驚くほど爽やかで、別格の心地よさがある
ロンドン市街から電車で20〜30分のベッドタウン、ウォーキングの外れにあるMTC(マクラーレンテクノロジーセンター)に赴いたのは8年前のことだ。
ホコリやチリすら見当たらないピットで整備されるF1を横目に、二重の電子セキュリティで閉ざされた奥の小部屋でデビュー前のMP4-12Cのウォークアラウンドを受け、難解な英語を解くのが精一杯というロン・デニスとのランチミーティングをこなし、その概要を掴んだところで、僕はマクラーレンのスーパーカーリーグ参入をこのように受け止めた。
“潔癖なまでのエンジニアリング主導で、過剰な演出や華美なマーケティングは二の次。ライバルはフェラーリというよりポルシェ。言い換えればロン・デニスの完璧主義がビジネス化されたもの”
そんなクルマを5年後には松・竹・梅と3ステップで展開し、年4000台規模のメーカーを目指すというから驚かされた。世はリーマンショックからのリセッション真っ只中、そしてフェラーリのビジネス規模が6000台という当時である。市販車の経験に乏しい彼らにとってその数字はとんでもない大風呂敷に聞こえた。
だが、ロン・デニスは予告どおり3つのモデルレンジを用意しその領域を明確化、年間販売台数は4000台には届かずも2017年は3300台余をマークした。
ロン・デニスがマクラーレンを去ることになった一因がこの目標未達にあったことは想像に難くないが、僕に言わせればこの数字は大成功といっていいものだ。
日常性の高さもポイントで驚異的に快適なフットワーク
現在、マクラーレンのラインナップは以前と変わらずアルティメイト=セナ、スーパー=720S、そしてスポーツ=540&570系と3ステップのシリーズで展開されている。スポーツシリーズはスーパーカーを名乗るに必須の動力性能、そしてマクラーレンらしく寛容なダイナミクスを備えつつも、日常性の高さも重要なセリングポイントである。
今回試乗した570Sスパイダーは、他のモデルと同じくカーボンセルをコアとする車台にディヘドラルドアを持つ、いかにもスーパーカー然とした成り立ちではあるが、モノコックキャビンはこの代になってサイドシルの形状が工夫されたため、乗降性は大きく改善された。そして収まってしまえば、右ハンドル仕様であれ、ほとんど違和感のないストレートなポジションが採れる。
昨今はスーパーカーと呼ばれるクルマであっても、日常的な速度域での快適性に不満のないものは多い。だが、570Sのフットワークはそれらと較べても別格だ。路面からの入力をしっとりと丸めながら必要なインフォメーションは確実に伝えて、凹凸に対してはタイヤが吸い付くように振る舞い上屋はフラットな動きが保たれる。
スーパーシリーズ=720Sに採用される“プロアクティブシャシー”との差異は、速度域が高まってのワインディング等でダイアゴナルなロールが連続する際にやはり大きく現れるが、向こうは油圧を巧みに制御する複雑な仕組みを用いたもの。コンベンショナルなサスペンションシステムながら、このロードホールディング性能は驚異的だ。
マクラーレンでいつも思うのは、さながらシトロエンのように独創的なスーパーカーだということで、それは570Sスパイダーでも十分に体感できる。
よりシャープになったサウンド、魅力はシャシとの密な対話感
このフットワークに加えて570Sシリーズの、ひいてはマクラーレンの美点として挙げておくべきはドライビングインターフェイスが走りのキャラクターにきっちり合わせこまれていることだ。
ドライバーに繊細な入力を促す細身に仕立てられたハンドルの握り形状、エンジンレスポンスと綺麗にシンクロするアクセルペダルのトラベルや操作力、同様にサーボの立ち上がり領域をリニアにコントロールしやすい重さに仕立てられたブレーキ、シフトパドルのクリック感やウインカーレバーの作動感に至るまで、マクラーレンの世界観が完璧に貫かれている。
リカルドとの共同開発となるM838Tユニットは、初出時に比べれば格段に高回転域のシャープネスが高まり、ヌケの良い高音も響かせるようになった。それでも、570Sスパイダーの一番の魅力はシャシとの密な対話感にある。(文:渡辺敏史)
マクラーレン 570S スパイダー 主要諸元
●全長×全幅×全高=4530×1910×1200mm
●ホイールベース=2670mm
●車両重量=1490kg
●エンジン=V8DOHCツインターボ
●排気量=3799cc
●最高出力=570ps/7500rpm
●最大トルク=600Nm/50000-6500rpm
●トランスミッション=7速DCT
●駆動方式=MR
●0→100km/h加速=3.2秒
●車両価格=2898万8000円