この連載では、昭和30年~55年(1955年〜1980年)までに発売され、名車と呼ばれるクルマたちを詳細に紹介しよう。その第40回目は、スポーティセダンとして大きな人気を誇った日産ダットサン・ブルーバードSSSの登場だ。(現在販売中のMOOK「昭和の名車・完全版Volume.1」より)

一番「SSS」の称号が似合うスポーティカー
4独サスペンションを生かした高パフォーマンス

SSS(スリーエス)といえばブルーバードの代名詞とも言える。一時期、バイオレットにもSSSグレードが設定されたこともあるが、ブルーバード以外のクルマにSSSの名称はやはりしっくりとこない。

画像: 昭 和43(1968)年11月 に 登 場 し た ブル ーバードクー ペ1600SSS。Cピラーの傾斜がセダンに比較して大きい感じ。メカニズムなど、その内容はセダンに準じていた。

昭 和43(1968)年11月 に 登 場 し た ブル ーバードクー ペ1600SSS。Cピラーの傾斜がセダンに比較して大きい感じ。メカニズムなど、その内容はセダンに準じていた。

同様にブルーバードGTというモデルもあったが、これも似合わない。ブルーバードにはやはりSSSがぴったりとくるのだ。ちなみにSSSは「スーパー・スポーツ・セダン」の略である。

SSSが一世を風靡したのはこの510系からだが、「S」の呼称が使われたのは2代目ブルーバード410系の時代で、昭和39(1964)年3月にSUツインの1200SS(スポーツ・セダン)が設定されたのが始まりだった。そして、昭和40(1965)年5月には、やはりSUツインキャブレターを装備した1600SSSがデビューしている。

昭和42(1967)年8月、ブルーバードはFMCで3代目の510系の登場を迎える。スーパーソニックラインと呼ばれた美しいボディラインの510系は、歴代ブルーバードの中でも「名車」の呼び声の高いシリーズであった。

エンジンは1300と1600だが、いずれも前モデルのOHVから新開発のL型SOHCにかわっていた。「視界が悪い」と不評だった三角窓がなくなったのもこの510系ブルーバードからである。

SSSももちろん健在で、410系ブルーバードはピニンファリーナが手がけたスタイリングが不評で、今ひとつパッとしないシリーズであったが、日本的に受け入れられやすいセダンボディにSUツインの高性能エンジンを載せたSSSは「、地味だったブルーバードのイメージを大きく変えた」とも言われた。

画像: 日産の名機のひとつであるL16型。1.6 L 直4SOHCエンジンは気持ちよく回る特性を持っていた。SSSではSUキャブレター 2器で 効率的に混合気を作り出す。

日産の名機のひとつであるL16型。1.6 L 直4SOHCエンジンは気持ちよく回る特性を持っていた。SSSではSUキャブレター 2器で 効率的に混合気を作り出す。

エンジンは前モデルの4気筒OHV、1595cc、SUツインキャブで90psのR型から、4気筒SOHC、 1595cc、SUツインで100psのL16型に換装。最高 速 も410系SSSの160km/hか ら165km/hにアップしていた。

サスペンションはこの510型以降、ブルーバードの伝統となる4輪独立懸架で、フロントがストラット、リアはセミトレーリングアーム式だった。ブレーキはフロントにサーボアシスト付のディスクが採用されている。

内外装も精悍なブラックマスクのグリルに、3本スポークのウッドステアリング、タコメーター、砲弾型ミラーなど、スポーティさを感じさせる装備が標準となっていた。

走らせて感じるのは、なんといってもその足回りの良さだった。乗り心地の良さとロードホールディングの高さは、当時の国産車では出色といっていいだろう。ワンランク上の高級車のようなしなやかさを持ちながら、その気になれば他の車種では不可能な領域のコーナリングも見せた。

SUツインキャブの100psエンジンを上まで回し、4速マニュアルを駆使してワインディングを飛ばすのは痛快のひと言。ポルシェタイプ・シンクロのミッションもスパッスパッと決まった。

画像: スポーティモデルといえどもまだウッドの大径ステアリングの時代。シフトノブもウッド製だ。正面に大径のスピードメーター(右)とタコメーターが並ぶ。

スポーティモデルといえどもまだウッドの大径ステアリングの時代。シフトノブもウッド製だ。正面に大径のスピードメーター(右)とタコメーターが並ぶ。

昭和43(1968)年10月にはシングルキャブで92psの1600ccエンジン搭載車を加えて、1600をブルーバードダイナミックシリーズと命名。これをラインアップの中心に据えてゆく。また同じ年の11月にはセダンのボディをベースにスポーティな2ドアとした1600クーペと1600SSSクーペを新たに設定。

当時、「スポーツモデル=クーペ」というイメージが定着しつつあり、このモデルも人気となった。SSSはセダンとクーペを揃えたことになる。

さらに昭和45(1970)年9月には、同一ボディに4気 筒SOHC、1770cc、SUツ イ ン で115psのL18型ツインキャブのハイスペックエンジンを搭載した1800SSS、1800SSSクーペを追加した。最高速175km/hという文字どおりのスーパースポーツであった。

しかし、SSSの身上は「スポーティさにプラス軽快さ」である。ライバルのコロナとの激しいせり合いが背景にはあるにせよ、エスカレートする排気量アップが逆に本来のSSSの魅力を薄れさせる恐れもないではなかった。実際、1800となったSSSはパワフルで確かに強烈なトルクが感じられたが、クルマはトータルバランスが大切であり、その意味では1600SSSの方がバランスのとれたモデルだった。

画像: シートはブラックのビニールレザーでサポート性はいまひとつ。前席にはヘッドレストと2点式シートベルトが装備されていた。全体的にスポーティな作りと言える。

シートはブラックのビニールレザーでサポート性はいまひとつ。前席にはヘッドレストと2点式シートベルトが装備されていた。全体的にスポーティな作りと言える。

510系のブルーバードはモータースポーツでの活躍が顕著だったことも忘れられない。国内のラリーはもちろん1600 SSSは国際ラリーにも積極的に参加している。昭和44(1969)年のサファリ・ラリーではクラス優勝とメーカーチーム優勝を勝ち取り、45年のサファリではついに総合優勝と2位、4位という勝利を収め日本車の評価を上げた。

スーパー・スポーツ・セダンの名に恥じない動力性能と耐久性をいかんなく発揮した快挙であった。 410系ブルーバードの時代に誕生したSSSだが、ブルーバードSSSの人気を定着させたのはやはり510系SSSであった。

画像: セダンボディらしく後席はゆとりがあり、ファミリーカーとしての快適性も十分だった。こういう面では家族持ちでも安心してチョイスできるクルマだった。

セダンボディらしく後席はゆとりがあり、ファミリーカーとしての快適性も十分だった。こういう面では家族持ちでも安心してチョイスできるクルマだった。

その後のSSSも動力性能面ではひけをとらなかったが、510系のブルーバードSSSの印象は特別に鮮烈である。

MOTORSPORT

画像: MOTORSPORT

日産はいち早くラリーに目を付け、サファリ・ラリーに510 ブルーバードを投入している。昭和44(1969)年はクラス優勝(総合3位)とチーム優勝を達成。翌45(1970)年は総合優勝を獲得した。日産の挑戦は『栄光の5000キロ』(主演・石原裕次郎)として映画化されている。その活躍は「世界のブルーバード」たる地位を築き上げ、ベストセラーカーになった。

日産ダットサン・ブルーバードSSS(510型)諸元

●全長×全幅×全高:4120×1560×1400)mm
●ホイールベース:2420mm
●車両重量:930kg
●エンジン型式・種類:16型・直4SOHC
●排気量:1595cc
●最高出力:100ps/6000rpm
●最大トルク:13.5kgm/4000rpm
●トランスミッション:4速MT
●タイヤサイズ:5.60-13-4PR
●新車価格:73万5000円

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