クルマが一挙に大衆化した1970年代〜80年代。高性能車が続々と誕生し、クーペが若者の憧れだった時代を振り返る期間限定の連載の始まり。今回は時代をやや遡り、1967年(昭和42年)5月に発売されたトヨタ初の本格スポーツカー=トヨタ2000GTにスポットを当ててみた。
画像: 当時の国内法規に合わせるため、国産車で初めてリトラクタブルヘッドランプを採用したのも2000GTだった。

当時の国内法規に合わせるため、国産車で初めてリトラクタブルヘッドランプを採用したのも2000GTだった。

トヨタが市街地や高速道路走行も可能な本格的な高性能スポーツカーの開発を決めたのは、1963年(昭和38年)5月の第一回日本GPの直後だったと言われる。実際に開発に着手したのは翌64年5月だったが、当時のトヨタは、カローラ、センチュリー、コロナマークIIなど、ニューモデルの相次ぐ発売を計画しており、また生産の余力もなかったことから、エンジンのチューニングや試作・生産はヤマハ発動機に委託、トヨタ+ヤマハの共同開発をとった。もっとも、実際の設計や主要部品の供給はトヨタが担当した。

画像: 高いボディ剛性を得るため、Y字型のバックボーンフレームを内蔵した。それにしても美しいシルエットだ。

高いボディ剛性を得るため、Y字型のバックボーンフレームを内蔵した。それにしても美しいシルエットだ。

試作1号車は1965年(昭和40年)に完成し、同年10月の東京モーターショーにプロトタイプが展示されてたいへんな人気を集めた。その後も入念な走行テストを積み重ね、レースにも出場して実戦での熟成にも余念がなかった。

発売を待ちわびるファンの前に、ようやく市販車として姿を現したのは1967年(昭和42年)5月のこと。最新の技術と贅を尽くした国産初の本格スポーツカーの車両本体価格は238.5万円。その圧倒的な性能と価格に、庶民はため息をつくしかなかった。

画像: クラウン用に開発されたM型SOHCエンジンをヤマハがDOHC化。ソレックスキャブレターを3連装して、最高出力は150psを誇った。

クラウン用に開発されたM型SOHCエンジンをヤマハがDOHC化。ソレックスキャブレターを3連装して、最高出力は150psを誇った。

画像: メーターパネルには、高級家具に用いられるローズウッドを採用。しかも贅沢な一枚板を使用している。現代では不可能なインテリアだ。

メーターパネルには、高級家具に用いられるローズウッドを採用。しかも贅沢な一枚板を使用している。現代では不可能なインテリアだ。

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