日々の「生活」をサポートするメンバーにも、大変な苦労があった
「晴れの舞台」は、東京都港区にあるカンファレンスホール ベルサール六本木。2026年3月18日(金)の午後から、「ホンダ学園創立50周年記念チャレンジ報告会」は始まった。まずはステージ前に総勢30名を超える学生たち、「チーム兆(きざし)」の面々がずらりと並んだ。

「チーム兆」がステージに集合。有志がメンバーとして結集、およそ1年にわたる長い闘いが始まったという。後列向かって左端に座っているのが今回のプロジェクト責任者であるホンダ学園 中野先生だが、自身も学園の卒業生であり、かつてF1の最前線でチーフメカニックを務めたエンジニアだ。
ステージ上には、ゼッケン1を付けた「サンセット号」のドライバー佐藤琢磨選手を中心に、サポートした教員勢、各部署の担当リーダーやコ・ドライバーを務めた学生たちが並ぶ。意外なほどみんなリラックスしている様子で、MCのピエール北川さんからの質問にも、実に堂々と答えていた。
もともと「学生に大きな世界を実感させたい」というテーマから始まったプロジェクトだけに、参戦用のマシンのレストアからレース車両としての仕上げ、レースエントリーの手続きやフランスへの運搬の手配、コース下見(レッキ)はもとより、現地で過ごすに当たっての宿泊や食事などのホスピタリティに至るまで、学生たちがやり遂げている。その苦労は生半可なものではなかったはず。だからこそすべてが「忘れられない思い出」になった。
製作段階の苦労話ではやはり50年前のシビックRSだけに、パーツを揃えるのもひと苦労だったという。とくにサンセット号はブレーキの抜け対応に悩まされ、もう1台の参戦車「マドリード号」(こちらはホンダ テクニカルカレッジ関東の勝田啓輔校長がドライバーを、大嶋太陽さんがコ・ドライバーを務めた)は、オイル漏れに苦戦した。ほかにも「佐藤選手にとっての理想どおりのシートポジション設定」とか、「ラリーコンピューターの自作」とか、さまざまな課題をそれぞれにクリアしていった。

ゼッケン176のマドリード号も、車検を無事にクリア。さまざまなマイナートラブルを克服して、やっとスタート地点に立つことになった。

サンセット号のコ・ドライバー川島さん。アドバイザーに教わりながら、とは言え、このラリーコンピューターを自作するあたり、すでにエンジニアとしての才能の片鱗を感じさせる。
ちなみにフランスにクルマを運んだあとからも、さまざまなマイナートラブルに見舞われている。本番までの整備は各地のHonda Motor Europeの協力を得て行い、スタート地点となるランスへの道すがらなどで、走行確認をしているのだが、そこで見つかったトラブルを列挙してみると・・・ファン不動、ホーンが鳴らない、水温異常上昇、冷却水吹き出し、テールライト不点灯、エンジン息継ぎ、ウインカー切れ、スモールランプ切れなど、おおむね「旧車あるある」なトラブルに一式、見舞われていたようだ。
下見(レッキ)走行時は、本番前ということで除雪されていないコースもあったらしく、本番に向けての不安が増していたという。レギュラリティラリーということで、アベレージタイムとの正確な符合が求められるだけに、レッキはそうとうに大変な作業となったようだ。最終SRとなるチュリニ峠まで走ってからリヨン経由でパリに戻ったときには、走行距離が3500kmに達していたらしい。
ホスピタリティ担当(「生活班」と呼ばれていた)の苦労も、ひとしおだった様子。なにしろ円安下での渡航だけに、食費を抑えるために自炊で賄っていたそう(私と同じだ)。もっとも海外のスーパーは日本のそれとはやはり、勝手が違う。あらかじめメニューを決めていても、日本なら普通にあるべきものが置いてなかったりして、戸惑ったそうだ。

生活班の奮闘ぶりを伝えるカット。日本から鍋の素を持参したようだが、ナイスアイデアだと思う。自炊もまた経費節減のため。うんうん、わかる。
生活班の豊岡さん曰く「毎朝、おにぎりを作るために早起き」したのが、一番大変だったというけれど、そりゃそうだろう。ただでさえスタートが7時なんてこともあるハードなスケジュールだ。ドライバー/コ・ドライバーがしっかり走るためのサポートもまた「結果」を出すための、重要な「力」であったことは間違いない。
時速300km超の世界を知る男がアベレージ50km/hの過酷さを知る
さていよいよラリー本番。チーム兆の2台は揃って1月31日(土)にパリで車検を受けて一発合格、コンセントラシオンのスタート地点となるランスへと移動した。2月1日(日)に出発したが、この段階からタイム計測があったというから、けっしてのんびりとドライブを楽しむ、という雰囲気ではなかったのかもしれない。それでも無事にヴァランスに到着、3日(火)からの競技に臨んだ。

雪、氷そして雨・・・標高の高い競技エリアでは、路面コンディションの変化に悩まされたようだ。©ACM/Rene Photos

競技としては3日目、前日にアクシデントに見舞われたサンセット号は朝イチの出走手続きを済ませてから、午前中のSR2ステージをスキップして、ダメージの補修を行った。午後からは戦線に復帰、完走を目指すことになる。©ACM/Gleize
報告会では、ラリー初体験となる佐藤選手が苦労話を披露した。当初は「時速380kmの世界を知っているので、申し訳ないけどアベレージ50km/hくらいなら余裕だと思ってました」と告白。しかし実際は、速く走りすぎても遅く走ってもペナルティをくらうレギュラリティラリーの難しさ(というよりややこしさ?)に翻弄されたという。
さらにマシンの性能差も、課題となった。同じヒストリックカーでも、海外のモデルは当時から大排気量、ターボ付き、4WDだったりと一線級の「高性能」を誇ったクルマばかり。RSとは言え、1.2L自然吸気エンジンのパフォーマンス不足は否めない。
アベレージを保つためにはとくに、コーナーで速度を落とさず走ることが求められた。だからこそ、雨や雪など難しいコンディションにもかかわらず、佐藤選手はそうとう果敢に攻めていったことが想像できる。
だが、そのアタックモードがトラブルにつながった。4日(水)のLEG2の途中、サンセット号はSR10でコースアウトして横転するアクシデントに見舞われてしまう。ボディ左を強打、フロントとサイドのガラスが外れるなどダメージは小さくなかった。この時はさすがに佐藤選手も「続行は厳しいかな」と正直、一瞬そう思ったという。

佐藤選手がにこやかに見つめるのは、ホンダ学園のプロジェクトリーダー飯塚さん。モンテカルロ!佐藤琢磨さんと!!というダブルの驚きにもめげず、一生に一度の機会に挑戦し、やり遂げた。

競技2日目、ヴァランス市内に設定されたサービスパークに、マドリード号が戻ってきた。サービスの時間は限られているため、走行タイム次第ではわずかな時間しか確保できない場合もあったようだ。
だが学生側のプロジェクトリーダーを務めていた飯塚陽菜さんは、アクシデントの連絡に「クルマ、直します!」と応じた。状態を知らないままで「絶対大丈夫です」と言った言葉には「私たちはみんなをゴールに連れていくだけ。それが使命だと思って」という志がこもっていたのだろう。
割れたガラスはアクリル板を切り貼りして補修、アライメント調整なども現場で実施し、なんとか修復を果たした。エンジンなど走行系にダメージがなかったことが、不幸中の幸いだった。あくまで現地で聞いた噂だが、サンセット号の奇跡的復活は現地のファンの間でけっこう好意的な意味での話題になったようだ。
フェラーリもアウディも抜き去りながら、ゴールを目指す
やがて闘いの舞台はモナコ近郊へと移る。6日(金)から7日(土)にかけての最終LEGでは、ラリー・モンテカルロ名物チュリニ峠での戦いに臨んだ。

佐藤選手は、これからの日本の自動車文化を支えていく若者たちが、今後、プロフェッショナルになった時にどんなクルマを作るのか「すごい楽しみ」と、エールを送った。向かって左に座っているのが、コ・ドライバーの川島颯太さん。

競技終盤のモナコのパルクフェルメにて。よく見ると、フロントガラスが黒いテープで固定されているのがわかる。©ACM/Canet Lorenzi
佐藤選手曰く、最終ステージでのシビックRSは速かった。「ずっと7000回転回しっぱなし」で雪深いコースを攻めまくり、BMWもフェラーリも、アウディクワトロも抜き去っていくシーンがインカー映像で流れたが、さすがの迫力だったと言っておこう。
航続のマドリード号のフィニッシュは7日の13時45分ごろ。コ・ドライバーの大嶋さんが男泣きする姿が印象に残った。
学生たちは今回のチャレンジをとおして「失敗しても考え続けることが大切」、「困難こそ楽しむことが大事」など、あきらめないことの大切さを学んだようだ。後輩に向けたメッセージとして「どんな困難に直面しても、失敗しても、迷っても、目標があれば道しるべになってくれる。導いてくれる」からこそ、何事につけ取り組むことに対して目標を持ってほしい、と語っていた。
佐藤選手もまた「チャレンジ自体が本当にすごいことなんです。現場で彼らが考えて判断して、そしていろいろな行動に移しているわけですけれども、本当に素晴らしい成長を見届けられましたね」と、素直な感動を表していた。
ちなみに今回のチャレンジは、ドキュメンタリー番組「信じた道を琢磨と共に ~激走2200キロ~」(3月27日10時から)として、FODおよびTVerで配信されることになっている。学生たちの挑戦記であると同時に、海外での伝統的なラリーイベントのことを知るという意味でも、なかなか貴重なコンテンツと言えそうだ。
また報告会では、ホンダ学園の創立50周年を記念したプロジェクトの第2弾として、「Cubチャレンジ」を実施することも発表された。Hondaの伝統を受け継ぐ若者たちの挑戦は、まだまだ終わらない。

ホンダ学園創立50周年企画第2弾として「Cubチャレンジ」が発表された。ホンダ学園 ホンダテクニカルカレッジの関東校、関西校から合計35名が集まり、初代スーパーカブのレストアを実施。4月25日からおよそ半年で、北海道から九州まで日本各地を巡るプロジェクトだ。

