本の道路環境にいいのだろうか、と悩みました。かなり過激なスペックだったからです」

画像1: 開発目標は明快で「ニュルブルクリンクFF最速」。 この目標のためにターボ化は必須で、 あとはパワフルなエンジンに負けない ボディとシャシの造り込みが大変でした。

開発陣が危惧したのは、歴代のタイプRと次元が違う、かなり破天荒なクルマだったからだ。目標を達成するためにホンダが選んだのは過給器である。2Lの排気量を変えることなく、ターボチャージャーで強大なパワーとトルクを絞り出そうとした。

注目のパワーユニットは、K20C型と名付けられた直列4気筒DOHC4バルブだ。EP3タイプRから使っているK20A型エンジン系列だが、限りなく新設計である。ボア径は86㎜のまま、ストロークを0.1㎜詰めて排気量1995㏄とした。これはモータースポーツでの使用を意識しての変更だろう。ノッキング対策としては直噴化するとともに急速燃焼のためにタンブル流を強めている。

ターボはシングルスクロールターボだ。可変バルブタイミング&リフト機構のVTECを盛り込み、レスポンスとドライバビリティの向上を図った。最高出力は310㎰/6500rpm、最大トルクは400Nmで、その分厚いトルクを2500〜4500rpmの広い範囲で発生する。

ホンダはターボのイメージが薄いが、初代シティとレジェンドの時代に採用した。また、F1では経験を積んでいる。経験は豊富だった。

画像2: 開発目標は明快で「ニュルブルクリンクFF最速」。 この目標のためにターボ化は必須で、 あとはパワフルなエンジンに負けない ボディとシャシの造り込みが大変でした。

「タイプRは自らの腕で操れる自信がある、
本当に乗りたい人に乗ってもらいたい」と考え、
ニュルブルクリンクで走ったヨーロッパ仕様を
そのまま日本で発売することにしました。

日本仕様のタイプRのスペックを決めた八木久征さんは、こう振り返る。

「マイルドにすることを主張する人もいました。ですが、“タイプRは操れる自信がある、本当に乗りたい人に乗ってもらいたい”、と考え、ニュルブルクリンクで走ったヨーロッパ仕様そのままで販売することにしました。

今の時代、ヨーロッパでは過給器が常識なんです。ディーゼルエンジンはターボと相性がいいし、ダウンサイジングターボも多くなりました。タイプR(FN2)はいいクルマですが、ターボ付きのヨーロッパ車に置いていかれてしまうんです。

ニュルでの目標タイムを考えると最低でも300㎰は欲しかった。エンジンの選定にあたってはいろいろな選択肢を検討しました。また、小排気量で高出力型のエンジンも考えました。

ですが、最終的に2Lエンジンに過給器の組み合わせとしています。こだわったのは出力とトルク、その出し方ですね。300馬力オーバーは大変でしたが、厳しい排出ガス規制をクリアしながら超えることができました。

ターボは、高回転まで気持ち良く回らないエンジンが多いのです。が、自然吸気エンジンのように6500回転まで軽やかに回り、予備しろも500回転残しています。また、タイプRの楽しさを存分に味わえるように「+Rモード」も設定しました。パフォーマンスだけでなく、トラクションコントロールなどの介入特性が変わり、より刺激的な走りを楽しめます」
 

接着剤を用いて強靭なボディを実現

画像: 全長は4390㎜と実はFD2型シビックタイプRよりも150㎜も短いFK2(ホイールベースも100㎜短い2600㎜)。ただし、全幅1890㎜×全高1460㎜はFD2より110㎜もワイドで30mm高いというディメンションを持つ。ボディ形状は5ドアHBとなる。

全長は4390㎜と実はFD2型シビックタイプRよりも150㎜も短いFK2(ホイールベースも100㎜短い2600㎜)。ただし、全幅1890㎜×全高1460㎜はFD2より110㎜もワイドで30mm高いというディメンションを持つ。ボディ形状は5ドアHBとなる。

シビックの5ドアはホンダ独自のセンタータンクレイアウトを採用し、リアには大きなハッチゲートを装備している。そこで開発陣は、基準車を開発するときから剛性アップに励んだ。パワフルなエンジンを積むタイプRでは、構造用接着剤の使用量も大幅に増やした。剛性アップにはスポット溶接を増やす方法が一般的だ。が、タイプRはバルクヘッドまわりを大幅に補強するとともに、開口部やサスペンション周辺などに接着接合を積極的に使った。

この効果は絶大で、剛性アップに加え、乗り味も良くなっている。サスペンションはフロントがデュアルアクシスストラット、リアはトーションビームだ。これにアダプティブダンパーシステムを組み合わせた。

しかし、初めてニュルブルクリンクの北コースに試作車を持ち込んで走ったときは、ニュルの厚い壁に跳ね返されている。

「当初、ニュルのスペシャリストに乗せるとき、走る前のミーティングでCセグメントのクルマで8分を切るのは不可能だ!って言われたんです。助手席に乗せてもらい、フルアタックしてもらったのですが、アクセルをきちんと踏むためにはサスペンションやブレーキなどの性能が良いだけではダメで、その先の信頼性が大切だと悟りました。それからは時間を惜しまず手間暇をかけて、セッティングに没頭しましたね。鈴鹿サーキットと栃木のテストコース、鷹栖のプルービンググラウンドで徹底的に走り込みを行っています。

その後ニュルに持ち込むといい感じで仕上がり、速く走れました。しかし、これだとアウトバーンで飛び跳ねてしまうんです。エンジンのトルクの出し方、ギア比、ボディ剛性、サスペンション、いろ
いろと悩みました。

ボディ剛性の解答のひとつが接着剤です。トラス部材の採用を主張するエンジニアもいましたが、基本骨格を良くして強靭なクルマに仕上げました。また、ZFザックス社製のアダプティブ・ダンパーシステムも効果絶大でした。ヨーロッパでは、この手のダンパーは珍しくないのです。緻密な制御を行うから、ソフトな減衰領域からサーキット走行もこなすハードな領域まで、自在に味付けできました。

+Rモードでは電動パワーステアリングやトラクションコントロールなどの介入特性も大きく変わります。ニュルでは8分を大きく切る、FF最速タイム7分50秒63をマークすることができました(当時)」 
と、八木さんは胸を張る。

画像: すべてのシーンでクルマとの一体感が得られるタイプR専用のコクピットを採用。REVインジケーターを装備し、適切なシフトアップタイミングを表示してくれる。

すべてのシーンでクルマとの一体感が得られるタイプR専用のコクピットを採用。REVインジケーターを装備し、適切なシフトアップタイミングを表示してくれる。

画像: エンジン出力特性、ダンパー減衰力、ハンドリング(EPS)、VSA(TCS)の制御を切り替えることができる「+Rモード」スイッチを装備。

エンジン出力特性、ダンパー減衰力、ハンドリング(EPS)、VSA(TCS)の制御を切り替えることができる「+Rモード」スイッチを装備。

画像: 日常域から高G領域まで優れたホールド性を発揮するタイプR専用シートを装備。ホールド性にこだわりシート骨格から見直して開発された。

日常域から高G領域まで優れたホールド性を発揮するタイプR専用シートを装備。ホールド性にこだわりシート骨格から見直して開発された。

速い故に空力性能には徹底的にこだわった!

画像1: 速い故に空力性能には徹底的にこだわった!

270㎞/hをマークするためにエアロダイナミクスも磨きこんだ。また、安全に速い走りを実現するためにタイヤやシートにも徹底してこだわり、開発に多くの時間を割いている。

「しっかりと路面を捉え、操舵応答性を良くするために電動パワーステアリングはデュアルピニオンに改めました。ブレーキはブレンボ製ですが、冷却ダクトと導風板を追加して冷却性能を高めています。タイヤはケース剛性が高く、ウエット性能も優れたコンチネンタル製のスポーツコンタクト6に決めました。

画像: タイヤは235/35ZR19サイズのコンチネンタル製「スポーツコンタクト6」を装着。ブロック剛性の高いトレッドパターンに、高Gに対応するケース剛性を実現する。

タイヤは235/35ZR19サイズのコンチネンタル製「スポーツコンタクト6」を装着。ブロック剛性の高いトレッドパターンに、高Gに対応するケース剛性を実現する。

270㎞/hをマークするためには空力性能も重要です。クルマの姿勢が変わると上と下の風の流れが変わり、加速性能や旋回性能に影響が出てしまいます。また、高速域からのエンジンルーム内の熱と空力を成立させるため、フェンダーには細かい穴を開けたり、アンダーカバーはフロントの流れからデザインを決め、後ろにはディフューザーを付けました。リアフェンダーには小さなスポイラーも追加しています。タイプRのエンブレムの位置もミリ単位で決めたんです。リアシートも軽量化を徹底し、これをたたむと重心がちょっと低くなるんです」

と、強いこだわりを語る。が、リアのディフューザーのリフレクターにホンダS660のものを縦にして使うなど、茶目っ気も忘れていない。

FK2タイプRは限定750台で価格も428万円と、歴代のタイプRのなかでもっとも高い。しかし、申し込みが殺到するなど、大ブレイクしており、その価値はいまも色あせることはない。

画像2: 速い故に空力性能には徹底的にこだわった!

■インタビュー・文:片岡英明
■写真:井上雅行/小平 寛

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