百年の時を超えて磨かれた登山電車特有の特殊機構
今回紹介する箱根登山鉄道電車は、百年もの車歴と、小さな車両に特殊機構を満載した「山の神」といえるモンスターマシンだ。
正月の人気競技「箱根駅伝」。最大の山場は、小田原から箱根湯本駅を越え、コース最高地点に達する第5区だ。このコースに沿って走り、紹介されるのが宮ノ下の踏切。跨ぐ線路が箱根登山鉄道だ。最大勾配率80パーミル(1パーミル=0.1%、1000m進んで80m上る)、最小カーブ半径=30mという、まさに世界屈指の鉄道限界に挑戦する登山電車は、どのような特殊メカを持つのだろう。
日本で急勾配を往来する鉄道として有名だったのは、旧国鉄信越本線の碓氷峠(横川~軽井沢間)だ。1893年から1963年まで、最大勾配率66.7パーミルの区間を往来できる高出力な機関車はないため、アプト式というラックレールとギア付き動輪を噛み合わせて、上り下りするという方式がとられていた。
箱根登山鉄道は今から約100年前の1919年に箱根の温泉観光用に小田原から強羅まで15kmを結ぶ、本格的な登山鉄道として敷設された。国鉄のアプト式も検討されが、視察したスイスのベルニナ鉄道が70パーミルでも通常の「粘着式鉄道」で運行していたため、遅く・乗り心地が悪く・急カーブに不向きなアプト式を採用しなかった。この結果、本家のベルニナ鉄道よりもきつい80パーミルを上る鉄道となった。
今回主役のモハ1形・車号103-107はなんと、開業時からの1形車両で、まさに箱根登山鉄道の全歴史を知る存在なのだ。今も残る特徴を見ると、まずモーターが大きい。当時電車の主流は吊り掛け式駆動で(現役では最古で希少だ)、モーターは元々車軸の内側幅目いっぱいまで大きくできたが、それでも非力だった。そこで線路幅を国鉄/私鉄の常識だった狭軌1067mmではなく、後の新幹線やごく一部私鉄と同じ標準軌1435mmを採用することで、より大型のモーターを搭載した。
ブレーキも特殊で、従来の空気ブレーキの他に急な下り坂では発電ブレーキ(クルマでいうエンジンブレーキ)を本格活用。さらに非常時にカーボンブレーキシューをレールに直接押し付ける強力な圧着ブレーキ。そして駐車用の手動ブレーキの4段構えだ。発電ブレーキは現代でこそ、発展型の回生ブレーキ(VVVF制御)などで省エネに使われるが、箱根登山鉄道では回生ブレーキではなく、制動のために回したモーターから得た膨大な電気エネルギーを、屋根上の巨大な抵抗器から熱エネルギーに置換して放出している。
空気ブレーキも特殊で、車輪を押さえつけるブレーキシューには現代では稀な鋳鉄を使っている。これは現代のレジン系ブレーキシューと違い、車輪表面をザラザラに荒らすので、レールとの摩擦係数が増え粘着式軌道に都合が良かった。
そしてとどめは「撒水装置」だ。通常の鉄道は急カーブを滑らかに曲がるために、少量の油をレールに塗布して走行する。半径30mという急カーブの連続する箱根登山鉄道にはなおさら潤滑剤は必須だ。ところが、油では急勾配に対して車輪の空転、制動の障害になってしまう。そこで各車両の両端には撒水装置が備えられ、急カーブごとに散水しながら運行しているのである。ちなみに、昔は急勾配では砂、カーブでは水を散布していたが、砂と水では車輪をあまりに摩滅させ、床下機器に悪影響が出たため、今の方式になったそうだ。
これらの特殊装備は、46年ぶりに投入された1000形ベルニナ号以降の新鋭車両にも搭載され、より快適な最新の3000形アレグラ号にまで継承されている。(文 & Photo CG:MazKen/取材協力:箱根登山鉄道)
※箱根登山鉄道の車両は長く木製車体だったが、1950〜60年にかけての近代化大改装で全鋼製車体と国産台車/電動機となった。
■箱根登山鉄道 主要諸元
◎モハ1形 103-107号
●全長×全幅×全高:1466×259×399cm
●車体:全鋼製
●重量:34.4-35.4トン
●駆動方式:吊り掛け式 78.3kW
●制御方式:抵抗制御
●ブレーキ:発電・空気・圧着・手動
◎3000形 アレグラ号
●全長×全幅×全高:1466×257.4×397.4cm
●車体:ステンレス製
●重量:35.6トン
●駆動方式:並行カルダン式 55kW
●制御方式:VVVF制御
●ブレーキ:回生・空気・圧着・手動