1996年に登場した初代ボクスターはミッドシップスポーツカーとして人気を集め、2004年には2代目へと進化している。日本導入は翌2005年、上陸したばかりのボクスターSを松田秀士氏がテストしている。「ポルシェ使い」の異名をとった松田氏はどんな感想を持ったのか、振り返ってみたい。(以下の試乗記は、Motor Magazine 2005年5月号より)

デビュー当時の996カレラ並みの動力性能を得た3.2Lユニット

今度のボクスターでまず目を引くのがフロントフェイス。新型のヘッドライトは997のようにトリムのアクセントが効いた、いわゆるポルシェっぽいノスタルジックな印象だ。その一方で、フロントとサイドのエアインテークを拡大。フェンダーアーチの形状やリアエンド、さらに全体のラインに手が加えられ、ボリューム感と精悍なイメージが時間の経過とともに脳髄を刺激する。

さて、気になるのがエンジンだ。ボクスターSの3.2Lエンジンは排気量はそのままに吸排気系のリファインによって、260psから280psに増強された。その結果、0→100km/h加速は5.5秒と、デビュー当時の996カレラ並みの動力性能に成長している。

6速のトランスミッションはゲトラグ製だ。これは、997の6速MTにアイシンAI製が導入されたことで、パーツシェア率の高いボクスターも、と考えられがちだが、ボクスターはミッドシップを採用するため取り付け位置が違い、専用開発のトランスミッションが必要となるのだ。そうした新型6速MTのシフトストロークは15%削られ、剛性感とクイックなシフトフィールを手に入れている。

また5速ATのティプトロニックS仕様を選択することも可能だ。サスペンションは形式こそ前後ストラット方式と変わらないのだが、997となったカレラSに装備される電子制御式の可変減衰力ショックアブソーバー「PASM」をオプションで装備することが可能となった(車高は10mダウンする)。

PASMとはポルシェ・アクティブ・サスペンション・マネージメントの略で、ダンパー内にあるオリフィスの開閉をコンピューターコントロールによる電動機構で行うシステム。PASMのメリットは、「ノーマル」と「スポーツ」の2種類の減衰特性をセンターコンソール内のスイッチひとつで切り換えられることだ。この変化は走行中でもハッキリと体感できるものになっている。さらに、「ノーマル」で走行中でもダイナミックな走行スタイルで運転すると自動的に「スポーツ」に切り換わる。

さらに、ホイール径が大きくなった。ボクスターSには標準で18インチサイズのホイールが装着され(従来は17ンチ)、オプションで19インチを選ぶこともできる。その上で、トレッドはフロントで24〜35mm、リアで20mm、それぞれ広がっている。

画像: 直進安定性はスピードを上げるほどに、しっかり感を増してくる。その加速性能は911カレラに近づき、ボクスターSとしての存在感を高めている。

直進安定性はスピードを上げるほどに、しっかり感を増してくる。その加速性能は911カレラに近づき、ボクスターSとしての存在感を高めている。

911との序列格差に明らかな変化が見える

ボクスターSのパワーウエイトレシオは4.80kg/ps。4.30kg/psの911カレラと比べてもかなりのレベルにある。その加速フィールは、ポルシェの水平対向エンジンに共通した中速域に厚いトルクで、グイグイとクルマを引っ張る力強いもの。旧型に対してのプラス20psはハッキリと体感できるほどピックアップに優れている。

4700〜6000rpmという高回転の範囲でも320Nmの最大トルクが発生するので、箱根のようなワインディングロードを低いギアでフルに回して走る時のレスポンスは、フラストレーションを感じないくらいにスッキリした抜け感がある。

さらに、2速で6000rpmオーバーまで引っ張って3速にアップシフトしたとき、エンジン回転のダウン幅はこの最大トルク発生回転内の範囲に留まるので、そこから無駄のない加速が味わえる。また、2速で回るコーナーがあったとして、コーナーの脱出域でのエンジン回転数がこの最大トルク発生回転にくるので、アクセルを入れたことによるリアタイヤへのトルク変動が強く、結果、アクセルコントロールによる積極的なハンドリングに幅が出るのだ。

もともと重量配分に優れるボクスターの潜在的コーナーリング性能は高い。潜在的と表現したのは、スポーツカーとして911との格差付けに、明らかに序列を感じるからだ。メカニカル面で言えば、リアサスペンションをフロントと同じストラット式にしていること。そして……。

8年前、ボクスターがデビューした頃のポルシェは、911のRRレイアウトを続けるべきかという問題と、経済的問題がリンクした2つのテーマを抱えていた。安価(ポルシェの中では)なロードスターであるボクスターの誕生は、経済的窮地を脱することと、将来のポルシェ像を模索すること、という2つを勝ち取ろうという策であったに違いない。

だから、ボクスターを見れば、そして乗れば、ポルシェが何を考えているかがわかる。すでに売り上げで911を超えているボクスターは、ポルシェのクルマ作りの動向を探るバロメーターのようなものだ。

つまり、安価なポルシェを造らなくてはならない社内事情があった。過去にFRレイアウトで失敗しているだけに、911の下級バージョンでありながらミッドシップとしなくてはならなかったが、前述したメカニカル面だけでなくクオリティや走行面での、主にフィーリングや質感に911とは明らかに異なる「こんなもんでエエやろ」的おざなり感が存在した。乗るたびにそれを感じ、どうしても「安いポルシェ」と口走りたくなってしまった。だが、初代のボクスターSの出現あたりから、その様相は徐々に変化していた。

新型ボクスターSに乗り込んで西湘バイパスを流し始めたその瞬間から、僕の気持ちは一変した。

直進安定性が良い。「真直ぐ走る」という一言にもいろいろある。ニュートラル状態でのステアリングのしっとりとした落ち着き感。1mm転舵を始めたときの応答感。3mm切り足したときのゲインの変化。すべて安っぽくない(ポルシェには失礼だが)、そう、安心させる直進安定性だ。それも、速度の上昇に比例してしっかりさも増す。

さらにこれを確信したのは箱根のコーナーを攻め込んだ時。ロールしきった時の限界性能の高さはこれまでもよくわかっていた。もちろん新型ではタイヤのサイズアップからも理解できるようにさらに引き上げられているが、それよりも限界点に向かうまでのプロセスに質感が加わった。操舵を行いクルマが反応してロールが始まる。あたりまえのコーナーリングプロセスの中に詰め込まれた感触が安っぽくない。リニアでライトウェイトでありながらも、高級感を演出してきている。

画像: ボクスターSのインテリア。3連のホワイトメーターが備わる。997同様にステアリングコラムはテレスコピックに加えてチルト機構が備わった。

ボクスターSのインテリア。3連のホワイトメーターが備わる。997同様にステアリングコラムはテレスコピックに加えてチルト機構が備わった。

GT仕様で実感したポテンシャルの高さ

数年前から疑問に思っていることがある。それは、どうしてボクスターには911GT3Rのようなレーシングバージョンが存在しないのだろうか、ということだ。

実は数年前に富士スピードウェイでGT仕様のボクスターをテストしたことがある。といっても、そのボクスターは市販車をベースにプライベーターが製作したもの。工場製作段階からレーシングバージョンとして商品化されている911GT3Rなどとは根本的に違う。しかし、その時の100Rを走り抜けたあとの驚きは今でも忘れられない。当時僕はRRの996型911GT3RでGT選手権を戦っていた。だからGT3Rが100Rでどのような動きをするかは熟知していた。ここではRRレイアウトがもたらす、フロントが軽いためのピッチングに悩まされ続けていたのだ。

で、ボクスターの何に驚いたかというと、何事もなかったかのように100Rをクリアしたことに、だ。その時はミッドシップの重量バランスの妙にあっけにとられてしまった。同時にRRの996とはいったい何なんだろう?という疑問が湧き出てきた。あんなに必死になってGT3Rをセッティングして、歯を食いしばって100Rでアクセルを踏み込んできたのに、それがどうだ、このボクスターときたら、なにも起きないではないか。その時、ポルシェがどうしてボクスターでレース活動をしないのか、と疑問に思ったものだった。

実は前々からケイマンなどの911のようなフォルムを持つミッドシップの噂が広まり、これがなにを目的に開発されたモデルなのか、そしてその裏にはどのような目的が存在するのかに非常に興味があった。そんな疑問に対して今回の試乗で解答の糸口が見えてきたように思える。

その糸口のひとつが、新型ボクスターSにPASMをオプション設定したことだ。PASMはもともと997型911の装備だ。これまで、共用パーツの高いパーセンテージゆえの差別化が存在したが、敢えてPASMを共通設定させたことは、ポルシェにとってボクスターの新しい歴史の始まりを意味するものではないだろうか。

911は4座席(+2だが)にこだわるがためのRRレイアウトを貫く。その一方で、ボクスターはポルシェを代表するリアルスポーツとしての明確な位置付けを得たといえる。これは数年後のモデルチェンジを見れば明白になるはずだ。(文:松田秀士/Motor Magazine 2005年5月号より)

ヒットの法則のバックナンバー

ポルシェ ボクスターS(2005年)主要諸元

●全長×全幅×全高:4330×1800×1295mm
●ホイールベース:2415mm
●重量:1380[1410]kg
●エンジン:対6DOHC
●排気量:3179cc
●最高出力:280ps/6200 rpm
●最大トルク:320Nm/4700-6000rpm
●トランスミッション:6速MT[5速AT]
●最高速:268[260]km/h
●0→100km/h加速:5.5[6.3]秒
●車両価格:686万円[728万円](2005年当時)
※日本仕様、[ ]内はAT仕様

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