※タイトル写真:初代TTを見ながら語るプロカメラマンの小林氏(左)、アウディジャパン広報部の小島氏(中央)、そして富士フイルムの上野氏。
カメラ好きとクルマ好き、どちらも趣味性が大事な要素
上野 今日はカメラとクルマ、どちらも好き、どちらにも詳しいというメンバーで、モノづくりの楽しさ、難しさを自由に語っていきたいと思います。いきなりですが、モノづくりはいま、大きな価値観の変革期にあるんじゃないかと僕は思っています。カメラの世界は、ちょっと前にデジタル化の波が来て、それまでのカメラとは形は似ているけれど中身はまったく非なるものになりました。デジタル化が一段落したら、今度はスマートフォンという“黒船”みたいなのがきて、いま「ハードウエアとしてのカメラって本当に必要なの?」って問いかけられている気がするんです。
小林 カメラとクルマ、どちらも見ている立場として、それはよくわかります。
上野 カメラの開発で言えば、これはクルマも同じなのかもしれませんが、最初に「誰が何に使うのか」、つまりターゲットユーザーとニーズを定め、それを「こんな技術でこんなものが作れる」という技術的なシーズとうまくバランスさせていきます。たとえばXシリーズのルーツは、2011年3月に発表した「FinePix X100」というレンズ一体型のコンパクトカメラですが、ここから先、弊社がレンズ交換式デジタルカメラに遅ればせながらですが参入するにあたり「Xシリーズでやるべきことは何か」ということを事業部内で徹底的に話し合ったんです。そして出てきた結論が「カメラの原点に帰ろう」というものでした。デジタルカメラになって、いままでのフィルムカメラよりも便利になってます。しかし、そうなんだけど、根源的な「写真を撮る楽しさ」はフィルムでもデジタルでも変わらないんじゃないか、と。そこで、本当のカメラ好き、写真好きに刺さるラインナップ、システムにしていくというテーマで作ったのがXシリーズなんです。アウディにも、そうした“こだわり”があるのではないでしょうか。
小島 いきなり核心に迫る質問ですね。私はクルマを開発しているわけではなく、できあがったクルマを世に伝えるという、上野さんとは立場が異なる部分はあるとは思いますが、クルマ好き、カメラ好きという観点からお話しさせていただきましょう。アウディの創業者、アウグスト・ホルヒはクルマが好きで好きで、1899年に創業した自身の自動車会社でクルマを作るようになり、すぐれた性能を求めてモータースポーツに参戦します。ただホルヒはレースにのめり込みすぎちゃって、最終的に自分の作った会社を追われてしまうわけです。そのホルヒが創業から10年後に新たな会社を興すわけですが、商標の関係で自分の名前が使えなかった。そこで同じ語源のラテン語、アウディとしたわけです。もうアウディとしての歴史は100年以上になりますが、その中で何がブランドの根底にあるかというと、やはりモータースポーツですね。1980年代のWRC、21世紀に入ってからのル・マン24時間レースなど、アウディはモータースポーツのフィールドで市販車につながる技術を開発してきました。いまはフォーミュラE、電気自動車のレースで新たな技術を磨いています。クルマは内燃機関から電気自動車への拡充に加え、高度運転支援など大きな変革期を迎えています。もしかしたらこれから先、クルマは免許を持っていない人でも使えるようになるかもしれません。そうした変化の中で、クルマは大きく二極化すると思います。単に移動手段としてA地点からB地点を目指すものは、できるだけシンプルで手に入りやすいもの。もうひとつは、上野さんが言われるXシリーズのようなつまり趣味性の高いもの。アウディというブランドのクルマは、この後者に入ると思います。
上野 小林さんから見て、Xシリーズやアウディは、どんなブランドに見えるのでしょう?
小林 考え方とか本物感とか、共通項が多いと思います。富士フイルムには、写真フィルムの時代にさんざんお世話になりましたが、デジタルになってもフィルム時代の“再現”みたいなものを大事にして、カメラを作っている。誰でも使えるというのではなく、こだわりを持ち、どうしてもこのカメラを使いたい、そういう人たちに向けてです。アウディは新しい技術にどんどん挑んでいる。4WDがクロスカントリー車向けだと思われていた時代にクワトロを世に出し、WRCを戦ったり、5気筒のエンジンを作ってみたりとか。失礼な言い方かもしれませんが、変わったこと、ほかの自動車メーカーがやらないことをいろいろやってきている。そして技術だけじゃなくて、素敵なデザインがある。そこまでトータルで、アウディというブランドなんだと思います。それは富士フイルムのカメラにも共通するところではないでしょうか。移動のためだけのクルマじゃなくて、写真が撮れるだけのカメラでもない。持つ喜び、使う喜びが内包されているというのが共通する思想、モノづくりの考え方ですね。
他社がやらないことをやるカメラとクルマ、デザインへのこだわり
上野 そうですね。僕もアウディには技術オリエンテッドというか、人がやらないことをやるというイメージがあります。それは我々のXシリーズにも共通するところかもしれません。こちらにある初代TTクーペにしても、コンセプトカーほぼそのままの形で出てきた市販車を見たときに衝撃を受けました。ああ、やっぱりアウディはこういうのを世に問う会社なんだって。Xシリーズをやっていて、アウディと似ている、言葉を換えるとリスペクトしている点といえば、やはりそうした他社がやらないことに取り組むということです。他社と同じことをやるなら、それは富士フイルムでなくてもいい。理由があって違うことをやって、そこを魅力として訴えていこうと。
小島 たしかに、それは感じます。
上野 デザインもそうですよね。弊社のデザイナーは、本当に譲らないです。僕は商品企画としてまとめる立場なんですが、たとえばカメラの角の稜線の角度とかで外装設計者とデザイナーがコンマ何mmでやり合うのを見ると、そこにこだわるから、感性に訴えるプロダクトが出てくるんだなと。
小島 クルマも、デザイナーに聞くと「ミリメートル単位の違いで、できあがりの印象が大きく違う」と言います。かつてドイツAudi Designに在籍されていた日本人デザイナーの和田智さんに話をうかがったことがあるのですが、「アウディでは、デザイナーがタイヤの位置を決めたら、それをそのまま作らせてくれる」とおっしゃっていました。一般的にはクルマ作りのプロセスで、デザインに対してセールスや製造技術などいろいろな部署の人が意見を出すことが多いと聞いていましたが、アウディではデザイナーのアイデアが大切にされているということを聞き、そのとき、とてもうれしく思いました。
小林 アウディの工場には何度も見学に行ったんですが、そこで「デザインをちょっと変えれば作りやすくなることがある。でも実際は、工場がデザイナーの描いた形をなんとか作ろうと努力している」という話をうかがったことがあります。そうやってデザインを最後まで捨てない、貫くという姿勢はやっぱりすごいと思います。
小島 今日の対談にあたり、Xシリーズ好きとしてアウディとの類似点を考えてまず浮かんだのは、やはり機能的なデザインですね。カッコ良くても使いにくかったら、ダメだと思うんです。そして、カメラとしての機能が水準から突き抜けていなければならないということです。アウディだったらクルマの「走る・曲がる・止まる」、特にクワトロによるトラクションでは他に譲れない部分がある。富士フイルムのXシリーズですと、やはりフィルム時代から続く「色」、写真を撮る上でいちばん重要なところに力を入れている。あと趣味的な観点で思うのは、ダイヤルのタッチとか、五感に訴えかけてくる部分ですね。実はアウディ本社のR&D(研究開発部門)には「五感チーム」というのがあるんですよ。目、耳、タッチ&フィール、そして鼻のチームもある。
上野 鼻のチームというと、匂いですか。
小島 はい。かつてその部署を訪ねたとき、研究スタッフの2人が語るわけですよ。「私たちクルマ好きでこの会社に入ったのに、20年間匂いばかり嗅いでます」って。目指すは「無臭」なんですって。その話を最近思い出し、なるほどなと思うのは、いま自動運転の研究が進んでいるじゃないですか。最終的には、クルマは移動空間、つまり動くリビングになる。そこで何が楽しめるかというと、視覚的なエンタテインメントのほかに、香りも含まれるようになる。その時、もとが無臭じゃないと、香りのコンテンツが楽しめない。ちょっと話がそれてしまいましたが、Xシリーズにはそうした五感に訴える価値、タッチ&フィールがあると思います。
自分たちが出したい製品はこれだ、という姿勢の打ち出し
上野 実は小林さんにもご評価いただいたんですが、Xシリーズの初代となるFinePix X100では、徹底的にダイヤルの操作感にこだわったんです。クリック感、そしてワンクリックするまでの回転の角度の大小とか。あと絞りリングの操作感も。ただ、これはクルマにも共通するところだと思いますが、気持ちいいだけではだめで、誤操作も防ぐような節度感も求められます。
小林 デザインや操作性にこだわる気持ちはすごくよくわかります。しかしプロカメラマンとして仕事で使う場合、気持ちはわかるけど、やっぱりここはこうしてほしいと。いざ現場で使うときにこれじゃ困ると、かなり口を出させてもらいました。ただ作る側がこうした好き勝手な意見をどう消化するかは難しいと思いますが。
上野 いや、本当に厳しいご意見をいただいています。実際、X100の開発の過程では、シャッタースピードダイヤルを、トルクを変え5つ作ったわけです。それをみんなで目をつぶったままで触って評価して。最初はわからないんですよ、でも何度か比べるうちに、ああ、ここが違うなとか、差がわかってくるわけです。でもそうやって結局、「2つめと3つめの間がいいから、今度はそれ作ってきて」とか(笑)。もちろん意見は割れますよ。でも多数決じゃないし、とことん話し合って決めに行く。
小島 そういうこだわった人がいたほうが、いい製品ってできますよね。
上野 さすがに会社のトップが現場に来ることはありませんが、事業部長はいろいろ言ってきます。たとえば実際に製品のプロトタイプを触って試してみて「この親指のフィンガーレスト、もう1〜2mm右側のほうが良くない?」とか。事業部長がそこまでこだわってくれるから、僕ら商品企画のメンバーも、デザイナーも、とことんこだわっていいんだってわかる。
小林 いまのモノづくりは、リサーチ優先の部分が多いじゃないですか。でもそれをやりすぎると、個性がなくなってしまう。富士フイルムにしてもアウディにしても、“自分たちが出したい製品はこれだ”という姿勢を決めているところに良さがあるんです。そこにブランドの意志、思想が見えることが大事。だから、そのブランドの製品を選ぶんです。リサーチ優先で嗜好を調べ、みんながいいと思うところに商品を出すんだったら、個性も何もなくなっちゃう。そうした姿勢があるかどうかは、大切なことだと思います。
上野 そのこだわりが大切なのはよくわかっているんです。ただ、ユーザーサイドにとって、そうしたこだわりがどれだけ効果的なのか。クルマで言えば、雑誌のインプレッションでいうところのハンドリングとか、パワーとか、燃費とか、そういう数値での訴求はどうなのか、と。
小島 そうしたスペックで語るのはたやすいし、語れない部分の訴求は難しいです。今回のようにクルマを目の前にしてお話ししていれば、ご理解いただける部分はあります。それを文字にするのが難しい。でも、伝え続けていかなきゃいけないと思っています。作り手のこだわりというか、曲げない信念みたいなものが必要で、そうしたアウディならアウディというブランドの“らしさ”を、クルマ好きな人々に伝えていかなくてはいけない。
スペックだけではなく時代に応じたあり方への新たな提案
上野 ちょっと話は変わりますが、クルマ好きの方とカメラ好きの方では、似ているところが多くあります。ただ僕の個人的な考えではクルマ好きの人のほうが、順応力があるというか、変化に対して認めていこう、適応していこうという意識が高い気がするんです。カメラって、フィルムの時代がすごく長かったじゃないですか。だから伝統というか、そこへのこだわりがあって、そこから変化することがそう簡単ではない。たとえばXシリーズも、いわゆる伝統的なカメラの形をしていて、知らない人が見たらデジタルかフィルムなのかもわからないですよね。ただ、「どうしてレンズが真ん中にあって、ファインダーがここにあって…という形をしていなくてはいけないのかな」とも思うわけです。でもクルマって、たとえばいま幼稚園のお子さんに「クルマの絵を描いて」って言うと、もうミニバンを描いちゃうわけです。トランクがないんです。ユーザーの意識も変わってます。クルマのエンジンでいうところの「ダウンサイジングターボ(=小排気量ターボ)」というコンセプトは、フォルクスワーゲングループが最初に手がけたと思いますが、最初は「え〜、ゴルフで1.4L?」なんて思いましたよ。でももう普通じゃないですか。
小島 そうですね。エンジンの排気量に対するファンの理解も進んでいますね。ときに「この車格で1Lエンジン?」みたいな感覚はあります。しかし、かつてのクルマと違って、たとえ1Lエンジンでも非力ではないし、お客さまからもきちんと“実の部分”を評価していただいていると思います。
小林 カメラでもクルマでも、スペックが好きな人は大勢いらっしゃいます。ただ、カメラやクルマにいっぱい触れてみると、スペックには現れない性能や魅力も大事だとわかってくる気がします。
上野 カメラの場合、“小ささ”も大事なんです。小型軽量で手軽に持ち歩けて、使っていても手首に負担がかからなくて、それでいて大きなカメラと遜色ない写真が撮れる。XシリーズはAPS-Cセンサーを積んでいることもあって、さっきのダウンサイジングターボをよくたとえに使わせていただいているんですよ。いま、1000万円するクルマでも、ふつうに4気筒エンジンを積んでいる時代ですよ、6気筒じゃないととか、V8じゃないととか言ってるのはごく一部の人だけですよと。エンジンが小さくなっているんでキビキビ走って、燃費もいい。そんな時代に、カメラだけが大きなセンサーとか、でかいレンズとかにこだわらなくちゃいけない理由ってありますかと。
小島 おっしゃるとおりです。とはいえ、V8やV6モデルには、依然としてそれぞれの良さがありますが(笑)。
上野 そう、だから我々もGFXという大きなのを作っている(笑)。結局、それをユーザーさんがいろんな視点で選んでいただければいいんですよ。そういうところでは、クルマはカメラよりも先に行っていると思います。カメラはまだフルサイズのセンサーじゃないとダメとか、ミラーレスは初心者向きだとか、先入観にしばられている人がまだ多い。僕らはXシリーズで、その旧来の考え方に風穴を開けたいんです。
小林 おっしゃるように、小さなことでのメリットは、使っていても感じます。
技術的な進化への評価とこれからへの期待
上野 アウディがモータースポーツで技術を磨いているように、カメラの世界でもプロカメラマンに現場でどれだけ使ってもらえるかというのが、いわばレースに参加するようなものだと思っています。そういう意味では、ここ一番の応答速度とかは、まだまだ足りないなと。Xを10年くらいやっていて、それが課題です。
小林 実際に、Xじゃないと撮れない写真もあるんです、モータースポーツの撮影でも。ただトータルで考えると、厳しいと思う部分はあります。一眼レフとは違うカメラなので、光学式ファインダーなどでハンデはある。ただこれまでの歩みを振り返ると、富士フイルムならきっと解決できると信じています。
小島 アマチュアユーザーの立場から見ても、X10からのこの10年、進化を感じますから。
上野 X-T1が世に出たのが2014年、そして最新のX-T4が2020年、この6年間に4世代です。実は昨日、ひさびさにX-T1にバッテリーを入れて触ってみたんですけど、びっくりするくらい動きがスローに感じました。平和というか牧歌的というか。6年前は、自分たちでもすごいものを作ったって思っていたんです、これでも(笑)。
小島 私も、今でも覚えています。当時X-T1製品セミナーを受けて、使っていたX10と比べ「すごいなぁ」って思って。それでX-T1をすぐに購入して、今は一代飛ばしてX-T3です。
上野 そういうお客さま、多いです。X-T2から、その次はX-T4とか。
(後編へ続く)
FUJIFILM X-T4/主な仕様
●有効画素数 約2610万画素 ●撮像素子 23.5mm×15.6mm(APS-Cサイズ) ●レンズマウント FUJIFILM Xマウント ●手ブレ補正 補正機構:センサーシフト方式5軸補正/補正段数:最大6.5段(ピッチ/ヨー方向) ●シャッター形式 電磁制御式縦走りフォーカルプレーンシャッター ●3.0型 バリアングル式タッチパネル付きTFTカラー液晶モニター ●動画 ファイル記録形式:MOV MP4 ●本体外形寸法 [幅]134.6×[高さ]92.8×[奥行き]63.8mm(最薄部 37.9mm) ●質量 約607g(バッテリー、 SDメモリーカード含む) ●参考実勢価格 X-T4:202,500円(税込)、X-T4/XF16-80mmF4 R OIS WRレンズキット:262,000円(税込)