2006年早々に日本に上陸した初代ポルシェ ケイマンS。Motor Magazine誌では、すぐさま一般道でロードテストを行った後、筑波サーキットで911カレラとともに比較試乗を行っている。今回は一般道ではわからなかった2台の違いを振り返ってみよう。(以下の試乗記は、Motor Magazine 2006年4月号より/タイトル写真はケイマンS・左と911カレラ・右)

ケイマンSは理想のポルシェなのだろうか

まことに私的な感情がこもった話で恐縮なのだが、僕はシンプルにポルシェというクルマが好きだ。特に911を核とするスポーツカーラインは、いずれ何とかして生活の中に取り込みたいと考えている憧れの対象である。

しかし、現実は甘くない。娘二人が学業にじゃんすかお金の掛かる齢に入っている現在、我が家で「ポルシェを買う」という発言は「月に行く」のと同じくらいの現実味しか持たない。

それでも希望は捨てたくない。だから「911への道は遠くとも、素のボクスターだったら何とかなるかな」とか、いろいろ考えていたわけだ。そこに登場したケイマンS。これを魅力と感じないわけがない。

今になって考えてみれば、僕にとってボクスターという存在は、ポルシェをいち早く我が物にするための手段に過ぎなかったような気がしている。ボクスターファンの方には誠に申し訳ないが、個人的にはオープンエアはもっと甘口のモデルでのんびりと楽しみたいと思う方で、僕にとってのポルシェとは走りをピュアに突き詰めたい存在なのだ。最も手頃で、しかも走りにも相応のポルシェらしいオーラを感じたのがボクスターだった、というわけである。だからこそ、ボクスターを下地に作られたフィクスヘッドクーペであるケイマンには、そそられた。

ルーフが付いたことで、ボクスターの2倍の曲げ剛性を得たというボディ。Z軸周りの慣性モーメントが少ないボクスター譲りのミッドシップレイアウト。しかも、憎らしいというか巧みというか、ケイマンSはボクスターSよりも強力な3387cc/295psのフラット6が与えられている。

その分、ちょっとばかり高くなってはいるけれど、それはまあ仕方ない。いずれにせよ今日明日に行動を起こせるわけではないし……。

写真を見て、プレス資料や海外試乗記を読んで、そして実際に日本に上陸したクルマのステアリングを握った後でも「ケイマンSはまさに僕の理想像のようなポルシェ」という確信は変わらなかった。そう、少なくとも今回、911と同時に乗ってみるまでは。

僕が初めてケイマンSを経験したのは、ボクスターとの比較試乗。この時の印象は、僕がボクスターに感じていたモヤモヤを吹き飛ばす存在、というものだった。

ミッドシップ特有のヒラリとしたノーズの動きや、リアの安定感といった魅力はボクスターから正しく受け継ぎながら、より低重心感が強く、路面への接地感も強烈に伝えて来るあたりは感涙もの。また、ステアリングやペダルのソリッドなフィールも剛性の向上ぶりをイヤというほど感じさせた部分で「あ、やっぱりコレだな」という確信を深めたのである。

けれど、今回911と同時に乗る機会を得て、やっぱりこの2台は違うクルマだということを思い知らされた。それは当たり前なのだけれど、いつの間にか僕はニューカマーのケイマンSに舞い上がって、911の真の凄さを忘れていたようなのである。

画像: ポルシェケイマンS。295psエンジンをミッドシップ搭載する本格的スポーツカーだ。

ポルシェケイマンS。295psエンジンをミッドシップ搭載する本格的スポーツカーだ。

求められる要素を明確に体感させてくれるケイマンS

誤解しないで欲しいのは、ケイマンSと911カレラを較べてどちらが優れている、という単純な話ではないことだ。いや、一般道を主体としたツーリングであるなら、むしろケイマンSの方がフレンドリーで扱いやすいと感じられる側面は数多い。

例えば、コーナリングでの軽い身のこなしという点では、ケイマンSは911カレラの数段上を行く。ステアリングを切り込んだときのヒラリとした軽い反応や、素早いリアの収束など、端的に言えばより小さなクルマを動かしているような気安さがケイマンSにはあるのだ。

よく言われる「人車一体感」。これを、比較的低い速度域でも存分に感じさせるという点でケイマンSは優れている。そしてそれはスポーツカーとしてかなり大切な要素でもあるはずだ。

もうひとつ、高速クルージングの安寧さでもケイマンSはレベルが高い。911は速度が上がるほどにフロント荷重が軽くなる傾向があり、どこか走らせていて落ち着かない。もっとも、そうした兆候が顕著となるのはアウトバーンなどでの150km/hを越える領域だし、その時も修正は容易なのでもちろん心配はない。それに、気になるのであればフロントタイヤに駆動力を持ち、前輪荷重も50kgほど増すカレラ4を選べば解決する。

ケイマンSの高速クルーズは至って平穏だ。国内での試乗のみなので超高速域での所作はチェック出来ていないが、日本の高速道路に加え、サーキット走行も経験した範囲内では常にビシッとした直進安定性を見せた。コーナーでの快活な動きとこうした安定感を高いレベルで両立させているあたりは、実にさすがだと思う。

唯一、グランドツーリングカーとして気になるのは背中の直後にフラット6があるため、室内の騒音レベルが「エンジンが遠い」911よりも大きめということ。ちなみに、100km/h 6速での回転数は2500rpm程度。この状態でも、長時間走行となると、音はけっこう気になる。もっとも、あの快音を耳障りと感じるポルシェフリークは少ないはずだが。

そんなわけで、ケイマンSに魅力はいっぱいある。ただし、追い込んだ走りをやってみると、911との間にある明確な違いを感じてしまったのだ。

僕がその事実と向き合ったのは、短時間ながら筑波サーキットを走るという幸運に恵まれた時だった。ここでも、ケイマンSは実にイキイキとした走りを見せた。ヘアピンなどのタイトベンドで見せるシャープな回頭性、中〜高速コーナーでのアクセルワークによる姿勢のコントロールしやすさなどは特に感心する部分で、持てる性能の100%は無理としても80%くらいまでなら比較的スンナリと引き出して楽しむことが出来たような気がする。

そこから911に乗り換える。すでに頭に染み込んだ「RR=テールへビー=限界域の動きがトリッキー」というフレーズが頭をよぎり、やはりコースインの時は独特の緊張感が伴う。

そこで手探りで少しずつペースを上げて行ったのだが、その過程ですでに911カレラは、ケイマンSとは明らかに異なる走り味を僕に伝えて来た。

まずびっくりさせられたのは、ケイマンSを持ってしても敵わない堅固な岩のごときボディ剛性を911が備えていたことだ。ブレーキ/シフト/ステアリングといったすべての感触がソリッドで、操作に対する反応が正確に反映され、路面や操作系からのフィードバックも抜群に澄んでいる。市街地レベルでは911もケイマンSもこうした味わいにさほど差は感じられなかったが、レーシングスピードで走らせてみると違いは歴然としていた。

もちろんケイマンSとて甘口のヤワなクルマではない。これ単体で乗っていたのなら、さすがポルシェということで深い満足を得られたはずだ。つまり、911という比較対象があったからこそ感じられた「甘さ」というわけ。しかしまだ上がいたのだという事実に気がつかされた時、僕は911に対して戦慄に近い感情を覚えたのだった。

画像: 水平対向エンジンをミッドに置くケイマンは正統的で知的な存在とも言えるだろう。

水平対向エンジンをミッドに置くケイマンは正統的で知的な存在とも言えるだろう。

走らせることの満足感と乗りこなすことへの挑戦

ところで、件のテールへビーという問題が、確かに911にはある。しかしそれは唐突に訪れて乗る人を驚かせるようなものではない。ペースを上げていくと少しずつ「牙」を見せ始める。そんなスタンスで付き合える。

旧い世代の911では、この辺の性格の変わり方がもっとトリッキーだったと記憶している。逆説的に言えば、現在の911はそれだけ完成度が高く万人に扱いやすいクルマになったのだろう。いずれにせよ、羮(あつもの)に懲りてなますを吹くがごとくにRRの911を扱う必要は、今はないのだ。

けれど、最後の最後にそういった危うさを持っているからこそ、911はさらに魅力的なのだ。僕の腕では、911の性能を出し切ったなどとは口が裂けても言えない。せいぜい50〜60%が良いところだろう。しかしそれでも現代の911は楽しめる。

その意味では間口を広く開放している。それでいて走りを突き詰めようとすると、容易には頂きを見せない懐の奥深さも911にはある。だからこそ走らせる甲斐があるし、所有する喜びも大きい。較べるとケイマンSは気難しさがなくフレンドリーだが、反面で911ほどのオーラを感じさせないという事実にも、気がついてしまった。

さらに言うならば、カレラ4を選べばもっと楽に走れることもわかった。限界域までの過程を、フロントタイヤにも駆動力を持ち、前後重量配分も前寄りになるカレラ4なら、よりコントローラブルに楽しむことができるのだ。したがって今回乗った中でのベストポルシェは「911カレラ4」という結論が、僕の中では導き出された。

というところで、これまでエンジンについて触れなかったが、正直なところケイマンSと911カレラ2/カレラ4の間には、さほど大きな違いを感じなかったというのが実感だ。

もちろん911カレラは排気量がケイマンSよりも200ccほど大きく、パワーも大台を越える325psを備えることが許されている。それでいて重量差はさほど大きくはないから、確かに速度の立ち上がりは911、それもカレラ2が特にシャープだった。実際、0→100km/hの加速タイムもケイマンSと911カレラの間にはコンマ4秒という差が歴然とある。

それでも体感的な差をあまり感じないのは、ケイマンSに刺激的な演出が見られたからだ。5000rpmを越えたあたりから音質が明らかに変わり、伸び感も一際盛り上がる。同様の味わいは、今回連れ出さなかった3.8LのカレラSにもあるが、エンジンが背後で唸りを上げるケイマンSは、その感動をよりリアルに味わえる。

しかし、フラットな特性の911カレラにしても、スロットルが右足と直結しているようなレスポンスの良さは変わらないわけで、ポルシェ全体の中でエンジン単体の差というのはわずかなことに感じられてしまう。それよりも今回僕が深く感じ入ったのは、ケイマンSと911カレラの間には想像以上に大きな違いが存在していたことだった。それは主に駆動レイアウトとシャシに起因するもので、やはり僕のポルシェ観を極めるには911しかない、という結論に達したのである。

しかしその911にしたって、仕様を決めるのは簡単な作業ではない。カレラ2よりもカレラ4の方が路面や天候を選ばずいつでも付き合えるはずだし、さらに言うならSの方がより魅力的なことは確かだ。つまりどこまで行っても、なかなか「これが究極」と思えるクルマに行き着かないように出来ている。

夢を語るなら、現状でのマイベストは、おそらく911カレラ4S。これなら低速走行を強いられることが多い日本の道でもPASMが標準装備されるので、乗り心地をハードに感じることもないと思う。しかし現実に立ち返ると、何とこの仕様は、ケイマンSよりも600万円近く高価になる。

だからこそ、冒頭に述べたようなボヤキが出てしまうのだ。こりゃもう完全にポルシェの術中にハマっている状況じゃないか。しかも、実際にまだボクスターすら自分のクルマとしていない僕が、である。

ことポルシェに関する限り、自動車評論家という仕事をつくづく恨めしいと思う。知らなければ幸せだったのに……という心境になるからだ。それにしても心は千々に乱れた。幸いなことに、悩む時間だけはタップリあるから、まあのんびりと考えることにしたい。

実は今、ひとつ気になっていることがあるのだ。それは素の「ケイマン」の存在。まだポルシェからアナウンスはないが、噂が現実のものとなるのなら、もしやこれがミッド系ではベストバランスではないかと考えている。ともかくも911はひとまず究極の目標に据えて、今後もポルシェの動向には細心の注意を払って行くことにしよう。それこそが、僕が平常心を保っていられる唯一の方法なのだから。(文:石川芳雄/Motor Magazine 2006年4月号より)

画像: 水平対向+リアエンジンというパッケージにこだわり続ける911カレラ。

水平対向+リアエンジンというパッケージにこだわり続ける911カレラ。

ヒットの法則

ポルシェ ケイマンS(2006年) 主要諸元

●全長×全幅×全高:4340×1800×1305mm
●ホイールベース:2415mm
●車両重量:1380kg
●エンジン:水平対向6気筒DOHC
●排気量:3387cc
●最高出力:295ps/6250rpm
●最大トルク:340Nm/4400~6600rpm
●トランスミッション:6速MT
●駆動方式:MR
●車両価格:777万円
※2006年当時

ポルシェ 911カレラ(2006年) 主要諸元

●全長×全幅×全高:4425×1810×1310mm
●ホイールベース:2350mm
●車両重量:1440kg
●エンジン:水平対向6気筒DOHC
●排気量:3595cc
●最高出力:325ps/6800rpm
●最大トルク:370Nm/4250rpm
●トランスミッション:6速MT
●駆動方式:RR
●車両価格:1082万円
※2006年当時

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