なんと昭和10年に誕生したオーバーン851スーパーチャージド・スピードスター。資金難という大きなハードルを越えるべく様々なアイデアや技術が結集して作られた未来的なスピードフォルムは、どのようにして誕生したのでしょうか。

文: 石橋 寛/写真: RM Sotherbys
▶▶▶写真はこちら|オーバーン「851スーパーチャージド スピードスター」(画像10枚)

ボートテールデザインを古く見せない

1930年代、世界恐慌の暗い影が垂れ込めるアメリカで、ちょっとした奇跡が起こりました。自動車史にその名を刻むオーバーン851スーパーチャージド・スピードスターの誕生です。倒産の危機に瀕したメーカーが放った起死回生の一撃であり、今なお自動車芸術の頂点として語り継がれるこの名車の魅力に迫ってみましょう。

まずは、一目で見る者を虜にする圧倒的なスタイリング。手がけたのは、後に伝説のデザイナーと呼ばれることになるゴードン・ビューリグその人。当時、オーバーン社は極度の資金難に陥っており、ビューリグに与えられたミッションは「既存のストックパーツや旧型モデルのボディを流用して、誰もが驚く最高級車を作る」という、無茶振りでした。

画像: 1935年型の851と、翌1936年型の852を合わせた総生産台数は、諸説ありますが一般的に約143〜150台程度(約500台という説もあり)とされています。

1935年型の851と、翌1936年型の852を合わせた総生産台数は、諸説ありますが一般的に約143〜150台程度(約500台という説もあり)とされています。

しかしながら、ここで彼が主役に据えたのが、船の船尾のようにリヤエンドがキュッとすぼまっていく「ボートテール」デザイン。実はこの手法、1935年当時としては一世代前のトレンドであり、普通に作れば「過去の真似や焼き直し」に見えかねないリスクをはらんでいたのです。が、彼は古いストックパーツをベースにしつつ、当時最新の流行だった「ポンツーンフェンダー」や、大胆に傾斜したV字型スクリーン、そしてアール・デコ調のフロントマスクをドッキング。プロポーションを美しく仕立て直すことで、流行遅れをまったく新しい「未来的なスピードフォルム」へと見事に昇華させたのです。

画像: すでに流行おくれ気味だったボートテールながら、ビューリグのセンスによって新たな美しさをアピールするに至っています。

すでに流行おくれ気味だったボートテールながら、ビューリグのセンスによって新たな美しさをアピールするに至っています。

時速100マイルのスポーツカーを富裕層以外でも買える価格に

さらにアイコンともなっているボンネットの脇から突き出たクロームメッキのフレキシブル・エキゾーストパイプは、このクルマがただ美しいだけでなく、高性能を秘めていることを無言で主張していました。最高出力150馬力を発生する直列8気筒エンジンには、当時の市販車としては珍しいシュヴァイツァー・カミンズ製スーパーチャージャーを標準装備。オーバーン社は「時速100マイル(約161km/h)以上を出せること」を公式に証明するため、デビッド・ジェンキンスという当時最高のレーサーがサインした最高速度保証プレートまで貼り付けたのでした。

画像: 直列8気筒4589ccに、エキマニの間に見える遠心式スーパーチャージャーが加わって150hp/4400rpm、31.8 kg-m/ 2750 rpmを発揮。

直列8気筒4589ccに、エキマニの間に見える遠心式スーパーチャージャーが加わって150hp/4400rpm、31.8 kg-m/ 2750 rpmを発揮。

しかも、徹底的なコストダウンによって、このスーパーチャージャー付きの怪物マシンは、当時の競合高級車の数分の一という驚異的なバーゲンプライスで販売されたのです。かつては富裕層限定の贅沢品だったボートテールが、手の届くリアル・スポーツカーへと民主化されたことで、ハリウッドスターや若者たちは大喜び。まさにオーバーン社にとって起死回生のメガヒット作となったのでした。

画像: 100mphオーバーを保証したプレートには、ソルトフラッツなどで数々の記録を樹立したデビッド・ジェンキンスのサイン入り。

100mphオーバーを保証したプレートには、ソルトフラッツなどで数々の記録を樹立したデビッド・ジェンキンスのサイン入り。

“実質6速”を実現した「デュアルギア・リアアクスル」

そして、この「時速100マイルの巡航」を陰で支え、現代のマルチスピード・トランスミッションの先駆けとなったメカニズムこそが、コロンビア社製の「デュアルギア・リアアクスル」にほかなりません。

当時の技術では、トランスミッション自体を4速や5速へと多段化することはサイズや強度の面から困難でした。しかし、街乗りでの力強い加速と、高速道路での静かで快適なオーバードライブを両立させたいと、当時のエンジニアたちが導き出した答えが、「トランスミッションがダメなら、後ろの車軸(リアアクスル)にもうひとつ変速機を足してしまえ」という逆転の発想だったのです。

画像: ハンドルのセンターにハイ/ロー切り替えスイッチを配置。3速マニュアル×2段という機構が組み込まれ、市街地から高速道路までオールマイティ化。

ハンドルのセンターにハイ/ロー切り替えスイッチを配置。3速マニュアル×2段という機構が組み込まれ、市街地から高速道路までオールマイティ化。

この仕組みは、リアのデフケース内部にプラネタリーギアを組み込んだもので、手元の操作でギア比を「ロー(街乗り用)」と「ハイ(高速巡航用)」の2段階に切り替えることができました。これにより、通常の3速マニュアルトランスミッションと組み合わせることで、3速×2、つまり実質的に「6速マニュアル」のギアを操るのと同じ効果を生み出したのです。操作方法も画期的で、走行中、ドライバーがステアリング上のスイッチを「HIGH」にプリセットし、クラッチペダルを床まで踏み込むと、エンジンの吸気負圧が作動。リアの車軸にあるピストンが引っ張られ、走行したまま高速ギアへと変速される仕組みでした。なお、HIGHでの走行時は同じ速度でもエンジンの回転数を約28%も低く抑えられたとのこと。

残念ながら、このスピードスターの奮闘も虚しく、オーバーン社は間もなく歴史の表舞台から姿を消すことになります。しかし、極限のピンチから生まれた美しすぎるスタイリングと、コロンビア・リアアクスルに代表される知的なメカニズムの融合は、90年以上が経過した今でも色褪せることはありません。その証拠に、ひとたびオークションに出品されると85万~100万ドル(約1億3000万~1億6000万円)のプレミアムな指値がついているのです。これこそ、スタイリッシュでハイパフォーマンスなクルマづくりの原点への深いリスペクトの表徴、といえるのではないでしょうか。

画像: フロントグリルやマスコットなど、アール・デコ風味にあふれるのがオーバーンの魅力。851の書体もまた当時らしいもの。

フロントグリルやマスコットなど、アール・デコ風味にあふれるのがオーバーンの魅力。851の書体もまた当時らしいもの。

画像: オーバーンといえば、このフレアフェンダーとフレキシブルサイドパイプ。100年近くを経ても、カッコよさは微塵も揺るぎません。

オーバーンといえば、このフレアフェンダーとフレキシブルサイドパイプ。100年近くを経ても、カッコよさは微塵も揺るぎません。

画像: オーバーン社の起死回生の原動力となるはずだったものの、深刻な財政難を救うまでには至らなかった悲劇の名車。

オーバーン社の起死回生の原動力となるはずだったものの、深刻な財政難を救うまでには至らなかった悲劇の名車。

おすすめ関連記事

This article is a sponsored article by
''.