イギリス本国では4年間しか生産されなかったものの、生産拠点を移しながら30年近くも生き残ってきたミニ・モーク。FFに10インチホイールというミニの技術を生かそうとしたイシゴニスの思想は、結果として遊び心あふれるクルマへと進化したのでした。

文: 石橋 寛/写真: RM Sotherbys
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コードネーム「バックボード」

「遊び心を満載!」──じつにありふれたキャッチコピーで、実際はさして面白くもないクルマが大半です。そこへいくと、ミニ・モークは遊び心しか積んでいないようなクルマに違いありません。むしろ、それ以外に何か積めるのか⁉ と突っ込みたくなるような面白さ。とはいえ、そもそもは軍用車として開発がスタートしていますから、ハードに関してはそれなりにシリアス。それゆえなのか、ファニーなカスタムとの相性もばっちりで、クラシック・ミニを凌ぐ可愛らしささえ持ち合わせているのです。

画像: 1964~1968までは英国産で、こちらは1967モデル。67年のマーク2ではワイパーが2本になるのですが、このサンプルは1本のまま⁉

1964~1968までは英国産で、こちらは1967モデル。67年のマーク2ではワイパーが2本になるのですが、このサンプルは1本のまま⁉

イギリスは秘密めいたことをするのが好きな国民性らしいですが、ミニ・モークにも極秘コードネーム「バックボード」があてられていました。1950年代、BMCはミニの成功で大いに盛り上がってはいたものの、経営基盤をより強固なものにしようと、軍用車の開発に乗り出したのでした。いつの時代も、お国とのビジネスほど固いものはありませんからね。

ただし、軍が求めた採用条件はさすがに甘くはありませんでした。まず、航空機に積んで輸送できるサイズ、パラシュートで投下できる重量やバランスも厳しくチェックされたといいます。また、地上でもぬかるみや砂地にスタックした際、兵士たちが自力で車体を持ち上げられる軽さも重要視されるなど、サイズが小さいだけでは通用しそうになかったのです。

ここにチャレンジしたのが、ミニの生みの親として有名なサー・アレック・イシゴニスという稀代のエンジニアです。彼が、ミニからエンジン、サスペンション、駆動系を流用したのは当然の流れ。そして、よりコンパクトで軽量なパッケージを実現するために、モークの特徴でもあるバスタブシャシーを考案。薄い鋼板を折り曲げ、切った貼ったの細工で出来上がったボディはドアもルーフもなく、これ以上ないほどシンプルで実用本位な構造となりました。この簡素で粗末な雰囲気こそバックボード、すなわちバネも屋根もない荷馬車というコードネームの由来です。

画像: 3050mmの全長に対し、ホイールベースは2020mmと目いっぱいとられているのもミニをベースとした特長。10inタイヤの乗り心地は微妙なものですが(笑)

3050mmの全長に対し、ホイールベースは2020mmと目いっぱいとられているのもミニをベースとした特長。10inタイヤの乗り心地は微妙なものですが(笑)

小径ホイールは不整地に向いてなかった

しかしながら、モークは軍から採用されませんでした。というのも、ベースとなったミニの大きな特徴だった10インチの小径ホイールが、悪路を走る軍用車としては不向きとされたからでした。最低地上高が低すぎて荒れ地ではすぐに腹を擦ってしまい、FFでは身動きが取れなくなることもしばしば。また、当初の850ccエンジンは非力のレッテルが貼られてしまう始末となり、BMCはあえなく撤退という羽目に。イシゴニスはそれでも、前後にエンジンを積んだ仕様も試みたとのことですが、せっかくのシンプル構造が犠牲となってしまうため、これまた軍隊から退けられてしまったのです。

画像: BMCのタイプAエンジンは、848ccから34馬力程度を発揮。クラシック・ミニのオーナーには見慣れたエンジンルームでしょう。

BMCのタイプAエンジンは、848ccから34馬力程度を発揮。クラシック・ミニのオーナーには見慣れたエンジンルームでしょう。

BMCとしてはここまでかけた開発費がバカにならないわけで、一般向けに発売して少しでも取り返そうと判断。1964年、モークと名付けられましたが、これはロバ、すなわち働き者を意味するネーミングで、商用車としての人気を狙ったとされています。たしかに、車名がバックボード=粗末な荷馬車では売れそうにありません。

画像: お馴染みのラバーコーンこそ見えませんが、シンプルでコンパクトなサスペンションレイアウトが見て取れるはず。軽量なぶん、ミニよりハンドリングはシャープな印象。

お馴染みのラバーコーンこそ見えませんが、シンプルでコンパクトなサスペンションレイアウトが見て取れるはず。軽量なぶん、ミニよりハンドリングはシャープな印象。

構造は前述の通りほぼミニを踏襲しており、フロントにBMC製Aタイプエンジンを横置き。直列4気筒OHV、排気量848cc、最高出力は34馬力と公表され、530~550kgの車体をそれなりに走らせてくれたのでした。もちろん、トランスミッションをエンジンのオイルパン内部に配置し、エンジンオイルでギヤの潤滑も兼ねるという、イシゴニス独自の省スペース思想「イシゴニス・レイアウト」もそのまま。現在でも、コンパクトさと合理性の両立として多くのエンジニアから支持を受けているのです。

画像: キッズカーさながらの簡素なダッシュボード。エボナイトで出来た細身のステアリングもまたいい味を出しています。

キッズカーさながらの簡素なダッシュボード。エボナイトで出来た細身のステアリングもまたいい味を出しています。

誕生から60年以上が経過した今も数百万円で落札

残念ながら、イギリス本国での生産は1968年までの4年間で幕を閉じます。商業車(バン)扱いから乗用車扱いへの税制変更などが逆風となったためです。しかし、モークの物語はここでは終わりません。生産拠点はオーストラリア(レイランド・オーストラリア)、そしてポルトガルへと引き継がれ、なんと1990年代初頭まで30年近くにわたって生き長らえることになりました。日本国内にもかなりの数が上陸しているので、懐かしく思う方、いやいや今でも乗ってるよというオーナーも大勢いらっしゃることでしょう。

軍用車としての実用性を追求した結果、究極まで無駄を削ぎ落とされた鉄の箱。それが結果として、世界中で最も遊び心あふれるクルマへと昇華。多くのサンプルがオークションに出品され、300万から時には800万円という高値で落札されるのも不思議ではありません。ご紹介しているビーチカータイプもまた5万ドルオーバー(約800万円)で売れており、自動車のデザインにおける「用の美」の不思議さを思わずにはいられません。モークは、意図して作られたオシャレではないからこそ、誕生から60年以上が経過した今見ても、私たちの心をワクワクさせてくれるのではないでしょうか。

画像: 後席はご覧の通り、実用的な広さがあります。どうやらリゾートホテルで送迎用にカスタムされたらしく、ポップなカラーに張り替えられた様子。

後席はご覧の通り、実用的な広さがあります。どうやらリゾートホテルで送迎用にカスタムされたらしく、ポップなカラーに張り替えられた様子。

画像: マーク2や海外生産モデルでは形状がいくらか変わりますが、フェンダーの形を見れば、鋼板を折り曲げただけという製造工程も察しがつきます。

マーク2や海外生産モデルでは形状がいくらか変わりますが、フェンダーの形を見れば、鋼板を折り曲げただけという製造工程も察しがつきます。

画像: ボンネットフードは取り外すタイプ。このあたり、軍用車として設計されたことが読み取れるはず。

ボンネットフードは取り外すタイプ。このあたり、軍用車として設計されたことが読み取れるはず。

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