スポーツカーはマニュアルトランスミッションで操るべし、という常識は今や過去のもの。ハイスペックであるほど、ATやDCTのお世話になるのが当たり前の時代になっている。そんな風潮をナンパと笑い飛ばすがごとく、ここに現れたのは4L V8ツインターボに7速MT。もはや奇跡的なコラボレーションは、「操る」ことに心地よく昂ぶる感性を、再び思い出させた。(Motor Magazine 2020年5月号より)

感性を刺激するマニュアルトランスミッション

現行アストンマーティンで唯一の2シータースポーツカーであるヴァンテージに、7速マニュアルトランスミッション(7速MT)仕様が追加された。「今どきスーパースポーツカーにMT?」と驚いた読者もいるだろう。反対に「よくぞMTを出してくれた!」と拍手喝采する向きもあるはず。

なにしろ最高出力500psを超すスーパースポーツカーでMT仕様を用意するのはポルシェ911 GT 3とこのヴァンテージくらい。あとは軒並みATかDCTを採用している。ヴァンテージMTが少数派なのは間違いない。

MTが少数派になったことには理由がある。昨今のスーパースポーツカーがMTでは本来の速さを引き出せないほど高性能になったのが理由のひとつ。そしてもうひとつは、MTよりはるかに高速かつスムーズに作動するデュアルクラッチ式トランスミッション(DCT)が登場した点にある。 

かつては遅いクルマの代名詞のように言われたAT車だが、F1でATが当たり前になってもう四半世紀が経つ。スーパースポーツカーの世界でも、DCTの登場で状況は一変。フェラーリ、ランボルギーニ、マクラーレンは全車2ペダル。ポルシェも前述のGT 3などごく少数にMTが設定されているだけで基本は2ペダルだ。 

とはいえ、MTを求める声はいまだに根強い。かくいう私はAT(2ペダル)派だが、それでもMTの魅力はわからなくもない。両手両足を駆使して走らせていると、クルマが自分の四肢の延長線上にあるように思えてきて強い一体感が味わえる。また、コーナリング時の微妙な姿勢変化をアクセル開度で調整するうえでも、一般的にいってATよりMTの方がコントロールしやすいように思う。つまり、絶対的な速さで言えばATが有利だが、感性領域ではMTにも分があると言えるだろう。

画像: マニュアルトランスミッションに置き換えるとともに、機械式LSDを採用。車両重量はAT比で約70kg軽くなった。

マニュアルトランスミッションに置き換えるとともに、機械式LSDを採用。車両重量はAT比で約70kg軽くなった。

フラットトルクで扱いやすいだからMTが抜群に楽しい

それではヴァンテージに乗り込んで、もはや希少種となった「スーパースポーツMTモデル」の世界を味わってみることにしよう。搭載されているのはAMG製の4L V8ツインターボで、奇しくも本誌で特集されているAMG GTや“63”と同系統。ちなみにヴァンテージ用はドライサンプではないので、搭載位置はAMG GTほど低くないはずだ。

とはいえ、フラットトルクで扱いやすく、それでいてレスポンスが鋭いこのエンジンの特性は、ヴァンテージにもそのまま息づいている。だからマニュアルシフトで1速を選んでクラッチを徐々に離していけば、とくにスロットルペダルを踏み込まなくてもアイドリングのままスムーズに走り出す。そのくらい発進のクラッチコントロールは容易だし、ペダル踏力も不当に重いとはいえない。

シフトは1速が左手前のレーシングパターン。そこから手のひらで軽くレバーを右側に傾けるようにして奥に押し込めば2速、今度は左右に力を加えず素直に手前に引き寄せれば3速に入る。

最初はHパターンで7速を選ぶのは到底無理と思っていたが「4列ある縦方向のゲートをまたぐときは少しだけ左右方向に力を入れ、そうでないときはシフトレバーが進む方向に素直に従う」という原則を守れば、意外とシフトミスはしないもの。私も30分ほどで慣れたので、オーナーになれば何の問題もないはずだ。 

ちなみに100km/h時のエンジン回転数は7速から2速までの順で1800rpm、2300rpm、2850rpm、3450rpm、4400rpm、6000rpmと恐ろしくクロースレシオ(いずれもメーター読み)。しかもエンジンは前述のとおりフラットトルク型なので、たとえば1速→3速→5速→7速と「1速飛ばし」にシフトしても不都合はない。「だったら7速、要らないじゃん」という声が聞こえてきそうだが、私は「だからこそ7速はありがたい」と思った。

なぜなら、エンジンから駆動輪までがギアでタイトにつながれたMTモデルはコーナリング中の姿勢制御が容易だ。同じくギアでつながるDCTでも同様の効果は得られるが、MTはここに自分の肉体でコントロールするという喜びが加わる。これがクルマとの一体感を生み出すわけだが、もしもエンジンのトルクバンドが狭かったりギアレシオがワイドに散らばっていたら、コーナリング中の加減速でシフトが必要になる恐れがある。

しかし、幅広い回転域で有効なパワーを生み出すフラットトルク型であればその可能性は低い。しかも、ギアの段数が増えればそれだけ対応できる速度レンジの幅も広がる。言い換えればシフトをサボる上で絶好のコンビだ。

足まわりからもあまり神経質な匂いは漂ってこない。今回は本格的なワインディングロードを走っていないので断定的にはいえないものの、ヴァンテージのハンドリングはスタビリティが高く、荷重移動をサボってもしっかりターンしてくれる。だからといって荷重変化でハンドリングが変わらないわけではなく、努力をすればそのご褒美は必ず手に入るのだが、無精なドライビングをしても不都合は少ない。7速MTというなんともシビアで無慈悲なイメージとは裏腹に、ヴァンテージは実に寛容なスポーツカーなのである。

また快適性でもヴァンテージは大きく進化していた。2年前にポルトガルで行われた国際試乗会に参加したが、サーキットのみの走行でも足まわりの硬さはそれなりに意識された。とりわけリアサブフレームのブッシュを省いた関係で路面からの直接的な振動をそのまま伝える傾向が強く、優しい乗り心地とは言いがたかった。 

けれども、今回試乗したヴァンテージMTは、明らかにサスペンションがしなやかにストロークしていた。もちろん、単純に「硬い/柔らかい」でいえば硬い部類に入るだろう。だからこそハードなコーナリングでもしっかりボディを支えてくれるわけだが、サスペンションが動き出すその瞬間からしっかりとダンピングが利いていて、ドライバーに伝わるショックにざらついたところがない。

つまり、硬めだけれどしっかり洗練された乗り味。これだったら長距離ドライブも苦にならないだろう。エンジン音もほどよく抑えられていて好ましい。同じAMG発のV8でも、ヴァンテージのものはより軽くて高音成分が強調された澄んだ音色。エンジン音はスタイリングと並ぶアストンマーティンの白眉だが、そんな期待に十分応えられる仕上がりだ。

画像: マットブラック系のオプション装備で、精悍な印象にまとめられたコクピット。プレミアムオーディオシステムも用意されている。

マットブラック系のオプション装備で、精悍な印象にまとめられたコクピット。プレミアムオーディオシステムも用意されている。

アストンマーティンの足まわりに革命の時、来たる

アストンマーティンのヴァンテージはオプション設定された高性能エンジンを指す名称として1950年代に登場。独立したモデル名として用いられるようになったのは1977年のことで、ここから3度のフルモデルチェンジを経て2017年に発表されたのが現行型ヴァンテージである。

その特徴は、DBと基本的に同じ最新テクノロジーを用いつつ、ショートホイールベースの2シーターボディにすることで機敏なハンドリングを実現した点にあるが、ここで大きな役割を演じたのがチーフエンジニアのマット・ベッカー氏。ロータスからやってきたベッカー氏は、現在アストンマーティンの足まわりに大革新をもたらしている最中。

彼が開発の初期段階からかかわった最初のモデルがこのヴァンテージである。その意味では、アストンマーティンの現在到達点を確認するうえで格好のモデルが、ヴァンテージといって間違いないだろう。(文:大谷達也)

画像: 可能な限りシャシの後方に配置されたV8ユニット。前後重量配分はほぼ50:50だ。 AMSHIFTと呼ばれるシステムが、シフトダウン時のブリッピング操作を忠実に再現する。

可能な限りシャシの後方に配置されたV8ユニット。前後重量配分はほぼ50:50だ。 AMSHIFTと呼ばれるシステムが、シフトダウン時のブリッピング操作を忠実に再現する。

■アストンマーティン ヴァンテージ クーペ主要諸元

●全長×全幅×全高=4465×1942×1273mm
●ホイールベース=2704mm
●車両重量=1650kg
●エンジン= V8DOHCツインターボ
●総排気量=3994cc
●最高出力=510ps/6000rpm
●最大トルク=625Nm/5000rpm
●駆動方式=FR
●トランスミッション=7速MT
●車両価格(税込)=1913万円

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