日本はもとより世界の陸・海・空を駆けめぐる、さまざまな乗り物のスゴいメカニズムを紹介してきた「モンスターマシンに昂ぶる」。復刻版の第16回は、2019年で惜しまれながら終了した、レッドブル・エアレース機のエンジンについて紹介しよう。(今回の記事は、2016年6月当時の内容です)

一切の改造を許されないエンジンとプロペラを使用するエアレース

画像: タイトル画像:2016年6月に千葉で開催されたレッドブル・エアレース第3戦を、初優勝の快挙で制した室屋義秀選手と愛機EDGE 540 V3。

タイトル画像:2016年6月に千葉で開催されたレッドブル・エアレース第3戦を、初優勝の快挙で制した室屋義秀選手と愛機EDGE 540 V3。

「空のF1」とも呼ばれ、日本人パイロットの室屋義秀選手が2017年には初の年間総合優勝を勝ち取るなど、日本でも人気を集めた3次元のモータースポーツ、レッドブル・エアレース。諸般の事情で2019シーズンで惜しまれながら終了したが、その機体やエンジンはモンスターと呼ばれるにふさわしいものだった。そこで今回から3回連続で、このエアレースについて紹介していきたい。まずは、そのエンジンから。

エアレースを面白くしているひとつが、厳しく統一されたエンジンとプロペラだろう。2010年まではこの部分のチューンも可能だったが、F1グランプリと同様コストが増大するだけでなく、常勝チームができては面白くない。3年のブランクを置いてルールや安全設備、飛行機材を大幅に見直された。これにより2014年からエンジンはライカミング・サンダーボルト AEIO-540-EXPのみで、排気量は540キュービックインチ=約8.9L、最高出力は300ps/2700rpm。プロペラはハーツェル C7690 カーボン複合材製3枚固定ピッチのみに統一。そして一切の改造を不可と規定されている。

現在の規定で、エンジンとプロペラは製造メーカーが厳格に品質を揃え、オフィシャルから各チームに供与する際もクジ引き制という徹底ぶりだ。各チームは、2種類ある機体の空力的カスタマイズと、エンジンの現地適応ぐらいに専念し、勝負はパイロットの腕のみとなった。

画像: 空冷・過給機なしという、現代のレシプロエンジンとしては、かなりシンプルな水平対向6気筒 OHVエンジン。小型軽量で整備性が良いのはもちろん、絶対的な信頼性がある。さらに大切なのは、全チームに同一性能のエンジンを供与するということだ。(Balazs Gardi/Red Bull Content Pool)

空冷・過給機なしという、現代のレシプロエンジンとしては、かなりシンプルな水平対向6気筒 OHVエンジン。小型軽量で整備性が良いのはもちろん、絶対的な信頼性がある。さらに大切なのは、全チームに同一性能のエンジンを供与するということだ。(Balazs Gardi/Red Bull Content Pool)

「ライカミング」と聞いて、その名を知っている読者はかなりの飛行機通だ。40歳以上の人なら、セスナやビーチクラフト、エアロスバルのエンジンと言えば、なるほどと思うかもしれない。軽飛行機のスタンダードと言えるエンジンメーカーで、主に水平対向4気筒で約200ps以下のタイプがメイン。これに2気筒を追加した約230〜350psの高出力タイプが、1957年に登場した540系だ。

さすがに軽飛行機エンジンのトップメーカーだけあって、エアロバティック(曲技飛行)機専用エンジンも市販し、エアレース用エンジンのベースになっている。ちなみにライカミング・サンダーボルトとは、社内に特殊エンジン専門の製造部門があり、そこで作られたエンジンのネームだそうだ。Gエアロバティックやエアレースでは、一般の飛行機にはない急激な旋回運動がある。急激な旋回時はG(重力加速度)により、燃料供給やオイル潤滑は相当な影響を受ける。特にエアレース中、コースの両端にある折返しでは、なんと10Gギリギリで大旋回する見せ場がある。地上ではF1マシンでも最大4Gぐらいだから、その強烈なGはドッグファイト(空中戦)中のジェット戦闘機と同じだ。しかも、たった300psの軽飛行機でだ!(10Gを超える旋回は危険行為なので即時レース失効となる)

画像: パイロンスラロームを攻める室屋選手。コース両端は垂直旋回などで折り返すため、10G寸前というF1マシンでもありえない重力加速度がかかる(10Gを超えると競技失効)。このためオイル循環は、CHRISTEN INVERTED OIL SYSTEMという、エア/オイルセパレーターを介した独自のシステムを使っている。

パイロンスラロームを攻める室屋選手。コース両端は垂直旋回などで折り返すため、10G寸前というF1マシンでもありえない重力加速度がかかる(10Gを超えると競技失効)。このためオイル循環は、CHRISTEN INVERTED OIL SYSTEMという、エア/オイルセパレーターを介した独自のシステムを使っている。

レースの飛行中は常にスロットル全開!

クルマならGは前後左右のほぼ平面的な荷重移動だが、飛行機は垂直方向にも大きなGが発生する。背面飛行なんていうのもあるから、液面はまさに天地がひっくり返った騒ぎとなる。燃料系なら「息つき」、オイルなら「焼付き」が起こるわけだ。

AEIO-540は特殊な燃料ポンプとインジェクションで燃料と混合気の供給状態を安定させ、オイルはエア/オイルセパレーターを配置した機械式のシステムで、どのような飛行姿勢でも、オイル切れを起こさないようになっている。

画像: 整備中の室屋機。シリンダー、吸排気マニホールドの配置がよくわかり、まるでエンジンの教材模型のようなシンプルさ。そして整備するメカニックと大きさを対比すると、いかにエンジンや機体がコンパクトかわかる。

整備中の室屋機。シリンダー、吸排気マニホールドの配置がよくわかり、まるでエンジンの教材模型のようなシンプルさ。そして整備するメカニックと大きさを対比すると、いかにエンジンや機体がコンパクトかわかる。

エンジンの最高出力は全機300ps/2700rpmで厳守されている。馬力だけなら、それほど驚く性能ではないだろう。しかしレース機はクルマと違い、レース中はスロットルのオン/オフ操作はほとんどない。全開で離陸し、スタートゲート前でこそ制限速度の370km/hギリギリで通過するために多少コントロールするのだろうが、スタート後はスロットル全開のまま、400km/h近くで操縦桿操作だけに全神経を注ぐ。

となると、出力以上に大切なのは限りなく100%の信頼性だ。機体にはGPSをはじめ各種のハイテク機器が積まれているが、エンジンは補器類など一切ハイテク化がされていないのは、電子機器のトラブルを完全に防ぐためだそうだ。

画像: エンジンだけでなくプロペラも一切の改造ができない。しかしプロペラシャフト両側の冷却口、下側の吸気口の形状は各チームで創意を凝らしている。同じ機体(事実上2機種)でも、微妙に顔つきが違うので面白い。

エンジンだけでなくプロペラも一切の改造ができない。しかしプロペラシャフト両側の冷却口、下側の吸気口の形状は各チームで創意を凝らしている。同じ機体(事実上2機種)でも、微妙に顔つきが違うので面白い。

また、小型軽量なエンジンだからこそ、わずか2〜3kmの小さな周回コースで複雑なパイロンスラローム飛行を魅せる、敏捷性=キレのある旋回が可能ともいえる。もし大排気量の戦闘機エンジンなら、速度は700km/h以上に楽々伸びるだろうが、より巨大なコースと高高度が必要となり、現在のエアレースのように高度わずか20〜25m、観客との最短距離たった150mという飛行は不可能だ。

観客の目前で行われるエアレース機の高速バトル。日本でも人気の高かったイベントだけに、その復活に期待したいものだ。(文 & Photo CG:MazKen)

※編集部註:記事中のスペックやレギュレーションなどは、2016シーズンのものです。

■ライカミング・サンダーボルト AEIO-540-EXP 主要諸元

●型式:空冷 水平対向6気筒/2バルブ OHV
●ボア×ストローク:約130mm×110mm
●排気量:約8.9L(540キュービックインチ)
●燃料供給方式:燃料噴射式
●過給機:なし
●燃料:100オクタン価 低鉛 航空ガソリン(Avgas100LL)
●潤滑方式:CHRISTEN INVERTED OIL SYSTEM
●最高出力:300ps/2700rpm
※エンジンはすべて同一仕様、オフィシャルより供与

This article is a sponsored article by
''.