四季の移ろいを美食とともに
すすきの草原を青空に向かってまっすぐに突き抜ける一本の道・・・。箱根・仙石原はいつ訪れても心奪われるドライブルートだ。ここを訪れる度に、地形的様相がどこかに似ているなぁと感じていたのだが、思い当たった場所が、ヨーロッパアルプス越えでもっとも低いブレンナー峠を抜けた先の景色だ。
偉大なるF1ドライバー、ジョン・サーティースがイタリアから英国に帰る際に好んで通っていた峠という話を聞き及び、随分昔にその旧街道を走ったのだが、スケール感や建物は似つかぬものの、箱根外輪山はアルプスの急峻な山肌にも通じ、仙石原の湿原は峠の先に広がるチロル地方のなだらかな牧草地のようにも感じる。
それにこのエリアにはなぜかヨーロッパ調の施設が多い。箱根ガラスの森美術館、箱根ラリック美術館、星の王子様ミュージアムなどヨーロピアンムード溢れる施設が軒を連ねる。そういえばかつては松田コレクションのポルシェミュージアムもあった。
そんなヨーロピアンな香りがほんのりと漂う仙石原に、本場ヨーロッパも思わず唸る宿がある。「ザ・ひらまつ ホテルズ&リゾーツ 仙石原」だ。すすき草原から芦ノ湖へと向かう姥子温泉近くの小高い丘に建つ、全20室の小さな宿である。
世界に知られたレストランの雄が標榜する「滞在するレストラン」
本場が唸るというのは、ここが日本におけるラグジュアリーな食のシーンをリードしてきた「ひらまつ」による宿だからだ。「ひらまつ」はグランメゾンとして知られるだけではなく、ポール・ボキューズやオーベルジュ・ド・リルなどフランスの名だたるシェフや名店との提携店舗の展開のほか、ウェディングそしてホテル事業にも参入を果たしている。
そう、世界的に知られるレストランの雄が「滞在するレストラン」を標榜し、手掛けた宿のひとつなのだ。だから食事には大いに期待できる。腕を振るうのは、「ASO」をはじめ「ひらまつ」のイタリア料理を牽引してきた吉越謙二郎シェフ。イタリア料理をベースにフランス料理や日本料理の技法を生かした、ここでしか味わえない四季折々のひと皿が楽しめる。
魅力はやはり泊まれる、ということだ。美味しい食事はその味も時間も深く噛みしめたいもの。日帰りドライブではその余韻に浸る余裕もなく、なにより用意される美酒に酔うこともできないし、うまかったぁと横になりたいのも本音である。
それを約束する客室は、全室にかけ流しの半露天風呂と眺めの良いテラスが備わる本館の11室と、半露天風呂はないかわりに心地良い源泉かけ流しの浴場が備わりまるで自分の別荘のように寛げるレジデンスが9室。いずれもビビッドな内装で設えられた素敵な空間だ。パブリックスペースに置かれたアンティーク家具やピカソやシャガールといったアートピースの数々も見応えがあり、貴族のモダンな館に来ているかのよう。流れる時間も実にゆるやかで優雅だ。
美しい景色や清々しい空気とともにいただくひと皿は格別。それが名湯の温泉付きで楽しめるのだから、これほど贅沢なステイもない。(文:小倉 修)