日本はもとより世界の陸・海・空を駆けめぐる、さまざまな乗り物のスゴいメカニズムを紹介してきた「モンスターマシンに昂ぶる」。復刻版の第22回は、2019年秋の台風19号による被害で不通となったが、2020年7月23日に運転再開を予定している箱根登山鉄道にスポットライトを当てよう。(今回の記事の内容は、2019年6月当時の内容です)

百年の時を超えて磨かれた登山電車特有の特殊機構

画像: タイトル画像:引退まで、1950年の大改装当時の姿をとどめた103-107形(3両目は108形)。旧式な吊り掛け駆動がうなりを上げて、80パーミルの急勾配を上って来る。モーターはコイルを巻替えながら当初のまま。

タイトル画像:引退まで、1950年の大改装当時の姿をとどめた103-107形(3両目は108形)。旧式な吊り掛け駆動がうなりを上げて、80パーミルの急勾配を上って来る。モーターはコイルを巻替えながら当初のまま。

今回紹介する箱根登山鉄道電車は、百年もの車歴と、小さな車両に特殊機構を満載した「山の神」といえるモンスターマシンだ。

正月の人気競技「箱根駅伝」。最大の山場は、小田原から箱根湯本駅を越え、コース最高地点に達する第5区だ。このコースに沿って走り、紹介されるのが宮ノ下の踏切。跨ぐ線路が箱根登山鉄道だ。最大勾配率80パーミル(1パーミル=0.1%、1000m進んで80m上る)、最小カーブ半径=30mという、まさに世界屈指の鉄道限界に挑戦する登山電車は、どのような特殊メカを持つのだろう。

画像: 大型モーターがギリギリで収まる台車。車輪ブレーキシュー(赤で囲った右)は鋳鉄製。レールを直接抑えるカーボンシューの圧着ブレーキ(赤で囲った左)と他の電車にはない特徴を持つ。

大型モーターがギリギリで収まる台車。車輪ブレーキシュー(赤で囲った右)は鋳鉄製。レールを直接抑えるカーボンシューの圧着ブレーキ(赤で囲った左)と他の電車にはない特徴を持つ。

日本で急勾配を往来する鉄道として有名だったのは、旧国鉄信越本線の碓氷峠(横川~軽井沢間)だ。1893年から1963年まで、最大勾配率66.7パーミルの区間を往来できる高出力な機関車はないため、アプト式というラックレールとギア付き動輪を噛み合わせて、上り下りするという方式がとられていた。

箱根登山鉄道は今から約100年前の1919年に箱根の温泉観光用に小田原から強羅まで15kmを結ぶ、本格的な登山鉄道として敷設された。国鉄のアプト式も検討されが、視察したスイスのベルニナ鉄道が70パーミルでも通常の「粘着式鉄道」で運行していたため、遅く・乗り心地が悪く・急カーブに不向きなアプト式を採用しなかった。この結果、本家のベルニナ鉄道よりもきつい80パーミルを上る鉄道となった。

画像: 2014年に登場し、近年増備された最新鋭の3000形アレグラ号。現代的VVVF制御やエアコン、側面の窓扉ガラスが大型化したが、撒水機や35.6トンの大重量など基本はモハ1形以来の伝統を継ぐ。

2014年に登場し、近年増備された最新鋭の3000形アレグラ号。現代的VVVF制御やエアコン、側面の窓扉ガラスが大型化したが、撒水機や35.6トンの大重量など基本はモハ1形以来の伝統を継ぐ。

今回主役のモハ1形・車号103-107はなんと、開業時からの1形車両で、まさに箱根登山鉄道の全歴史を知る存在なのだ。今も残る特徴を見ると、まずモーターが大きい。当時電車の主流は吊り掛け式駆動で(現役では最古で希少だ)、モーターは元々車軸の内側幅目いっぱいまで大きくできたが、それでも非力だった。そこで線路幅を国鉄/私鉄の常識だった狭軌1067mmではなく、後の新幹線やごく一部私鉄と同じ標準軌1435mmを採用することで、より大型のモーターを搭載した。

ブレーキも特殊で、従来の空気ブレーキの他に急な下り坂では発電ブレーキ(クルマでいうエンジンブレーキ)を本格活用。さらに非常時にカーボンブレーキシューをレールに直接押し付ける強力な圧着ブレーキ。そして駐車用の手動ブレーキの4段構えだ。発電ブレーキは現代でこそ、発展型の回生ブレーキ(VVVF制御)などで省エネに使われるが、箱根登山鉄道では回生ブレーキではなく、制動のために回したモーターから得た膨大な電気エネルギーを、屋根上の巨大な抵抗器から熱エネルギーに置換して放出している。

画像: 隣の108形から46年ぶりの1981年に新造された1000形ベルニナ号。特徴的な屋根上冷房機器に見える大型抵抗器は踏襲されている。運転席下のスカート(排障器)に見えるのが撒水機。駆動方式は、現代の主流である並行カルダン式。車内連結部に冷房装置を搭載している。

隣の108形から46年ぶりの1981年に新造された1000形ベルニナ号。特徴的な屋根上冷房機器に見える大型抵抗器は踏襲されている。運転席下のスカート(排障器)に見えるのが撒水機。駆動方式は、現代の主流である並行カルダン式。車内連結部に冷房装置を搭載している。

空気ブレーキも特殊で、車輪を押さえつけるブレーキシューには現代では稀な鋳鉄を使っている。これは現代のレジン系ブレーキシューと違い、車輪表面をザラザラに荒らすので、レールとの摩擦係数が増え粘着式軌道に都合が良かった。

そしてとどめは「撒水装置」だ。通常の鉄道は急カーブを滑らかに曲がるために、少量の油をレールに塗布して走行する。半径30mという急カーブの連続する箱根登山鉄道にはなおさら潤滑剤は必須だ。ところが、油では急勾配に対して車輪の空転、制動の障害になってしまう。そこで各車両の両端には撒水装置が備えられ、急カーブごとに散水しながら運行しているのである。ちなみに、昔は急勾配では砂、カーブでは水を散布していたが、砂と水では車輪をあまりに摩滅させ、床下機器に悪影響が出たため、今の方式になったそうだ。

これらの特殊装備は、46年ぶりに投入された1000形ベルニナ号以降の新鋭車両にも搭載され、より快適な最新の3000形アレグラ号にまで継承されている。(文 & Photo CG:MazKen/取材協力:箱根登山鉄道)

※箱根登山鉄道の車両は長く木製車体だったが、1950〜60年にかけての近代化大改装で全鋼製車体と国産台車/電動機となった。

画像: 江ノ電に次ぐ半径30mの急カーブと急斜面に対応するため、連結器は左右各44度、上下各5度も可動する。このため連結板は緊急用で幌は着かない。連結部にも360Lの水タンクが見える。

江ノ電に次ぐ半径30mの急カーブと急斜面に対応するため、連結器は左右各44度、上下各5度も可動する。このため連結板は緊急用で幌は着かない。連結部にも360Lの水タンクが見える。

■箱根登山鉄道 主要諸元

◎モハ1形 103-107号
●全長×全幅×全高:1466×259×399cm
●車体:全鋼製
●重量:34.4-35.4トン
●駆動方式:吊り掛け式 78.3kW
●制御方式:抵抗制御
●ブレーキ:発電・空気・圧着・手動

◎3000形 アレグラ号
●全長×全幅×全高:1466×257.4×397.4cm
●車体:ステンレス製
●重量:35.6トン
●駆動方式:並行カルダン式 55kW
●制御方式:VVVF制御
●ブレーキ:回生・空気・圧着・手動

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