ホンダという会社の持つ技術力は凄い。それはF1で勝つ勝たないということよりも、スーパーカーを作ることができるメーカーとして感じていることだ。ただし、時代の波に翻弄されることも多く、 F1からの撤退やNSXのようなスーパーカーの生産終了というニュースなど、ホンダファンだけではなく多くの日本人を悲しい気持ちにさせている。惜別の意味を込め、NSXの思い出を今回は語りたい。(Motor Magazine2022年11月号より)

東京から筑波、そして仙台へ1000km以上も走った思い出

ホンダNSXのことを書く機会があれば、ぜひ初代NSXのことから書きたいと思っていた。そう、1989年デビューのNA1型である。

画像: 9速DCTがもたらす電光石火の変速レスポンス。ワインディングロードで楽しむだけではもったいない。

9速DCTがもたらす電光石火の変速レスポンス。ワインディングロードで楽しむだけではもったいない。

初代NSXは、実は社用車として購入していたこともあり、若手社員にもハンドルを握る機会があったが、当時は「ずいぶんと運転しにくいクルマ」という印象が強かったのを記憶している。

その後、広報車のNSXに乗る機会が何度かあったのだが、その中でも一番印象に残っているのは、97年の初夏の「ホリデーオート誌」の取材である。企画内容は、NSXで筑波サーキットを走り、そのあとそのまま仙台まで移動、そこでゼロヨンに挑戦しタイム計測するというものだった。

当時の役割は、サーキットでタイムアタックを担当したわけではない。誌面掲載の撮影用にサーキットを走らせ、東京、筑波、仙台という長距離移動時の安全なクルマ運び屋さんというわけだ。他にも取材車は数台揃えられ、編集部内では快適なクルマの取り合いとなった。なにせ全走行距離は軽く1000km超えるのだから、その気持ちは良くわかる。しかし、私は真っ先に相棒として選んだのはNSXだった。

理由は、「長く付き合ってみたかった」からであり、運転できることが嬉しくて仕方がなかったのだ。

さてその後、初代NSXは、一度目の生産が終了、乗る機会もなくなったわけだが、私の中では、長くスーパーカーのベンチマークであり続けた。しかしそれも10年以上経過すれば、上書きされる。NSXは過去の「素敵な思い出」としてのみ記憶の片隅で生き続けていた。アメリカで2代目のコンセプトカーがお披露目されたときもそれほど気にかけなかった。

そんなときに2代目が正式に日本へも導入される、というニュースが。これにはかなり興奮したことを憶えている。そして乗る機会もあったがすでに心は冷めかけていたのか、初代との付き合いのような濃密さもなく、実にあっさりしたものだった。アメ車的な雰囲気が強かったからかもしれないし、もしかしたら「どうせまた別れる時が来るなら入れ込まない方がいい」と勝手に脳がセーブしていたのかもしれない。

そしてその時がついに訪れた。現行型NSXが、22年に生産が終了すると発表されたのだ。最終型は、世界限定台数350台、国内限定30台である。当然ながら現時点でそれらはすべて完売している。手に入れた人は実に幸運だ。

最終型のタイプSを見ることができるのは、これが最後だろうと事前撮影会取材にも行ったのだが、その後、一部ジャーナリストにのみ与えられた試乗機会は本誌にはなく「もう乗ることはない」とあきらめていたところ、そんなため息が聞こえたのか、ホンダ広報部から、試乗機会があるという連絡が届いた。もちろん、それにいち早く「諾」と返事をしたのは言うまでもない。

世界中の電動スーパーカーの先駆けだった2代目NSX

さて、別れを惜しみつつ、実際に試乗できたNSX タイプSの完成度は実に素晴らしいものだった。ホンダらしいこだわりも多く感じられる。走りはエンジンが主役だと感じられるものだが、時に脇役のモーターも主役級の役割を果たす。NSXに乗っているとエンジンとモーターが協調したまったく新しいパワートレーンなんだと感じるのである。

画像: リアミッドに搭載される75度のバンク角の3.5L V型6気筒DOHCツインターボエンジン。NSXのロゴと赤いエンジンセンターカバーも刺激的だ。

リアミッドに搭載される75度のバンク角の3.5L V型6気筒DOHCツインターボエンジン。NSXのロゴと赤いエンジンセンターカバーも刺激的だ。

打てば響くとはこういうことを言うのだろう。ドライバーが必要なだけきっちりとパワーを引き出せるとこが実に魅力的である。クルマとドライバーの一体感もあり、その刺激の強さは、まさしく日本が誇るスーパーカーであると言っていい存在である。

スーパーカーは、魅せる/見せる要素が必要である。それは、スタイルであり、エンジンである。見られる(眺める)ことを想定してデザインされたエンジンルームはその素質が十分にある。これはオーナーばかりでなくクルマファンにはとても嬉しい。

最近のクルマのエンジンルームは、それこそ全面カバーで覆われ、味もそっけもない。まあ、それでも普通のクルマならそこまで必要性を感じないが、スーパーカーであれば、話は別。スーパーカーを構成する要素のスタイル、エンジン、エンジンサウンドはとても重要なのだが、NSXはこれらすべてが合格点である。エンジンサウンドも回転が上がると実に官能的なものだ。

ホンダがこれから本格的に電動化、そしてBEVを作るならNSXは、走る実験室として今後も必要なのではないのか、と感じるのだが、それは見当違いか。それともホンダが目指す電動化の方向は、NSXとはまったく別なのか・・・。それはそれで楽しみであり期待もしたいが、エモーショナルな電動化モデルとしてNSXは世界中の電動化スーパーカーの先駆け的な存在である。

たとえば、最近であれば電動化スーパーカーとして「フェラーリ296GTB」や「マセラティMC20」にも乗ったが、NSXがそれらに劣っているとは思わない。だからこそ、日本のスーパーカーがまた1台なくなってしまうことが残念でならないのだ。日本はスーパーカーが育たない市場なのだろうか。否、フェラーリもランボルギーニもポルシェもマクラーレンも日本市場を魅力的なものだとわかっている。だからこの市場を大切にしているのである。

繰り返すが、NSXの生産終了は残念だ。さまざまな事情があることは頭では理解できるが、それでも感情は残念のひと言だ。いつも近くにいるから「いてあたりまえ」のように感じられたNSXが、ある日突然いなくなってしまうのだからこれは寂しい。

ホンダには頑張ってもらいたい。そしてぜひともNSXの、再度の復活を期待したい。日本でスーパーカーを作れるのは、ホンダしかいないのだから。新しい時代のスーパーカー「NSX」の登場を日本の、いや世界中のクルマ好きは待ち望んでいる。(文:Motor Magazine編集部 千葉知充/写真:井上雅行)

ホンダ NSX タイプS主要諸元

●全長×全幅×全高:4535×1940×12150mm
●ホイールベース:2630mm
●車両重量:1790kg
●エンジン:V6DOHCツインターボ+モーター
●総排気量:3492cc
●最高出力:389kW(529ps)/6500-6850rpm
●最大トルク:600Nm/2300-6000rpm
●モーター最高出力:前27kW(37ps)/4000rpm<一基当たり>、後前35kW(48ps)/3000rpm
●モーター最大トルク:前73Nm/0-2000rpm<一基当たり>、後148Nm/500-2000rpm
●システム最高出力:449kW(610ps)
●システム最大トルク:667Nm
●トランスミッション:9速DCT
●駆動方式:4WD
●燃料・タンク容量:プレミアム・59L
●WLTCモード燃費:10.6km/L
●タイヤサイズ:前245/350R19、後305/30R20
●車両価格(税込):2863万3000円

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