歴代シビック タイプRの開発者に「いまだから語れる開発の舞台裏」と題して、独占インタビューを敢行。計6回の短期集中連載をお届けすることとなった(毎週金曜公開)。その第3回は2007年3月に発売されたシビック タイプR(FD2型)の開発責任者を務めた假屋満氏に、その開発の舞台裏をうかがった。
画像: 【連載・第3回】ホンダ シビック タイプR(FD2)いまだから語れる開発の舞台裏 開発責任者 假屋満氏インタビュー

PROFILE
假屋 満 Mitsuru Kariya
株式会社 本田技術研究所 四輪R&Dセンター シビック タイプR(FD2) 開発責任者

1986年、(株)本田技術研究所入社。サスペンション設計を経て、96年にロゴ、98年にHR-Vのシャシを担当。2006年シビックでは開発責任者代行に、そして07年にはシビックの開発責任者となって、今回のFD2型シビック タイプRを手掛ける。趣味はゴルフ、ドライブ。愛車は現行型オデッセイ。

タイプRは当初計画になく、ユーロR仕様の検討も…

画像1: タイプRは当初計画になく、ユーロR仕様の検討も…

「2006年モデルのシビックシリーズに、最初は『タイプR』の設定はありませんでした。北米は200
馬力のSiを復活させよう、と動いていましたが、環境重視の日本はハイブリッド車が主役です。スポーツモデルから縁遠い開発だったのです。ところが量産車の仕様が固まったときに、突然、国内営業から、『今度のシビックにもタイプRが欲しい!』と言われたのです。正直、今頃言われても…、と困ってしまいました」

画像2: タイプRは当初計画になく、ユーロR仕様の検討も…

こう語り始めたのは8代目シビックの開発責任者代行を務めたサスペンション設計のオーソリティ、假屋満さんである。

8代目のシビックは2005年9月にベールを脱いだ。先代のときに3ドアモデルが消滅したが、8代目では5ドアのハッチバックもカタログから落としている。4ドアセダンだけと割り切り、サブネームの「フェリオ」の名称も使わなくなった。駆動方式も4WDを整理し、FFだけに絞り込んでいる。

アコードが上級のポジションに移ったため、シビックはミドルクラスへとステップアップしていった。ボディサイズもひと回り大きくなっている。全幅は世界基準となりつつある1750㎜。小型車枠を超え、初めて普通車枠に踏み込んだ。

パワーユニットは2機種を設定している。排気量1799㏄の新開発ユニット、R18A型直列4気筒SOHC i-VTECもあるが、主役は3ステージi-VTECにIMAシステムのハイブリッド車だ。1339㏄の4気筒SOHCにモーターを組み合わせ、優れた燃費と良好なドライバビリティを実現した。

サスペンションはフロントがストラット、リアはダブルウイッシュボーンの4輪独立懸架である。いち早く追突軽減ブレーキなどの運転支援システムを導入したことも注目を集めた。

「営業サイドからシビックにタイプRを欲しいと言われて検討が始まったのですが、当初は『ユーロRに近いタイプRでいいかな』という話が出たんです。ちょっと頑張れば0-100㎞/h加速や追い越し加速性能は先代インテグラのタイプRと同等のクルマに仕立てることができます。しかし、開発陣としてはユーロRでとどめたくはなかったですね(苦笑)」
と、当時を思い起こす。

タイプR像を再定義して「サーキット・ベスト」を選択

画像1: タイプR像を再定義して「サーキット・ベスト」を選択

このとき假屋さんは、「大人のタイプR」を提案している。若い人だけでなく、40歳代、50歳代のクルマにこだわりを持つ人をターゲットにした。だから外観はユーロRのように主張を抑えている。だが、エンジンやサスペンションなどのメカニズムは徹底してスポーティに仕立てた大人のホットモデルだ。

しかし、このときに「タイプRとはどうあるべきか?」という議論が改めて交わされたという。そして「中途半端なスポーツモデルはタイプRではない」という結論に至ったという。そこで再び次のタイプRに求められるものを考えた。そこから導き出されたのは「サーキット・ベスト」のコンセプトだ。

「議論を重ねてみると、驚いたことにタイプRの定義ってないんですね。そこで私が大人のタイプRを提案したのですが、これは却下されました。このとき『中途半端な商品を作るな、それでは先がない』と言われたのです。ここから具体的な話がスタートしました。

わかりやすいのは筑波サーキットのタイムですね。04年モデルのDC5型インテグラタイプRのタイムを、次期FD2型シビックタイプRでは1秒詰めようと考えました。筑波は2㎞ちょっとの短いコースだし、タイムも1分7秒くらいだったと思います。このコースで、ここからさらに1秒もの短縮は簡単ではありません。

サーキット重視、タイム重視と決めてしまったので、ここからは『サーキット・ベスト』に、一直線に突き進んでしまったのです。他のことは吹っ切りました。今でも色々な人に言われるんですよ。歴代のタイプRのなかで、このFD2型シビックが一番スパルタンだった、と」
と、決定までの経緯を語る。

画像2: タイプR像を再定義して「サーキット・ベスト」を選択

インテグラ タイプRよりも大きく、重くなりましたが、
それでも筑波で1秒タイム短縮を狙って開発しました。

ただし、開発は大変だった。ベース車のボディはひとまわり大きくなっている。当然、車両重量もDC5型インテグラより重い。K20A型DOHC i-VTECエンジンもすでに熟成の域に達している。だから最高出力などを上乗せするのは難しい。

しかし、急いで試作車を作り、サーキットを中心に走行テストを行った。持ち込んだのは、筑波サーキットを中心に、ホームグラウンドのツインリンクもてぎと鈴鹿サーキットだ。また、北海道にある鷹栖プルービンググラウンドも積極的に走った。

「当時の開発者のコメントノートを見返してみたら、サーキットばかり走っているんですよ。実験ドライバーは、これはタイヤテストかN1車両の開発ではないのか…、と思うくらいサーキットを走り、何度もタイヤを交換した、と言ってました。

クルマは重くなっています。しかし、逆に剛性は高くなっていました。4ドアセダンだったこともあり、大きな補強を行うことなく剛性を高めることができたのです。材料置換は行いませんでしたが、
約13㎏の軽量化を達成しています。軽量化した箇所と剛性アップした箇所を合わせると、実質5㎏くらいしか増えていませんでした。クルマとしてのバランスが良く、効率がいいのはセダンですね」
と、假屋さんは開発時のエピソードを述べている。

タイムアップのために細部をとことん改良

画像: エンジンは2L直4DOHC i-VTECの「K20A」型。DC5型インテグラタイプRのものをベースとしながら、5㎰/0.9kgmの性能向上を実現。しかし、それだけでなくピックアップの良さや扱いやすさを含めて中身は大幅に熟成されている。

エンジンは2L直4DOHC i-VTECの「K20A」型。DC5型インテグラタイプRのものをベースとしながら、5㎰/0.9kgmの性能向上を実現。しかし、それだけでなくピックアップの良さや扱いやすさを含めて中身は大幅に熟成されている。

パワーユニットはインテグラタイプR(DC5型)と同じだ。1998㏄のK20A型直列4気筒DOHC i-VTECを受け継いでいる。クランクシャフトやコンロッド、フライホイールなどを強化し、ポートには樹脂コーティングを施して研磨を行った。最高出力は5㎰ アップの225㎰/8000rpmだ。最大トルクも0.9㎏m増強され、21.9㎏m/6100rpmを達成している。

トランスミッションは、インパネシフトからフロアシフトに改められた6速MTだ。サーキット・ベストの速さを実現するためのギアレシオを選び、1速から3速までは加速を重視してオーバーオールで約4%ローレシオ化した。

「K20A型エンジンは、すでにかなりのところまで手を入れていたので性能をアップするのは大変でした。出力を出すのがエンジニアの仕事ですが、かなり頑張って吸・排気系をやってくれました。最高出力を高めましたが、それよりもトルクをアップするのが大変でした。

3000回転と6000回転の領域、ここを集中してトルクを上げています。このゾーンを中心に、サーキットでよく使う領域を最適にチューニングしましたが、扱いやすいエンジンに仕上がったと思います。あれ以降、2Lの自然吸気エンジンはやっていませんが、世界最高の2L自然吸気エンジンだと自負しています。

ミッションもインテグラと同じギア比だとタイムが出ませんでした。そこで6速MTのギアレシオの設定を変えました」
と、その時の苦労を明かす。

ベースとなった4ドアセダンはプラットフォームを一新し、ボディの主要骨格の約50%に高張力鋼板を採用している。だからベース車の剛性は高い。しかもリアサスペンションはトーションビームではなく独立懸架のダブルウイッシュボーンだ。素性は群を抜いて良かった。

高剛性のセダンボディとポテンシャルの高いサスペンションを採用したことにより限界性能の高い
18インチのハイパフォーマンスタイヤの使用が可能になっている。この225/40R18サイズのタイヤはブリヂストンのポテンザRE070だが、これは専用開発だ。

画像: タイムアップのために細部をとことん改良
画像: サスペンションはフロントがマクファーソンストラット、リアがダブルウイッシュボーンを採用。サーキットベストを目指したため、非常にハードなセッティングとしており、一般道での乗り心地についてはかなりキツめだった。

サスペンションはフロントがマクファーソンストラット、リアがダブルウイッシュボーンを採用。サーキットベストを目指したため、非常にハードなセッティングとしており、一般道での乗り心地についてはかなりキツめだった。

「サスペンションをチューニングする前に、タイヤをどうしようか、と考えました。ウエイトが重いので、コーナーの通過速度を上げるしかないと思い、サイズとブランド選定には相当悩んだのです。その当時、18インチタイヤはインパクトがありましたね。このブリヂストンの専用モデルはもはやセミレーシングタイヤですよ。

最初は量産も考えていたので、サーキットと一般道をバランスさせようと思っていました。ですが、このセッティングだとサーキットで速くならないのですよ。そこで吹っ切れ、サスペンションも専用開発としました。やはりブレない開発がいいのですね。私たちが狙ったとおりのクルマに仕上がりました」
と、にこやかに開発時の舞台裏の話もしてくれた。

モータージャーナリストたちを驚かせた鈴鹿サーキットでの走り

画像1: モータージャーナリストたちを驚かせた鈴鹿サーキットでの走り

ちなみに、このFD2型タイプRの最初の報道試乗会の舞台は、鈴鹿サーキットのフルコースである。ここで筆者は、度肝を抜かれた。最終コーナー手前の130Rのコーナーでスピードメーターの針が180㎞/hを指していたからである。あまりにも速いコーナリングスピードに気を引き締めたのを久しぶりに思い出した。

「私たちも自動車雑誌のインプレッション記事を読んでニコニコしていたんです。筑波サーキット・ベストにしていたのですが、鈴鹿であれほど気持ち良く走れる状態に仕上がっていることは驚きでした。開発しているときは、ブレーキに厳しいツインリンクもてぎでフェードしないことを確認しています。

一般道では『乗り心地が硬い!』と言う人は多かったですね。でも開発時の開発要件は全部満たしていましたから、裏では『文句あるか!』、と思っていました(笑)。

ステアリングはEPSが一般的になっていましたが、油圧式ポンプのパワーステアリングにしています。性能にこだわった排気系のレイアウトと干渉するので、あえて油圧式にしたのです」
と、胸を張って答える。

画像: エンジンスタータボタンをタイプRで初採用したほか、REVインジケーター付きのレッド照明専用メーターパネル、シリアルナンバー付きアルミ製エンブレム、メタル製スポーツペダルなど、インテリアにもこだわりのアイテムが満載。

エンジンスタータボタンをタイプRで初採用したほか、REVインジケーター付きのレッド照明専用メーターパネル、シリアルナンバー付きアルミ製エンブレム、メタル製スポーツペダルなど、インテリアにもこだわりのアイテムが満載。

画像: ベースのMTモデルより高さを10㎜低く設定。アルミ製の球形ショートストロークシフトノブはつかみやすく操作性に優れる。

ベースのMTモデルより高さを10㎜低く設定。アルミ製の球形ショートストロークシフトノブはつかみやすく操作性に優れる。

FD2型シビックタイプRは走りを第一に考えるファンからは好評だった。しかし、誤算だったこともある。軽量化のために電動格納式ドアミラーを廃したが、これはユーザーから不評で、商品改良の機会をとらえて採用した。また、小さめのリアスポイラーもタイプR派から不評をかっている。

「個人的には北米仕様のフロントマスクを採用したかったのですが、これはいろいろあってあきらめました。リアスポイラーはアイコンなのでできる限り大きくしながら、見た目の大人感を残しました。

サーキットを速く、そして楽しくをコンセプトに掲げたFD2型タイプRは、発売直後から評判が良かった。今でも乗っていてくれている人が多いですね。運転して楽しいのがホンダの魅力のひとつだと思います。電気とガソリンの組み合わせでもいいから、遠くない将来、また新しいタイプRを出したいですね。タイプRのようなクルマがないと、ホンダは萎えてしまいますから…」
と、最後に締めくくった。

画像2: モータージャーナリストたちを驚かせた鈴鹿サーキットでの走り

“サーキット・ベスト”を目指した結果、
サスペンションはハードになりましたが、
タイプRはそれでいいんだと思います。

画像: “サーキット・ベスト”を目指した結果、 サスペンションはハードになりましたが、 タイプRはそれでいいんだと思います。

■インタビュー・文:片岡英明
■インタビュー日:2017年5月16日

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