遺産を受け継いで誕生した先進の大型モデル
XMが生産中止となって以来、空白地帯となっていた大型シトロエンのポジション。そこにカテゴライズされるブランニューモデルが、「C4」に続いてリリースをされた「C6」だ。現代のシトロエン・ラインアップの頂点に置かれるこのモデルは、ハッチバックボディだったXMとは異なり、独立したトランクルームを備える純粋な4ドアサルーンとなった。
ところで、ここで上級、あるいは高級といった形容詞は用いず、敢えて冒頭のごとく「大型……」と紹介したのには理由がある。それはシトロエン自身がこのモデルに対して、ことさらにそうしたイメージで語りたいというスタンスは持ち合わせていないように感じられるからだ。
パリを舞台に開催された国際試乗会で配られたハードカバーの立派なプレスキットを開くと、そこではまずこのC6なるモデルが「かつてのDSやCX、そしてSMなどにインスパイアをされた、先進のシトロエンブランドの遺産を受け継いだ大型モデル」と紹介されている。それはまた、「ユニークなデザインと進歩的なテクノロジーを持った、飛び切り贅沢で独特なモデル」とも謳われる。そうした一方で「上級な」、あるいは「高級な」といった文言はどこにも用いられていない。
一説によれば、フランスという土壌においては、ボディのサイズを車両のヒエラルキーの基準にするという考え方は薄いのだという。なるほど、例えば基本的には路上駐車がOKのパリの街に住みつつ大きなクルマを所有するのでは、毎日の暮らしが不便になるだけ。そこでは「都会人だからこそ小さなクルマを乗りこなす」のがスマートだし、そちらの方がむしろステータスが高い、という捉え方も成立しそうだ。
馬力課税という仕組みが徹底されてきたお国柄なので、排気量が大きなエンジンは「税金をムダに払うだけ」とむしろ敬遠の眼差しで見られがちと耳にしたこともある。
もちろん現地に在住経験があるわけではないのでそうした言葉の微妙なニュアンスは理解し難いが、フランス人なりの合理的な国民性をもってすれば、このあたりは「さもありなん」のハナシではあると思う。
もうひとつ、C6を単純に「高級車」とは呼べない理由は、シトロエンというブランドが北米に進出しておらず、アメリカ狙いのクルマづくりを行ってはいない点にもある。
「4気筒はチープカーのエンジン。6気筒はベーシックモデルのエンジン」と、極端に言えばそうしたスタンスでエンジンの記号が受け取られるアメリカの地では、「高級車」と認められるためには最低でも8気筒エンジンの搭載がマスト。こうなると、例えアメリカの地で販売されずとも、C6に「高級車」というタイトルを与えるには抵抗感があるというシトロエンの気持ちも、理解ができる。V6エンジン+FFレイアウトというコンビネーションのみで高級を謳うのは確かに苦しいところだろう。それゆえ、C6は「かつてのシトロエン・ビッグカーの独創の遺産を受け継いだニューモデル」という訴求のフレーズになっているのだ。
それにしても、このクルマのスタイリングを何と表現すれば良いのだろう。写真以上にインパクトの強いそのルックスに、20台のC6がズラリと並ぶ試乗会場となったホテルのエントランスでぼくはしばし立ち尽くしてしまった。どう見ても、素直に「かっこ良い!」とは表現し難い。が、C6の決して誰にも似ていないルックスは、人の目を引き付けて離さない強烈なオーラを発している。
最近流行の平面絞りなどとは無縁のエラの張ったフロントエンド部分は、スラントノーズの中央部に置かれた大きなシトロエンのブランドマークと、そこから左右端に置かれたヘッドライトユニットへと伸びる水平バーとによって、ちょっと深海魚(?)風の表情にも見える。
ちなみに、フロントフードには万一の衝突時に、歩行者の身体が硬質なエンジン部品に直接衝突するのを防止するためのポップアップ技術が盛り込まれている。同様のテクノロジーはすでに次期ジャガーXKへの採用が発表されているが、実際の発売順ではこちらC6が「世界初!」のタイトルを奪うことになる。それもあって11月に発表されたばかりのユーロNCAP試験の最新評価では、C6が世界で初めて4つ星という最高水準の歩行者保護性能を獲得。乗員保護性能や子供保護性能でも極めて高い評価を得るのに成功している。
ひと筆状のアーチ型ルーフラインを採用するモデルは今や少なくない。が、その後端をテールレンズに直結させた例はこのクルマくらいだろう。それゆえに、サイドビューではトランクリッドはほとんど目に入らないファストバック調のプロポーションを持ちながら、後ろへと回り込むとしっかりとフラットなデッキ部分が残されているのに気付く。そんな大胆な処理を実現させたのが、極端なまでにインバース(逆反り)形状を採ったリアのウインドウ。かくして、見れば見るほどに奇妙キテレツ(!)なC6のデザインは成立しているのである。
そんな度肝を抜かれるエクステリアのデザインに比べると、インテリアはむしろ控え目な印象だった。と言いつつも、それはあくまでもエクステリアに対しての相対論。ディスプレイを主役に据えたダッシュボードのデザインや、デジタル表示式スピード+セグメント表示式タコというメーター、ヘッドアップ・ディスプレイなどを意欲的に採用する。家具調デザインのリッドが上下にスライドをするドアポケットや、リクライニング機構や空調コントロールなどショーファー・ドリブンを意識した後席用のセットオプションであるラウンジパックもユニークな存在。やはり一筋縄ではないのがC6のインテリアなのだ。
居住スペースは、もちろん大人4人にとっても十二分なもの。一方で、高さ方向がさほどではないこともあり、全長4.9m級の欧州製サルーンとしてはトランクスペースはむしろ小振りの印象だ。「日本導入時にも同様の機能を持たせる予定」というナビゲーションシステムなどAVシステムの操作性は、残念ながらさほど褒められるレベルには達していなかった。ジョイスティックを用いるなど工夫の跡は見られるものの、アウディのMMIや新型Sクラスに採用されているコマンドシステムほどには使いやすいものではない。
加速力に不満はないが「高級車」らしい余裕とまでは言えない
走り出しの力感は、「およそ1.8トンという重量を3Lのエンジンで動かす」というスペックから予想ができた通りの印象だった。アイシンAW製の6速ATの頑張りもあって加速力に不満は生じないものの、「余裕しゃくしゃく」という印象ではないのも事実だ。エンジン排気量にさほどのゆとりはないので、4000rpm付近までは常用域となるが、エンジンの透過音は期待値をやや上回るレベル。2000〜3000rpmという範囲で低周波がこもりがちであるのも残念だ。少なくともノイズ面に関しては、「高級車」という期待感で走り出すと物足りなさを覚える人は少なくないだろう。
中立付近でのほんのわずかなステアリング操作に対する応答は必ずしも敏感ではない一方、そこから先の操舵に対する動きはかなりシャープな味付け。こうしてゲインが高い一方で舵の正確性にも富んでいるので、高速時でも不安感は抱かないが、このクラスのサルーンにこうした味付けをする日本のメーカーは考えにくい。クルマづくりへの姿勢の違いを実感させられる瞬間だ。
最新の制御技術が投入されたというハイドロニューマチックサスペンションは、期待通り圧倒的に高い高速フラット感を実現。前述のステアリングゲインが高めというチューニングも、このサスペンションが常に最適なボディコントロールを行えるという自信があってのものだろう。ただし、大きくうねるような低周波の入力に対しては抜群のフラット感を生み出すこの脚も、高周波の入力はいなしきれないというウイークポイントは治りきってはいない。
例えば首都高速の舗装の継ぎ目などはやや苦手とするタイプかも知れない。今回テストのモデルは245/45の18インチのシューズを履いていたが、こうした点では同時に用意される225/55の17インチ仕様に軍配が上がりそうだ。
それにしても、まさにライバル不在の孤高の存在というフレーズがピタリと決まりそうなのがこのC6というモデル。「好きになったらとことん好きになる」と、かねてからのシトロエンファンの琴線をも思い切り刺激しそうな一台である。(文:河村康彦/Motor Magazine 2006年2月号より)
シトロエンC6 3.0i V6主要諸元
●全長×全幅×全高:4908×1860×1464mm
●ホイールベース:2900mm
●車両重量:1816kg
●エンジン:V6DOHC
●排気量:2946cc
●最高出力:215ps/6000rpm
●最大トルク:290Nm/3750rpm
●トランスミッション:6速AT
●駆動方式:FF
●最高速:230km/h
●0→100km/h加速:9.4秒
※欧州仕様