1965年に2代目セドリックに搭載されてデビューしたのが日産のL型6気筒エンジンだ。このカウンターフローのSOHCエンジンは、そもそも実用性を重視したオーソドックスな設計である。名機と言えばDOHCヘッドなどの凝ったメカニズムをもつエンジンが思い浮かぶが、それらに伍して平凡なL型は多くのドライバーに寄り添ってきた。そして現代においても、独特の存在感を放ち続けている。

“強い日産”を支えたL型6気筒

日本のモータリゼーションが本格始動した1960年代。その価値を計る手段として重視されたのが「性能」、つまり速さであった。それをアピールする場として選ばれたのがレースである。日本グランプリに国内メーカーがこぞって参戦したのは、自社の技術や製品(市販車)の優秀さを誇示する格好の場であったからだ。

日産は、スポーツプロトタイプやサファリラリーマシンの開発を手掛ける日産追浜ワークスと、主に市販車をベースにツーリングカーレースマシンの開発を担当した大森ワークスがしのぎを削り、技術を磨いていった。

画像: L型エンジン搭載車は、国内外のレース、ラリーで大活躍した。日産ワークスのメカニックと街のチューナーが育てたのがL型だ。

L型エンジン搭載車は、国内外のレース、ラリーで大活躍した。日産ワークスのメカニックと街のチューナーが育てたのがL型だ。

そこで特筆すべきが、L型6気筒エンジンの存在である。1965年に2代目セドリック(スペシャル6)に搭載されてデビューしたカウンターフローの6気筒SOHCエンジンは、当時のメルセデス・ベンツに範をとった上級車向けに開発されたエンジンだった。もっとも高回転域は不得意で、エンジン燃焼室の片側に吸気管と排気管が隣り合わせに並ぶカウンターフローのため、夏期に高回転まで回そうとすると排気管の熱でキャブレター内の燃料が沸騰してしまう症状も出たくらいだった。おおよそ、モータースポーツには不向きなエンジンだったのだ。遅れて追加された4気筒シリーズでも、基本的な性格は変わらない。誤解を恐れずに言えば、平凡な実用エンジンである。

画像: 初めてL型(L20)が搭載された2代目セドリック スペシャル6。

初めてL型(L20)が搭載された2代目セドリック スペシャル6。

にも関わらず、L型6気筒エンジンが名機と呼ばれ、今も(とくにチューニング・ベースとして)根強い人気があるのはなぜか。よく言われるように鋳鉄製のエンジンブロック、チェーン駆動によるカムシャフトの駆動など基本骨格が頑丈であるというのが、まず第一の理由だろう。また、長期にわたって日産の主力エンジンであり続けたため、現在でも純正部品の入手が可能であることも挙げておかねばならない。さらに言えば、スカイラインやフェアレディZなど、スポーツ性の高い車種が長らく搭載していたことも重要なポイントだ。

しかし、その潜在能力をフルに引き出したのは前述の日産ワークスメカニックたちであり、トライ&エラーの繰り返しでノウハウを磨いた市井のチューナーと一般ユーザーたちである。実際にノーマルにちょっと手を加えるだけで別物のように生き生きとしたエンジンに生まれ変わり、ターボなど本気で手を入れれば現代のスーパーカーにも匹敵しうるパワーを手に入れることもできたのだ。

画像: 街のチューニングショップでもチューナーたちが腕を振るった。すでにそのノウハウは出尽くしたと思われるが、いまでも新しいチューニングメニューが開発されているという。

街のチューニングショップでもチューナーたちが腕を振るった。すでにそのノウハウは出尽くしたと思われるが、いまでも新しいチューニングメニューが開発されているという。

実際、L型6気筒エンジンは“長くて重い”と陰口をたたかれながら1980年代に入っても日産レーシングマシンの主流であり続け、ストリートではそのノウハウを凝らした特別なL型6気筒エンジンを搭載したチューニングカーが、クルマ好きから羨望のまなざしで見つめられたものだ。平凡なエンジンがひと手間掛けるだけで非凡なスポーツエンジンに生まれ代わる妙。L型6気筒はレースメカニックとチューナー、そしてユーザーたちが育て上げたからこそ、名機になったのだ。

L型6気筒エンジンの系譜

日産車を支えた基幹エンジン・シリーズとして、その歴史はとにかく長い。特に6気筒シリーズは後継機となるRB型が登場するまで膨大な数が生産され、また搭載車によってさまざまなバリエーションが存在する。

前述のとおり、L型6気筒の歴史はまず1965年10月に登場した2代目セドリックのスペシャル6に搭載された2L直SOHCのL20型(ツインキャブ仕様)まで遡る。ここから1969年前半まで生産されたものがいわゆる初期型で、4ベアリングかつボア間ピッチも以後のものとは異なる。一方、1969年以降に大量生産されたL20型はようやく6気筒エンジンらしく7ベアリングとなり、それに伴いボア間ピッチも変更・拡大された。ヘッドカバーの締結ボルトも6本から8本に増やされている。

画像: 1968年に登場したC10型スカイライン2000GTの心臓もL20型。1969年中頃までは初期型のL20だった。

1968年に登場したC10型スカイライン2000GTの心臓もL20型。1969年中頃までは初期型のL20だった。

呼称は同じくL20型でボア×ストロークも変わらないが、実は部品の互換性は少なく、部品の取り違えなどを防ぐため1970年代前半まで改良型の後者を“L20A”と呼んで区別していた。もっとも、初期型L20はL20Aに比べ生産台数は少なく、今日我々がL20と呼んでいるのはL20Aのことだと考えていいだろう。ここからは、改良型L20を中心にL型6気筒について説明していく。

画像: 1971年に国内で発売されたフェアレディ240ZGは2.4LのL24型SUツイン仕様を搭載。

1971年に国内で発売されたフェアレディ240ZGは2.4LのL24型SUツイン仕様を搭載。

よく知られているように、L型には2L(1998cc)、2.4L(2393cc)、2.6L(2565cc)、2.8L(2753cc)の4つの排気量がある。厳密に言えば、1979年に登場した2.8L過流室式ディーゼルのLD28型は2792ccなので、基本バリエーションは5つということになる。この中でも仕様が多岐に渡るのがL20型で、大きく分けて7種類が存在した。ちなみにL20型のボア×ストロークは78.0×69.7mmだ。L24型は83.0×73.7mm、L26型は83.0×79.0mm、L28型は86.0×79.0mm、日本初の乗用車用ディーゼルとなったLD28型は84.5×83.0mmである。排気量はさまざまだが、共用部品は多い。ここから2気筒削ったのがL型4気筒シリーズのベースであり、現在では当たり前となっているモジュラー設計の先駆けでもあった。※参考までに、歴代L型エンジンのバリエーションをこの記事の最後に挙げておいたので、興味のある方はご覧いただきたい。

画像: 1981年に発売されたR30型スカイラインも6気筒エンジンはL型だった。

1981年に発売されたR30型スカイラインも6気筒エンジンはL型だった。

同時期に誕生し、やはり長寿なユニットとなったトヨタのM型がDOHCをラインアップに加えるなどして進化していったのに対し、日産は基本設計を変えることなくSOHCのまま(特に6気筒シリーズは)連綿と生産を続けた。それゆえ、多くのドライバーにとってL型6気筒は特別な意味をもつエンジンとして今も心の中で生き続けているのだ。

●主なL型6気筒のバリエーション(燃料供給装置・使用燃料:R=レギュラー/H=ハイオク)

L20型シングルキャブ・R仕様 最高出力:105ps/5200rpm 最大トルク:16.0kgm/3600rpm
L20型SUツインキャブ・H仕様 最高出力:115ps/5200rpm 最大トルク:16.5kgm/4400rpm
L20型シングルキャブ・H仕様 最高出力:120ps/5600rpm 最大トルク:17.0kgm/3600rpm
L20型SUツインキャブ・R仕様 最高出力:125ps/6000rpm 最大トルク:17.0kgm/4400rpm
L20型SUツインキャブ・H仕様 最高出力:130ps/6000rpm 最大トルク:17.5kgm/4400rpm
L20E型EGI・R仕様 最高出力:130ps/6000rpm 最大トルク:17.5gm/4400rpm
L20ET(ターボ)型EGI・R仕様 最高出力:145ps/5600rpm 最大トルク:21.0kgm/3200rpm
L24型SUツインキャブ・H仕様 最高出力:150ps/5000rpm 最大トルク:21.0kgm/4800rpm
L26型EGI・R仕様 最高出力:140ps/5200rpm 最大トルク:22.0kgm/4000rpm
L28型シングルキャブ・R仕様 最高出力:140ps/5200rpm 最大トルク:22.5kgm/3600rpm
L28E型EGI・R仕様 最高出力:145ps/5200rpm 最大トルク:23.0kgm/4000rpm
L28E型(改良型)EGI・R仕様 最高出力:155ps/5200rpm 最大トルク:23.5kgm/4000rpm
LD28型 過流室式ディーゼル 最高出力:91ps/4600rpm 最大トルク:17.3kgm/2400rpm

大雑把に分けてもこれだけの仕様があり、さらに日本では発売されなかった、L24E型(EGI仕様)、L28ET型(ターボ仕様)、LD28T(ディーゼルターボ仕様)など多種多様なユニットが存在する。また生産時期や搭載車種によって各部に微妙な変更が加えられていた。

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