2005年5月、かねてより噂の「ケイマンS」の全貌が明らかになった。ポルシェの2シーターミッドシップクーペとなれば期待は高まるばかり、ただクーペボディということはうっかりすれば911の市場を食い荒らしかねない微妙なポジションでもあった。一体、ケイマンSとはどんなモデルだったのか。限られたジャーナリストのみが参加することを許されたテクニカルワークショップからの報告を振り返ってみよう。(以下の記事は、Motor Magazine 2005年8月号より)

ボクスタークーペという成り立ちだが、巧みに違いを演出

その安定した成長ぶりと高い利益率で、今や世界中の自動車メーカーから羨望の目で見られているポルシェ。この世界でもっとも小さな自動車メーカーのひとつから、ニューモデル「ケイマンS」が発表された。

このスポーツカーメーカーを主宰するDr.ヴィーデキングの目標は、現在のペースを保ちながら年間10万台の生産台数を達成することだ。カイエンの成功で今年7万6000台にまできた。そしてこの4番目のモデルプログラム、ケイマンSの登場で、5年後にはいよいよ10万台を達成しようと目論んでいるのである。

ところで「ケイマン」という名称だが、アメリカ産のワニ、あるいはカリブ海の島などの語源が語られているが、ポルシェ側では別に特定はしていなかった。しかし、ケイマンは英語読み、ポルシェ関係者はドイツ語でカイマンと発音していた。

さて、このニューモデルだがそのミッドシップエンジンレイアウトと、スリーサイズの全長4341mm、全幅1801mm、そして全高1305mmから容易に想像できるように、実態はボクスタークーペである。

しかし、搭載されるエンジンは3.4Lで、ボクスターS(3.2L)と911カレラ(3.6L)のちょうど真ん中の排気量を持つ。また出力も295psと、280ps(ボクスターS)と325ps(911カレラ)のほぼ中間に位置している。この最高出力の差が、ケイマンSのポジショニングを暗示する符号で、ヒエラルキーは上から911カレラ、ケイマンS、そしてボクスターSと並ぶことになるのである。性能的にも同様で、ケイマンSの最高速度(275km/h)と0→100km/hの加速(5.4秒)はやはり911カレラとボクスターSの中間値となっている。

こうした内容をさらに明らかにするために、またケイマンSに新たに採用された新技術を紹介するためにポルシェはテクニカルワークショップを開催した。会場となったポルシェの開発センター、ヴァイザッハ研究所に招待された我々の前に現れたケイマンSは、スポーツカーの典型的なプロポーションを持った素晴らしいクルマであった。

とくに全長で12mmとわずかな差にもかかわらずボクスターよりも確実に長く見えたのはハッチバックのためかもしれない。このケイマンSの基本デザインは現時点ではすでに定年退職している元ポルシェ・チーフデザイナー、ハーム・ラガーイが残したもので、後述するエアインテークとフォグランプの組み合わせはラガーイの好みを暗示している。

フロント付近にはたしかにボクスターの名残りはあるが、大きな左右のエアインテークに渡されたフォグランプ(ラガーイ風)でかなり印象は変わっていた。また911より低く落とし込まれたハッチバックルーフラインは、ミッドシップでなければ実現不可能なものである。

特にこのケイマンSが美しく見えるのは、斜め後方からのアングルで、力強く盛り上がったリアフェンダーに挟まれて降りてくるルーフとの競演が素晴らしい。ちなみにこのハッチバックの両側には、強度確保のためにわずかな峰があるが、筆者の勝手な想像だが、このケイマンSではデザイン検討の初期段階に904風のリアウィンドウを検討したと噂されており、その名残りかもしれない。

またこのテールゲートの下には容量260Lの実用的なトランクが現れる。下にボクサーエンジンが埋まっているために段差があり、けっこう薄いけれども、これはケイマンの実用的ツアラーとしての特質を高めるには十分である。ちなみにトランクにはメンテナンス(オイルと水)用の注入口がレイアウトされている。

一方、コクピットを見るとダッシュボード、そしてインストルメント、またインテリアがボクスターと同一なことに気がつく。この辺りに利益率最高を誇るポルシェの共通部品戦略が見えてしまう。もし独立したラインを標榜するのであればもう少し意匠を変えて欲しかった。

画像: ケイマンSのスケルトン。ボクスターとはフロントセクションのデザインが細部にわたって異なっている。911とは一線を画すが、これはズバリ、ポルシェのクーペであるということが誰にでもわかる。スポーツ度がかなり高いデザインだ。

ケイマンSのスケルトン。ボクスターとはフロントセクションのデザインが細部にわたって異なっている。911とは一線を画すが、これはズバリ、ポルシェのクーペであるということが誰にでもわかる。スポーツ度がかなり高いデザインだ。

911、ボクスターと違う新たなユーザーが生まれるだろう

さてこの日のワークショップではケイマンSの試乗はできなかったが、ポルシェのテスターによる様々なデモ走行が行われた。

このケイマンS用エンジンにはボクスターには採用されていないバルブ可変システム「ヴァリオ・カム・プラス」が装備され、トルクの発生をよりスポーティな味付けに変えている。その結果、ヴァイザッハのコースにおけるこの高速デモ走行では特に高回転域ではボクスターに見られない鋭いトーンが響きわたっていた。

この動力を後輪に伝えるのは他のポルシェモデル同様にスタンダードで6速マニュアル、オプションでティップトロニック5速ATが選択可能となる。すでに世界中で広範に普及しているシーケンシャル・セミオートマチックは残念なことにこのニューモデルでも見送られている。

ところでサスペンションも基本的にはボクスターと同一で、フロント/リアともにストラットであるが、このフロントサスペンションは新たにアルミの鍛造パーツを採用しスチールと同じ強度を保ちながら30%の軽量化に成功している。

さらにケイマンSにはすでに他のポルシェシリーズでも知られているポルシェ・アクティブ・サスペンション・マネージメント(PASM)もオプションで用意されている。車高を10mmほど下げ、さらなるスポーツ走行を楽しむことを可能にするデバイスは、ケイマンSをサーキットに持ち込んでも十分に対応できるマシンへと変化させることができる。

もちろんPSM(ポルシェ・スタビリティ・マネージメント)は標準だが、この日のテストではコーナリング時における介入を控え目にし、よりドライバーオリエンテッドでスポーティな走行を可能にするファインチューニングが行われたことを紹介していた。

もちろんこのケイマンSは「S」を標榜する以上、ポルシェの売りであるブレーキにも十分な配慮がなされている。標準のブレーキディスクに対してオプションでポルシェ・セラミック・コンポジット・ブレーキが用意されるが、このディスクと組み合わされるアルミ製キャリパーにはイエローの塗装が施される。

また、ケイマンSからポルシェは最新のタイヤを選択している。ミシュランとの共同開発による新しいタイプはフロントがわずかに広がって235/40ZR18、そしてリアには現行の他モデルと同じサイズの265/40ZR18が採用されている。このタイヤは2004年のボクスターSの時代と比べて重量は5%軽量化され、ドライ時のブレーキ性能が4%向上し、回転抵抗は6%低減されている。

ところでさらにこのケイマンのスペックを見ると空車重量が1340kgとボクスターS(1420kg)あるいはボクスター(1370kg)よりも軽くなっていることに気づく。これは単純にソフトトップとその開閉システムを外しただけでなく、この新しいクーペにはスチールを基本としながら、新たにアルミそしてプラスチック素材が採用され、そのスチールとの割合はいまや50対50にまでになっているという。

ちなみに、このケイマンの生産はポルシェ本社シュツットガルトではなく、これまでボクスターがそうであったようにフィンランドのヴァルメット社に委託される。

さて、注目のケイマンSの価格は5万8529ユーロ(約790万円)であるが、このプライシングは見事としか言いようがない。これはボクスターSよりも約6000ユーロ(81万円)高く、そして911カレラと比べるとは約1万8000ユーロ(約243万円)も安い。ふつうに考えるとボクスターSがもっともお買い得に違いない。反対に911カレラは高すぎるようにも思われる。しかし、こうした現実的ファイナンス議論はポルシェエンスージアストの皆さんにはおそらくどうでも良いことなのに違いない。

私の予想ではケイマンはボクスターとは異なる、また911とも一線を画したユーザー像が出来上がると思う。ポルシェのミッドシップスポーツクーペという別の意味でポルシェの走りに期待するドライバー達である。彼らはケイマンSに続く250psのケイマン、あるいは廉価版のケイマンCS(クラブスポーツ)へと広がってゆくだろう。

この意味で第4のモデルプログラムはすでに成功が約束されている。ポルシェの希望的観測によれば2010年までには4万台のカイエンと3万台の911カレラ(この中にはこれから発表される多くのバリエーション、480psのターボ、500psのターボS、そしてGT3などが含まれている)。そして1万5000台のケイマンと同じく1万500台のボクスターで10万台の大台に達することになる。

こうして冒頭に述べたポルシェ社長、Dr.ヴィーデキングの野望は一歩一歩実現へと向かって行くのである。(文:木村好宏/Motor Magazine 2005年8月号より)

画像: ケイマンSのリアビュー。力強く盛り上がったリアフェンダーとなだらかなルーフラインが特徴。

ケイマンSのリアビュー。力強く盛り上がったリアフェンダーとなだらかなルーフラインが特徴。

ヒットの法則のバックナンバー

ポルシェケイマンS(2005年)主要諸元

●全長×全幅×全高:4341×1801×1305mm
●ホイールベース:2415mm
●エンジン:対6DOHC
●排気量:3400cc
●最高出力:295ps
●最大トルク:340Nm/4400rpm
●トランスミッション:6速MT
●駆動方式:MR
●0→100km/h加速:5.4秒
●最高速:275km/h
※ワークショプで明らかになった欧州仕様のデータ、オプションでティップトロニック5速ATも設定。

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