2005年のフランクフルトモーターショーでデビューし、日本では2005年10月より販売を開始した5代目メルセデス・ベンツ Sクラス(W221型)。その最上級モデルとして、2006年5月にはメルセデス・ベンツ S65 AMG ロングが日本上陸を果たしている。折しも、ドイツ本国では100%AMGオリジナル開発による高回転型V8ユニット「63シリーズ」が登場し大きな注目を集めていた。では、当時AMGラインアップの頂点にあった、この12気筒ツインターボエンジン搭載モデルはどんな個性を放っていたのか、当時の試乗記を振り返ってみよう。(以下の試乗記は、Motor Magazine 2006年6月号より)

AMG代表は日本でタクシーとして使われていると知り歓喜

「東京都心ではAMGの個人タクシーを見かけますが、それについて何か意見はありませんか?」

AMG代表であるフォルカー・モルヒンヴェーク氏にそんな少々不躾な質問をしてみたが、それに対して返ってきた答えはちょっと意外なものだった。

「タクシーねぇ。お使い頂けるのはありがたいんですが、でも本来ウチの製品はそういう用途に適したものではないんです……」――実は、こんな回答を予想していたのだ。自らが精魂込めて仕上げたこだわりある製品を「営業車」として使われることに対して、ちょっとばかりの不快感を表すのではないか……。それは半ばそんなネガティブな回答を期待して、少々いじわるな質問をぶつけたつもりでもあった。

しかし、そんな予想に反してモルヒンヴェーク氏が即座に口にしたのは、「凄い! 素晴らしい!!」という言葉。不快どころか、心底嬉しそうにそう語る氏の表情に、それは決して社交辞令ではないという印象を抱かざるを得なくなった。

こうしたコメントからも推測できるのは、今のAMGが理想とするクルマづくりが必ずしもコンペティティブでスパルタンな方向ばかりには限られていないという事実だ。もはや「速さ」でオリジナルのメルセデス・ベンツを凌ぐエクスクルーシブ性を表現するのは当然。その上で、さらに充実した装備やゴージャスな雰囲気を売り物にするというのも、今やAMG社のクルマづくりにおける立派なフィロソフィーのひとつであるに違いない。

そんな現在のこのブランドの狙いどころを理解した上で目にすると、新型Sクラスに初めて投入されたAMGバージョン=S65AMGというのはすこぶるわかりやすい存在だ。

ベースとなるボディに全長が5.2mを超える『ロング』仕様を敢えて選択したのも、6Lの12気筒というすでに過剰なスペックを備えるエンジンに、さらに2基のターボチャージャーを与えて武装し、その結果600psをはるかに超えるという、どう好意的に解釈しても(特に2輪駆動車では)「ありあまる」としか表現のできない最高出力を身につけたのも、すべてはAMGイズムを最上級のレベルで達成させたかったゆえのことだろう。

『アーマーゲー』なる誤った呼び方が日本を席巻していたひと昔前の、あの派手ないでたちこそが最大の特徴と思えたAMGに較べると、昨今のモデルのドレスアップぶりは誰に対してもさほどの抵抗感を抱かせないもの。これも、このS65AMGにもそのまま当てはまる。

「世界で最もパワフルな量販サルーン」と自らを紹介するS65AMGだが、そのエクステリアに施された化粧のほどはさほどに分厚いものではない。

むろん、細身の5本スポークホイールに組み合わされたファットな19インチのタイヤや、リアエンドに4本出しされたテールパイプなどから、見る人が見ればそれがとんでもなくハイパフォーマンスな動力性能の持ち主という察しはつくだろう。が、ボディパネルそのものには手を加えられていないし、「F1マシンのノーズコーンにヒントを得た」とされるこれも最近のAMG車に共通するイメージのフロントバンパーも、ことさらの押し出し感を強調しているようには思えない。リアビューもパンパー下部にこそディフューザー調のテイストが与えられるものの、トランクリッドにはスポイラーも存在しない。

アメリカ、ドイツ、そして日本市場を中心に販売台数が成長を続けているという背景には、こうして多くの人に抵抗感を抱かせないルックスを用いている効果も大きいはずだ。実際、S65AMGのルックスも、たとえ「一番上等なSクラスを持ってこい」的な買われ方をしてもさほど無理なくそうした要求に溶け込んでくれそうだ。

画像: メルセデス・ベンツのフラッグシップサルーン、Sクラスに設定されたS65 AMGロング。かつての「過飾主義」は影を潜めているが、見る人が見ればそれとわかる「さりげなさ」がむしろ迫力を醸し出す。

メルセデス・ベンツのフラッグシップサルーン、Sクラスに設定されたS65 AMGロング。かつての「過飾主義」は影を潜めているが、見る人が見ればそれとわかる「さりげなさ」がむしろ迫力を醸し出す。

乗り味は重厚で快適だが、その気になれば走りは一変

インテリアにも、そんなクルマづくりのスタンスは感じられる。多機能を誇るスポーツシート、アルミニウム製のシフトパドル付きステアリングホイール、滑り止めのドットゴム付きブラッシュドステンレススチール製ペダル、ストップウォッチなどを中央部に表示可能とするフルスケール360km/hまでのスピードメーター……と、このクルマのインテリアには、「走りを象徴する数々の専用アイテム」も採用される。

そしてその一方で、センターパネルのアナログクロックは、名門ブランド『IWC』のアイテムに置き換えるといった豪華さへの拘りも見せる。もちろん、『ロング』ゆえに後席の足元スペースも圧倒的だ。すなわちこのモデルは「史上最強・最速のショーファードリブン」としての適性さえをも考慮した一台と言えそうだ。

同様のパワーパックを搭載したSL65AMGとともに、ラインアップの中でも際立つ頂点を意識するのがこれら「65シリーズ」なのだ。

そんなS65AMGのサウンドはAMGらしく重低音が強調されているが、しかしターボチャージャーが排気エネルギーの一部を回収することもあってか、ボリュームはそれほどではない。

むしろそのアイドリングの印象は「極めて静かで滑らか」と表現できるくらい。少なくともこの時点で、0→100km/h=4.4秒という尋常ではない加速力を示唆するものは何もない。

しかし、アクセルペダルを深く踏み込めば事態は一変する。2.3トンに近い車重など到底信じられない勢いで、『S』のボディはまるで際限知らずに速度を増して行く。

一方、そんな怒涛の加速力を別にすると、このクルマの乗り味が常に「最高のサルーン」に相応しい、重厚で快適性を失わないものであることにも感心せざるを得ない。フォーマルユースにも相応しいそんな乗り味と「もはやトルクは1000Nmでリミッターをかけている」という超強力なエンジンが生み出す爆発的な加速力が共存するところがまた、このクルマならではの魅力というわけだ。

ちなみにSL65AMGも基本的に同様の走りのテイスト備えている。しかも、こちらはさらに軽快なハンドリングも持っている。いずれにしても、ツインターボ付きの12気筒という心臓を積むこのモデルたちは、「何事も最上級のものでないと気が済まない」という人の希望を、考え得る最も高いレベルで実現させているのは事実だ。

ただし、だからと言って今のAMGが、決して「安楽」なクルマづくりを志向しているわけではないことは、たとえば同時にテスドドライブを行ったCLK63AMGが教えてくれた。

「100%AMGのオリジナル開発による、世界で随一の高回転・高出力型V8ユニット」と謳う新開発の6.2L自然吸気ユニットを搭載するこのモデルの走りは、想像を遥かに超える、「硬派な男のピュアスポーツカー」という印象だった。

圧倒的に高い剛性感を放つボディは、自在なハンドリング感覚を生み出し、かつ同時に望外のフラットな乗り味までを実現させていた。マニュアルモードでは「変速スピードを通常時の50%にまで短縮する」というパドル付きのシフトも、トルコン式ATとは思えないダイレクト感を演出。これではBMWのSMGも、もはやそのアドバンテージを発揮しづらいほどだ。

「新しいBMW M3にはV8エンジンが搭載される」との噂が囁かれる折、これは強烈な先制パンチとなりそうだ。AMGはスーパーゴージャスなモデルを送り出す裏で、こんなモデルも同時にリリースしてしまったのだ。(文:河村康彦/Motor Magazine 2006年6月号より)

画像: AMGのエンジンラインアップの頂点に立つ6L V12気筒ツインターボ。612ps/1000Nmという凄まじいばかりのパワーと信じ難いほどの滑らかさを併せ持つ。

AMGのエンジンラインアップの頂点に立つ6L V12気筒ツインターボ。612ps/1000Nmという凄まじいばかりのパワーと信じ難いほどの滑らかさを併せ持つ。

ヒットの法則

メルセデス・ベンツ S65 AMG ロング(2006年) 主要諸元

●全長×全幅×全高:5206×1871×1473mm
●ホイールベース:3165mm
●車両重量:2270kg
●エンジン:V12SOHCツインターボ
●排気量:5980cc
●最高出力:612ps/4800-5100rpm
●最大トルク:1000Nm/2000-4000rpm
●トランスミッション:5速AT
●駆動方式:FR
●最高速:250km/h(リミッター)
●0-100km/h加速:4.4秒
※欧州仕様

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