2007年10月、ついに姿を現した「日産GT-R」は、世界から熱狂的な関心を受けて迎えられた。まるでレーシングカーのような高性能ぶり、ベースモデルで777万円という価格など、すべてが驚くべき内容だった。Motor Magazine誌ではライバルの1台と目されるポルシェ911ターボを連れ出し、その本質的な持ち味に迫っている。ここでは2回に分けてその興味深い考察を振り返ってみよう。(以下の試乗記は、Motor Magazine 2008年3月号より)

GT-Rと911ターボ、スペックには共通点が多い

埋め込まれたアルミ製ノブの一端を押し込むと、反対側が起き上がるので、そこを引いてドアを開ける。

キーレスエントリーのため、そのままコンソールのスタートボタンを押せばエンジンが掛かる。だが僕はキーの所在が確認できていないと不安なため、インパネ下にかがみ込んでキーフォブを所定の位置に挿入。その後、チルトとテレスコピックが別々なステアリング下の2本のレバーと、ダイヤル式スイッチがとても使いやすいパワーシートを操作して、ドライビングポジションを決める。

日産GT-Rに乗るのは、今回で3度目。最初はドイツのアウトバーンで、その次は日本のミニサーキットとワインディングだった。そして今回、移動の足も含めたかなりの距離を乗り込むうちに、こうした一連の動作もすっかり自然にこなせるようになっていた。

しかし、相応に走行距離を重ねても、このクルマの真価に本当に触れた気持ちになれない僕がいる。

この不完全燃焼感はなんだろう。提示されたパフォーマンスの高さに僕自身の気持ちが引けている、という部分も確かにある。ニュルブルクリンク北コースで7分38秒と言われたって、そんなラップタイムを叩き出す腕も度胸も我が身には備わっていないわけで、少なくともミニサーキットでの数周と一般道とでは、GT-Rの限界がどこにあるのかは杳(よう)として知れなかった。

アウトバーン上では、滅多に経験できない200km/hオーバーの領域で試すことができて、少しその神髄に触れられたような気がした。

200km/hを超えてからも、GT-Rの安定感は本当に素晴らしい。ステアリングを軽く支持しているだけで矢のように真っ直ぐ走るし、微小な操作にも正確に、しかも過敏になることなく反応してくれるので全幅の信頼を置くことができる。

相応に交通量のあるアウトバーンだったので最高速度へのチャレンジはしなかったが、何度か到達することのできた280km/h付近の安定感を味わうほどに、このクルマがこれまでの国産車の常識を打ち破る1台であることを確信させられた。

2階建て構造のサブフレームによる高いシャシ剛性。前後重量配分にこだわったが故の、トランスアクスルレイアウト。そこを経由した「行って来い」の前輪駆動機構を備える凝った4WDシステム。冷却や細部の整流にまで徹底的にこだわった空力性能。そういった数々のアイディアがスペックとしてだけでなく、見事に性能へ表れていることを体験できたのである。

エンジン性能も特筆に値する。GT-Rのために専用開発されたVR38DETTエンジンは、プラズマコーティングボアの採用によるライナーレス構造で冷却性能を向上させ、耐ノッキング性を高めた上に、2基のIHI製ターボにより480ps/588Nmを得ている。最大トルクは3200〜5200rpmの間で発生するが、実際のパワーフィールもその通り。3000rpmあたりから湧き上がった太いトルクに押される感じで、レブリミットの7000rpmまで一気に昇り詰める。

しかもこのエンジン、ターボでありながらアクセルレスポンスも抜群に良い。軽い踏み込みに対してもクルマが前へ前へ出ようとする獰猛さは、これまでの国産スポーツモデルでは味わえなかったものだ。それでいて2000rpm以下の低速域でも十分なトルクがあり、扱いやすい。

そんな感動と興奮を感じたドイツ試乗だったのだが、日本の道で改めて冷静に乗れば乗るほど、冒頭に述べたように、僕は漠とした不完全燃焼感にとらわれているのである。

今回の取材では、ポルシェ911ターボカブリオレも合わせて試乗している。3.6Lのフラット6エンジンに、可変タービンジオメトリー(VTG)のツインターボを組み合わせて最高出力480psを実現。さらにオプションの「スポーツクロノパッケージ」を選ぶと短時間のオーバーブーストが可能となり、この時の最大トルクは680Nmという値を発生させるが、平素の最大トルクは620Nm。これを、1950〜5000rpmという幅広い範囲で発生する。

その駆動方式は、RRを基本にして電子制御多板クラッチで必要に応じてフロントタイヤにもトルクを伝達するPTM(ポルシェ・トラクション・マネージメントシステム)を採用した4WD。カブリオレは5速ATのみの設定、つまり2ペダルである。GT-Rとはボディ形態もレイアウトも異なるが、スペックでは共通点が多いとも言える。

911ターボカブリオレで走り出して最初に感心したのが、エンジンだ。VTGの採用で低速域から十分な過給を得られるようになった効果は明確で、過去のポルシェ911ターボに見られた過大なトルク変動はもはやまったく感じられない。低回転域からトルクフルなのである。

ただし、だからといって実用域のレスポンスをいたずらに高めてはいない。端的に言ってしまえば、パワーの濃淡の付け方が明確なのだ。

軽くアクセルを踏み込んだ状態での反応は意外に穏やか。対して深く踏み込むと、回転の上昇と共に倍力的にパワーが沸き上がってくる。排気音も同様で、3000〜4000rpmあたりまでは極めてジェントルだが、トップエンドの6000rpmオーバーまで引っ張ると、やや刺激的過ぎると感じるほどの排気音で狭いキャビンが満たされる。

対してGT-Rはもっと獰猛だ。普段から牙を隠すようなことはせずに、軽い踏み込みに対しても前へ前へ出ようとする。瞬間的なレスポンスが非常に良いのである。

しかし、回転の上昇と共にパワーが高まって行くドラマ性は、911ターボカブリオレに比べるとやや希薄。もちろん7000rpmのトップエンドまで素晴らしくパワフルなのだが、そこへ至る過程はどこか一本調子に感じられた。

画像: 日産GT-Rの持つ動力性能は間違いなく世界トップレベル。市販車としては、コントロールできる、楽しめる「速さ」をどう表現するかだろう。

日産GT-Rの持つ動力性能は間違いなく世界トップレベル。市販車としては、コントロールできる、楽しめる「速さ」をどう表現するかだろう。

これからどう育てるのか、継続した熟成が重要

操縦性にも似たようなことが言える。今回は、一般道と高速道での試乗が主体で、両車のコーナリングパフォーマンスを存分に試せたとは言えないのだが、それでもやはり見えてくることはある。

911ターボカブリオレは、PTMの採用によって高速域での前輪接地感の希薄さはかなり薄まっているものの、リアエンジンの宿命でやはり安定感の中心はリアタイヤにある。したがって、フロントタイヤの接地性を常に確かめながら走るようなドライビングを求められる。絶対的な速さを追求するなら、こうした機構上のクセは消すのが理想なのかも知れないが、そこが911というクルマの走りの奥深さを生んでいるのも事実だ。

GT-Rにこうしたクセはまったく感じられない。ミニサーキットでの試乗では素直な回頭性や、ライントレース性の良さに舌を巻いたが、一般道ではどこかクルマに走らせられている感覚に陥る。そこを超えて試すのはあまりにもリスクが高いし、端から見れば蛮行となろう。

速さを突き詰めていったGT-Rは、刃(やいば)のような鋭さを持つクルマだ。比べると911ターボカブリオレの味わいは、ある意味でもっと甘口だ。GT的な価値観では「なまくら」となってしまうのかも知れない。しかしその適度な切れ味こそが、幅広い場面で走りを楽しませる大きな要因になっている。

GT-Rは普通の道では鋭利過ぎて、なかなか楽しむ領域に入れない。僕が漠然と感じていた不完全燃焼感とは、ここに根ざしているのだろう。

ところでGT-Rは、「そのパフォーマンスを誰もが、どこででも引き出せるスーパーカーを目指した」というが、これにも僕は異論がある。スーパーカーというよりも、「扱いやすいレーシングカー的な仕上がりを見せているクルマ」だと思うのだ。

それが端的に感じられるのが、デュアルクラッチ式のトランスミッションである。コンソール上のスイッチでモードを切り替えられるこの機構は、Rモードで絶品のシフトレスポンスを味わわせるが、オートモードで力を抜いて走っているときの制御はもうひとつ。減速して低いギアへとシフトダウンするときに、斜め下後方からカチャカチャとシフターが忙しなく動く様が伝わって来ると「スマンなあ、レーシングカーに無理させて」という気持ちになる。それにスタート時に駆動系から出る軋み音もかなり耳に付く。全体から漂う気配が、まるでレーシングカーなのだ。

911ターボカブリオレはトルクコンバータを用いた5速ATだが、通常の走行ではこちらの方が滑らかで自然体で付き合える。マニュアル操作のときのレスポンスにも、不満を感じさせない鋭さを持っている。

サスペンションの設定も同様だ。GT-Rは80km/h以上の高速域では硬さもあまり気にならず、シャキッとしたフットワークを楽しませてくれるのだが、タウンスピードになると可変ダンパーを最もソフトなモードにセットしても、伸び側のダンピングが強力で、背負い上げられるような揺すられ感が強い。ドライバー自身はともかく、パッセンジャーには快適とは言えないだろう。

可変ダンパーシステムのPASM(ポルシェ・アクティブ・サスペンション・マネージメント)を標準装備する911ターボカブリオレは、この切り替えで明確に乗り心地が変わり、コンフォートモードでは快適なデートカーになる。

とまあ、2台を並べてGT-Rの課題を指摘するような内容と思えるかもしれないが、僕はGT-Rについて実は全面的に「肯定派」である。

運動性能の向上という目的に対し、ここまで真摯な造り込みを行った日本車は珍しい。しかも実現した能力は、間違いなく世界トップレベル。日本製スーパースポーツモデルの誕生を喜ぶクルマ好きは多く、今回の試乗中にも多くの人から話しかけられた。日産は、大変な偉業を成し遂げたと思う。

しかしこれからが大変だ。スポーツカーは常に進化しなければならない。日産が、これをパフォーマンスの代表格と言うのならば、なおさらである。良い材料と言えるのは、このクルマが777万円という、内容を考えれば信じられないくらいお手頃な価格で提供されることだ。

だが、もっと高価でも良いから、さらなる高みを見せて欲しいと願う顧客は確実に存在する。だから、手間とコストをふんだんに掛けて、GT-Rを進化させていってほしい。そしてその過程で、今はまだちょっと物足りない「味わい」や「色気」も強化してほしいのである。(文:石川芳雄/Motor Magazine 2008年3月号より)

画像: 1基ずつ入念に組み上げられた後、全機ベンチテストを行ってその性能を確認した上でGT-Rに搭載されるVR38DETTエンジン。

1基ずつ入念に組み上げられた後、全機ベンチテストを行ってその性能を確認した上でGT-Rに搭載されるVR38DETTエンジン。

ヒットの法則

日産 GT-R 主要諸元

●全長×全幅×全高:4655×1895×1370mm
●ホイールベース:2780mm
●車両重量:1740kg
●エンジン:V6DOHCツインターボ
●排気量:3799cc
●最高出力:480ps/6400rpm
●最大トルク:588Nm/3200-5200rpm
●駆動方式:4WD
●トランスミッション:6速DCT
●0→100km/h加速:3.6秒
●最高速度: −
●車両価格:777万円(2008年)

ポルシェ911ターボカブリオレ 主要諸元

●全長×全幅×全高:4450×1852×1300mm
●ホイールベース:2350mm
●車両重量:1690kg
●エンジン:水平対向6DOHCツインターボ
●排気量:3600cc
●最高出力:480ps/6000rpm
●最大トルク:620Nm/1950-5000rpm
●駆動方式:4WD
●トランスミッション:5速AT
●0→100km/h加速:3.8秒
●最高速度:310km/h
●車両価格:2093万円(2008年)

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