2006年、BMW Z4ロードスターのマイナーチェンジとともに、待望のZ4クーぺが登場している。中でも注目を集めたのが同時に発表されたMモデル、「Z4 Mクーぺ」だった。日本上陸前にポルトガルのリスボン近郊で開催された国際試乗会から、その走りを振り返ってみよう。(以下の試乗記は、Motor Magazine 2006年7月号より)

大胆なロングノーズとショートオーバーハング

欧州ではすでに発売が開始され、日本においても4月23日に発表(デリバリーは8月を予定)されたZ4クーペ。注目は、時を同じくしてマイナーチェンジを果たしたZ4ロードスターとともにクーペにも設定された「M」モデルの存在だろう。そのZ4Mクーペの国際試乗会がポルトガル・リスボン近郊で行われた。

リスボンから50kmの場所にあるロカ岬はユーラシア大陸最西端の地。岬の先には「ここに地終わり海始まる」と刻まれた石碑が十字架とともに立っている。まずはここで最初の撮影。

大胆なロングノーズとショートオーバーハング。スタイリングはクラシカルな雰囲気まで醸し出しながら、まとまりがあるものだ。面を大胆に組み合わせたボディサイドのデザインはZ4ロードスターと共通するものだが、クーペ独自のルーフのプレスライン、Mの強心臓を搭載するために膨らみを持たせたボンネットと相まって、ポルトガルの初夏の強い日差しの下ではより筋肉質なフォルムに映る。その端整な2シータークーペの存在に気がついたクルマ好きの観光客がその周りを、そしてウインドウ越しにインテリアを覗き込む。撮影はしばし中断された。

2005年のフランクフルトショーでコンセプトスタディモデルとして発表されたZ4クーペ。その完成されつくした外観デザインから、Z4ロードスターが登場した2002年にはすでにクーペの発売が決まっていたと考えていたのだが、実はそうではないらしい。

Z4クーペの全体の統括責任者、プロダクトマネージャーであるティモ・グーベル氏は語る。「Z4のクーペモデルを出すことを決定したのは2004年の12月です。ですから最初からクーペの発売を念頭においてZ4ロードスターをデザイしたわけではありません。前モデルのZ3でもクーペがありましたが、我々が期待していたほどの販売台数には到達しませんでしたからね」

グーベル氏は続ける。「最初はZ4ロードスターにハードトップを合わせる、というものも考えていたのですが、最終的にはこのクーペのスケッチが上がってきた段階で、取締役会で決定しました。このプロポーションは誰が見ても美しいと思えるものでしたから」

Z4クーペが誕生した背景には市場の変化も大きい。これまで日本だけでなく世界中でも人気を落としていたクーペスタイルが、ここにきて復活の兆しを見せているという。これにはアウディTTやポルシェケイマンSといったライバルの動向も大きいはずだ。

画像: ポルトガルの首都、リスボンの街を走るBMW Z4 Mクーペ。急坂が続き道は細い。石畳の路面も多い。それでもこのスポーツモデルの運転は苦にならない。

ポルトガルの首都、リスボンの街を走るBMW Z4 Mクーペ。急坂が続き道は細い。石畳の路面も多い。それでもこのスポーツモデルの運転は苦にならない。

高いボディ剛性を生かしコンフォート性も良い

このように登場したZ4クーペだが、全高が若干低くなる以外はサイズ/前後トレッド幅/ホイールベース/前後オーバーハング長ともにZ4ロードスターと同一だ。

エンジンは2種類。注目は何といってもM3と同じ343ps/365Nmのパワー/トルクを発生する高回転型直6DOHCエンジンを搭載する「Mクーペ」だろう。そのほか、265ps/315Nmを発生するパワーユニットを搭載した「3.0si」がある。

最近多くなってきたボックスタイプではない伝統的でシンプルなキーを手渡され、Z4Mクーペの試乗を開始する。さすがにクーペスタイルだけあって、Z4ロードスターと比較すると抜群にラゲッジ収納能力は高い。「3.0siにはゴルフバッグを2つ搭載することも可能」とのことだが、Mクーペは荷室右側にパンク修理キットとバッテリーを収めた突起部があるために、容量は若干制限される。

ホールド感の高いシートに座り、キーをひねりエンジンをかける。野太く低いエキゾースト音がただならぬ高性能ぶりを周囲にアピールするが、クーペボディは遮音性も高く、車内にいる限りはその実力の片鱗も感じさせない。

シフトノブを1速に入れる。アクセルペダルを踏むことなくクラッチの操作だけで発進できる。

高速道路に乗る。もちろん、何のストレスもなく流れをリードできる。決して低中回転を重視したトルク特性ではないが、圧倒的なトルクがあるため加速をしたい時もシフトダウンせず、アクセルペダルを踏む右足にちょっと力を入れるだけで済む。ちなみに100km/h時での回転数は6速で2300rpm。そんな状況では343psの超高性能スポーツクーペを運転していることを忘れるほどに車内は静か。GTカーとしての出来栄えも上々だ。

撮影のため、高速道路を降りてリスボンの旧市街に入る。ここは歴史のある古い港町で、急坂が多く道も細い。さらに石畳の路面で、目抜き通り以外はその路面も荒れている場所が多い。

ここで、「Mモデル」には全く期待していなかったあることに気付く。路面が悪くても、乗り心地が硬めとは言え非常にマイルドで上品なのだ。これは高速道路で継ぎ目を越えたときにも感じたもの。日本ではこれまで何度もZ4(ロードスター)に乗ってきたが、その軽快なハンドリングの楽しさに対して乗り心地面では不満があった。首都高の継ぎ目乗り越えではお尻が痛くなるほど突き上げ感があった。その点Z4Mクーペはアタリ自体が尖っておらず、収まりもすっきりとしている。

その理由としてはクーペスタイルでボディ剛性が高いことがまず1点。もうひとつはノーマルのZ4がランフラットタイヤ(RFT)を採用するのに対し、Z4Mクーペは通常のラジアルタイヤを履いていることが大きい。

BMWの各モデルがRFTを積極採用するのに対しMモデルではその採用例がないことを、グーベル氏は「RFTは通常タイヤに比べ単体重量が重い。バネ下重量を軽くすれば、その分サスペンションのセッティングをより硬めにできる。パフォーマンスを考えると、Mモデルには通常タイヤが相応しいと考えている」と説明したが、手にしたものは限界域でのパフォーマンスだけではなく、副次的な要素とは言え、街乗り時でのコンフォート性までも得ているところが面白い。

さらに、急坂の多いリスボン旧市街での走行で、重宝したのがスタートオフアシスタント機能。上り坂でブレーキペダルを離しても、ズルズルと後ろに下がってしまうことがなく、サイドブレーキを引きながらの坂道発進をする必要がない。MT設定のみの、超高性能スポーツモデルであるZ4Mクーペに扱いやすさを求めるのは酷な話か、と試乗する前には思ったのだが、なかなかどうして、「羊の皮を被った狼」の「羊」の部分の出来に感心した。

画像: 小径で細身のステアリングホイールをもつ通常モデルに対し、Mクーペは非常に太いグリップ部を持つタイプ。

小径で細身のステアリングホイールをもつ通常モデルに対し、Mクーペは非常に太いグリップ部を持つタイプ。

豪快かつピュアな走り味、サーキットで本領を発揮

翌日はサーキットでの試乗。ここでは文字通り「狼」の本質を味わう。

エストリルサーキットはリスボンから西へ30kmほどにある。全長4182m。1990年代後半までF1が開催されていたから、その名を覚えている人も多いだろう。大小13のコーナーで構成され、アップダウンの差も大きいテクニカルコースだ。

まずはインストラクターが運転するM5の後ろについてスタート。ピットレーンから本コースに入りアクセルペダルを踏み込むと、胸を押されるような強烈な加速Gとともに豪快で高揚感のあるサウンドが耳に入ってくる。右90度コーナーから右左のダブルヘアピン。ハンドル操作に対してのクルマの動きが素直かつ正確で、さらに掌に伝わるグリップの情報が濃いので思い通りのラインを走行できる。

コーナー出口からバックストレート。シチュエーションが違うので正確な横比較ではないが、直前に日本で乗ってきたZ4Mロードスターよりもコーナー脱出時のトラクションのかかりが良い気がする。0→100km/h加速の数値はMクーペ/Mロードスターとも5.0秒だが、ボディ剛性の高さ(静的剛性でMロードスターよりもMクーペの方がおよそ1.7倍高いという)が加速力の横方向への逃げを抑えているのかもしれない。

それにしてもこのエンジンは本当に気持ちが良い。9000rpmのレッドゾーンまで何の躊躇もなく回っていく。3速から4速へシフトアップ。そして下りながらのバックストレートエンド。M3 CSLから移植されたブレーキシステムのストッピングパワーは強烈だ。それでも不安定な挙動を一切出さない。

そこからは上りながらの中低速セッション。ハンドル操作量が多くなり、切りながらのシフト操作もあるため必然的に片手運転になるタイミングがあるが、このグリップの太いステアリングホイールデザインは日本人の小さな手だとどうもしっくりこない。試乗後にそのことをグーベル氏に伝える。「他のジャーナリストにも指摘されました。最初は販売地域によっていくつかのデザインを用意しようという意見もあったのですが……」という氏の掌はボクよりもふた回りは大きかった。

エストリルの最終コーナーは、筑波サーキットの最終コーナーに曲率、雰囲気ともに似ている。DSCをオンにした状態では若干タイヤを滑らしながら、しかしその介入をほとんど気付かせずに狙ったラインを通っていく。

ペースカーの後ろを3周走ったところでフリー走行開始。10周程度走る。DSCをオフにする。Z4Mはオンとオフの2段階で、M5のように「DTCオン」のモードはない。車両重量が軽くホイールベースが短いためか、コーナーで限界まで粘った先にあるクルマの挙動はやはり速く、正直ボクの腕では対処できなかった。ただし滑り出しまでの情報はステアリングを通じて溢れるほど伝わってくるので、表現を変えれば腕のある人ならアクセルワークひとつで自在にクルマの方向を決めることができると思う。

ケイマンSのような回頭性の良さを生かした身のこなしとは違う。Z4ロードスターのようなヒラリとしたリズム感と違う。カチッとしたボディ剛性を感じながら対話し、限界を探りつつ細やかに、そして時に大胆にそのパワーを扱う……という走り方が合う。

さて、Z4Mクーペ最大のライバルは、誰が見てもケイマンSとなるだろう。「カジュアル ポルシェ」などとも称されるケイマンSだが、ミッドシップの素直なハンドリングはポルシェ流スポーツの魅力に満ち満ちている。

Z4Mは、M3やM5/M6には設定しているSMGを持たない。6速MTのみだ。これについてグーベル氏は「Z4Mの考え方としては、ピュアなものを目指しています。スペース的には搭載は可能ですが、クルマのキャラクターにはSMGは似合わないと判断しました。あくまでもピュアスポーツの思想、ということです」と答える。

対してMTだけでなくATをも用意するのがケイマンS。比較試乗ももちろんだが、今後の世界市場での販売台数対決も注目したいところだ。

「ケイマンSよりもZ4Mクーペの方が50psもパワフルなんですよ。日本での価格差は30万円? ならZ4Mはリーズナブルだと思いませんか?」とグーベル氏は茶目っ気たっぷりに問いかける。その笑顔に、Z4Mクーペへの大いなる自信が見えていた。(文:根岸誠/Motor Magazine 2006年7月号より)

画像: 試乗2日目はエストリルサーキットを走ることができた。写真はエストリルの難所であるコース一番奥の切り返し。回頭性の高さを持ちリズミカルに走るのが似合うノーマルZ4に比べ、Mクーペはパワーで向きを変えていく走り方が合った。

試乗2日目はエストリルサーキットを走ることができた。写真はエストリルの難所であるコース一番奥の切り返し。回頭性の高さを持ちリズミカルに走るのが似合うノーマルZ4に比べ、Mクーペはパワーで向きを変えていく走り方が合った。

ヒットの法則

BMW Z4 Mクーペ 主要諸元

●全長×全幅×全高:4113×1781×1287mm
●ホイールベース:2497mm
●車両重量:1495kg
●エンジン:直6DOHC
●排気量:3245cc
●最高出力:343ps/7900rpm
●最大トルク:365Nm/4900rpm
●トランスミッション:6速MT
●駆動方式:FR
※欧州仕様

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