圧倒的高性能はもちろん、サーキットでなければ楽しみ尽くすことはできない。だがその本領は、「極限の非日常」ではなく「刺激的な日常」でこそ実感できる。(Motor Magazine 2020年2月号より)

静と動の絶妙なバランス。実用性にもこだわりが

そもそもアウディスポーツが1994年に送り出した最初のロードカーであるRS2アバントからしてバーサティリティ(多用途性)に富んだモデルだった。ポルシェがチューニングした315psのエンジンと足まわりを持ちながら快適性や居住性は高い水準にあって、ワゴンボディゆえにラゲッジスペースもたっぷり用意されていた。当時は世界中のどこを探してもこんなスポーツモデルは存在しなかった、と断言できる。

それは、アウディのフルタイム4WDシステム:クワトロがどんな路面でも優れたパフォーマンスを生み出せることを反映した結果ともいえるし、先行するメルセデスAMGやBMW Mに対抗する措置だったともいえるが、それ以降もアウディスポーツが手がけるRSモデルは常に第一級のバーサティリティを備え、他のドイツ系プレミアムブランド発スポーツモデルのなかでも、独自の地位を築いてきたのである。

07年に誕生した初代R8が、そんなアウディスポーツの伝統を引き継ぎ、世界的にも類のないバーサティリティを備えたスーパースポーツとして誕生したことはある意味、歴史の必然だった。

プロポーションはスーパースポーツカーの例にならって地を這うように低くてワイドなスタンス。しかし、デザイン面で過激な装飾は一切なく、むしろ洗練されて知的な印象を与える。

従来のスーパースポーツとの違いは走らせても明確。タウンスピードでゴツゴツしない乗り心地や高速走行時の優れた安定性など、どこを走っても、どれだけ走り続けても、ドライバーに苦痛や緊張を与えることなく快適そのもの。しかも、クルマの周囲がくまなく見える視界の広さにより、まるでセダンのように普段使いができるところも他のスーパースポーツとは決定的に異なっていた。

だからといって退屈ではない。初代のV8もしくはV10エンジンのパワーをフルに引き出せば、クワトロのスタビリティと相まって延髄がズキズキとうずき出すような快感が得られる。それはまるで、100mを10秒台で走る陸上ランナーがトレーニングのあとも呼吸ひとつ乱さずに平然としているような、静と動の圧倒的な葛藤を思わせるものだった。そして、そんな初代R88を私は、好きで好きで仕方がなかった。

2015年に2代目に生まれ変わったとき、私はR8の微妙な変化を感じ取っていた。快適性や日常的な実用性は微塵も損なわれていない。スポーティな走りのパフォーマンスはそれまでと変わらないどころか、V10一本に改められてさらに高まった。けれども、このエンジンをトップエンドまで回すとドライバーに強い刺激を与える一種のスパイスが盛り込まれたのである。ハンドリングも同様で、これまでは巌のようなスタビリティを誇ったリアタイヤが、状況によってはかすかにスライドする気配を見せるようになった。

これらは平常時の「理性的な走り」と極限時の「官能的な走り」を両立したとして評価できることだし、私もそうした意見をこれまで何度も発表してきた。その一方で、ある種の官能性をストイックなまでに受け入れなかった初代R8の方向性に私が深く共感していたことも前述のとおりである。

画像: ダウンフォースを高める空力の妙で、まるで路面に吸い付く様な走りをみせる。

ダウンフォースを高める空力の妙で、まるで路面に吸い付く様な走りをみせる。

大排気量自然吸気らしい鋭いレスポンスに感動

ドイツ本国ではおよそ1年前にマイナーチェンジを受けた新型R8がようやく日本上陸を果たした。ただし、表面的な違いはそう多くない。クーペに限っていえば、これまでのR8 V10(570ps)とR8 V10プラス(610ps)の2グレード構成から国内ではR8 V10パフォーマンスに一本化。その最高出力は旧R8プラスを10psと20Nm上回る620psと580Nmとされた。これはアウディの量産モデルとして史上最強のスペックだそうだが、このレベルまでくるとの差はそれほど大きくない。いちおう最高速度はV10プラスを1km/h上回る331km/h、0→100km/h加速は0.1秒短縮して3.1秒と発表されているが、その違いを体感するのは難しいだろう。

外観にも細部で改良された。シングルフレームグリルは、長方形に近かった従来型から、中央部が強く左右に張りだした六角形へと進化。80年代のスポーツクワトロをモチーフとするエアスリットをその上部に設けたことを含めて、ダイナミックな印象が強まった。

一方、リアセクションでは左右に分離していた排気グリルを幅広の一体型に改め、スッキリとした印象に。実は2代目がデビューした当時から私は、このデザインを提唱していた。できることならシングルフレームグリルを薄形化し、ヘッドライト下に見えるグリル部分も左右で一体にしたほうが、初代R8のイメージに近い。

実際にハンドルを握ると、2代目R8のやや過激だった部分を目立たせなくする修正をアウディが施したように感じられた。

その変化は走り出した直後に気づく。それまでも十分にしなやかだった足まわりがよりスムーズにストロークするようになり、低速時の快適性はさらに高まった。ただし、車速を上げてもフラットな姿勢を崩さず、高速道路をこのままどこまでも走り続けたいと思わせるほど心地いい走りが味わえる。唯一、残念なのはタイヤのパターンノイズが大きかったことで、これを除けばキャビンは全般的に静か。とりわけ、エンジンを高回転まで引っ張ったときの「ギャーン!」というメカニカルノイズは格段に抑えられていた。

レブリミットが8700rpmに設定された超高回転型自然吸気エンジンの魅力は相変わらずすさまじい。まったくストレスなくタコメーターの針が急上昇していく様は驚異的だし、回転数に応じてパワー感がリニアに高まっていく感触は自然吸気エンジンならでは。

ただし、前述のとおりエンジンサウンドを抑え気味にした影響か、背筋がゾクゾクするような刺激は減った。ただ黙々と、しかし鋭敏なレスポンスで驚異的なパワーを生み出す。そんな印象だ。

ワインディングロードでペースを上げたときの感触も、これまでよりスタビリティ感が強く、あやうい挙動を示さない。その落ち着き度合いは「100mを全力で走っても息ひとつ乱さない」初代R8にも通じるものだった。

このほうが兄弟モデルのランボルギーニ ウラカンとの差が明確になり、アウディらしさを強調できる。新型R8の方向性は、私にもすっと腑に落ちるものだった。(文:大谷達也)

画像: 自然吸気ならではのサウンドが心地良い。

自然吸気ならではのサウンドが心地良い。

■アウディ R8クーペ V10 パフォーマンス 5.2 FSI クワトロ 主要諸元

●全長×全幅×全高=4430×1940×1240mm
●ホイールベース=2650mm
●車両重量=1670kg
●エンジン=V10DOHC
●排気量=5204cc
●最高出力=620ps/8000rpm
●最大トルク=580Nm/6600rpm
●駆動方式=4WD
●トランスミッション=7速DCT
●車両価格(税込)=3001万円

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