セダンとツーリングの機能面の違いは実はそれほど大きくない
僕はここ10年来ワゴン(ツーリング)派を貫き通している。それ以前は頑固なまでのセダン派だったが、ある日、ワゴン派に改宗したのだ。その第一の理由はスタイリングにあった。Aピラーで立ち上がったルーフラインがそのままテールエンドに流れる伸びやかさ。これがある日、たまらなく魅力的に思えたのである。
考えてみれば、それは僕がアウトドアに積極的に出かけるようになった頃とリンクしている。ワゴンのテールゲートを開けてそこに腰を下ろしスキーブーツに履き替えたり、釣り道具を取り出したりといったシーンは、僕にとって、これから始まるお楽しみの時間を象徴する存在なのだ。
SUVでも似たようなことはできるけれど、全身力コブみたいなあの形は、僕には主張が強過ぎるし、全高が高くなるほど楽しみたいオンロードでの走りがスポイルされることだって知っている。セダンとほぼ同じ成り立ちで、積載性というユーティリティを少しだけプラスしたワゴンこそが、今の僕の生活には理想のパッケージなのだ。
そんなわけで、今年も愛車に家族4人+犬一匹を乗せてキャンプに行ってきた。ここ数年、我が家の夏休みは長期天幕生活と決まっている。でも、そこで常々感じるのは、豪華さを増す日本のオートキャンプでは「もうワゴンはお呼びじゃないな」という事実でもある。
テントとスクリーン式タープ、豪華なキッチン&リビングセット、シュラフやランタンと、かさ張る荷物を収容するにはワゴンのユーティリティでは足りない。お盆で混み合う周囲のサイトを見回せばミニバンと大型SUVで大半が占められていることからも、これはキャンパー皆が感じていることだろう。ルーフキャリアに荷物を満載してまでワゴンにこだわる僕のような輩は圧倒的なマイノリティなのである。
ちょっと前置きが長くなったが、つまりワゴンとセダンの機能面の違いというのは、想像しているほど大きくないのだ。確かにペット連れのドライブや、秋葉原で買ったデスクトップコンピューターを持ち帰るなんて時は便利だが「セダンでは絶対に無理なこんなことができます」と大声で言えるほどユーティリティに決定的な差があるわけではない。
3シリーズ ツーリングはライフスタイル型ワゴン
ではワゴンの魅力とは何なのか。それは突き詰めると、ロングルーフの伸びやかなスタイリングと、セダンのかしこまった雰囲気にはないカジュアルさやアクティブさだと思う。それとは、今回乗り較べをしたBMW3シリーズからも、強く感じ取れる気がしたのである。
同じプラットフォーム上に構築されているだけあって、3シリーズセダンと3シリーズツーリングのパッケージは驚くほど似ている。というか、Bピラーより前は完全に共通と言っていいはず。異なるのは全長が25mmだけツーリングの方が長いということだけ。2760mmのホイールベースもまったく同じだ。
全長の拡大は通常ラゲッジルーム容量の確保に使われていると考えるのが自然だが、ツーリングの荷室がワゴンというジャンルから期待されるほど広いかと問われれば答えに窮する。トノカバー下の容量は460Lで、これはセダンとまったく同一なのだ。
ツーリングのラゲッジフロア形状は奥両側にタイヤハウスがある凸の字型。手前のフラットな部分はややセダンより長めに感じたものの、それはおそらく中が暗いセダンのトランクと、テールゲートがガバッと開いて明るいワゴンのラゲッジルームの見え方の違いによるものだろう。つまりフロア面積も含めて、定員乗車状態のワゴンの荷室はセダンとほぼ互角。25mmのボディの延長はセダンと異なるテールエンドのデザインに大半を費やされたと考えるのが自然のようだ。
ただし、ツーリングは左右6:4の分割式シングルフォールド(背もたれだけが前倒れする)タイプのリアシートを備えている。セダンも同様の機構を持つが、隔壁が存在しない分、この機構を活用したときのツーリングの荷室容量拡大は著しい。ちなみに容量は1385Lとある。セダンのトランクスルー時の容量は定かではないものの、広いオープンスペースが得られるというのは、間違いなく、ツーリングだけが持つアドバンテージである。
リアシートを畳まなくては満足のいくスペースが得られないのなら、ワゴンを選ぶ必然性がない。そう感じる人は選ぶ車種を変えるといいだろう。実は昨今のワゴンは完全に2極分化の道を歩んでいるのだ。
ひとつはこの3シリーズツーリングや、アウディA4アバントなどに代表されるスタイリング重視のタイプ。冒頭から述べているロングルーフの伸びやかさをスポーティな表現に使ったモデルたちだ。機能性よりも雰囲気を重視したこれらは、ライフスタイルワゴンといったところであり、今やC、Dセグメントの主流になりつつある。メルセデスのCステーションワゴンもこの系統だし、実用性を重んじるフランス勢もプジョー407SWにはこの傾向が強い。さらに、新しいアルファ159スポーツワゴンも間違いなく仲間となるはずだ。
一方、実用性を追求したモデルも数は減っているが存在する。ボルボのV70と新型パサートヴァリアントはその両巨頭といったところ。これらは外観に一定の決まりごとがある。まずルーフラインを後半であまり絞らない。次にテールゲートを直立気味に保つ。そしてリアクオーターウインドウがドアウインドウより長いことである。
個人的には、荷室容積に背を向けたワゴンというのは本末転倒なのだが、大容積ワゴンであっても、もはやサードシートを畳んだミニバンや大型SUVには敵わないのは事実。そもそもワゴン最大の市場であった北米での需要がシュリンクしたのも、その中途半端さが主たる原因と考えられるのだ。
しかし、そのことでワゴンにはもう未来がないと結論づけるのは早計だ。事実、欧州車は前記の実用型のライフスタイルワゴンを取り混ぜて確固たるシェアを築いている。その軸足がライフスタイル型へと移りつつあるのは、ワゴンの新しい魅力を提案しようという発露に他ならないのだ。
その代表格のひとつが3シリーズツーリングである。すでに述べたようにこのクルマの荷室容量はセダンとほぼ同レベルだが、それはトノカバー下までの積載量の話。カーゴネットを展開して制動時に荷物が居室側に侵入しないようにすればセダンよりも大きな荷物収納能力を得られるし、3ツーリングはリアウインドウだけを開閉して小荷物の積み込みや取り出しが気軽にできるガラスハッチも備えている。
これはBMWが比較的早くから採用する機構だが、新型ではガラスハッチを開けた瞬間自動的にトノカバーが上に跳ね上がる仕掛けもあって(元に戻すのは手動)利便性をさらに高めた。
考えてみれば、これはセダンのトランクへのアクセス方法と近似値ではあるが、こうした小技から、 カーゴネット一体のインジェクター式トノカバーを外してリアシートも畳み、1385Lの最大積載量まで活用させる空間の柔軟性は、セダンには真似できないワゴンならではの得意技と言っていいだろう。
ちなみに、後席の居住性はセダンとほぼ同等。高めのサイドシルや太いセンタートンネルに囲まれたスペースは広々とは言いにくいが、クルマとの一体感を得られる適度にタイトな空間で、独得の心地よさがある。
それにセダンと異なり隔壁のないボディ構造でも走行中リア側からのロードノイズが気になるようなこともなかった。この辺はBMWならではの堅牢なボディとブッシュ類のチューニング、それに遮音技術の賜物と思われる。
しかも、基本的なパッケージがセダンとほぼ同一なので、走りもほとんど変わらず、ミニバンやSUVでは実現の難しい正確でスポーティなハンドリングも楽しめる。これこそがワゴンの魅力である。
325i同士の乗り較べでは重量差はほとんど感じない
そこで、「325iツーリングと325iがまったく変わらぬ走りであったか」というメインテーマに移るのだが、結論を先に言うと答えは「ノー」だと僕は思った。
今回のボディの異なる2台の325iは、ともにMスポーツ。セダンは323iが投入されたこともあり、325iはMスポーツがメインで素の325iは受注生産となった。一方ツーリングのMスポーツはパッケージオプションとして供され、今回の試乗車はこれを装備していた。というわけで、今回「Mスポーツ」同士を比較できたのは正確さを期す上でも幸いだった。
Mスポーツはやや派手な外装と、15mmローダウンのスポーツサス、フロント225/45R17、リア255/40R17という異サイズのタイヤを装備する。そのせいもあるがセダンは減衰がかなり強く、荒れた路面ではかなり揺すられる。正確で反応が良く、ライントレース性も極めて高いBMWらしいハンドリングはさらに強調されているものの、コンフォート面ではちょっと厳しいというのが正直な感想だ。
ところが、ツーリングはこの辺が格段にマイルドなのだ。70kgの重量増と、それが後方に集中している重量配分の違いによるものと想像されるが、セダンで感じられた減衰の強さがちょうど良いレベルになる。それでいて操縦性が甘くなるようなこともない。ボディが煽られることが少なくなった分、荒れた路面でのコーナリングではむしろ所作に落ち着きが出てきて好印象を持ったほどだ。
今回は試せなかったが、これまでの経験を振り返ると、同じことはMスポーツではない素の足まわり同士でも言えると思う。軽快だがやや減衰の強いセダンは、ある程度走り込んだ頃にちょうどいい乗り心地になる印象がある。その点ツーリングは適度な重量増が当初からしなやかな乗り心地を実現しているのだ。
動力性能面でも70kgの重量差はほとんど認められない。218psの最高出力を持つ325iではこの程度は大した問題ではないのである。ただし4気筒の2Lを搭載する320iと320iツーリングの間では、若干の差を感じるかも知れない。
今回はセダンのみを試乗したが、鼻先の軽さから来るさらに軽快なハンドリングを認めつつも、やはり6気筒シリーズに較べると初速の乗り方がやや物足りない。ツーリングの70kg増がこれにどう関係して来るかは断言できないが、荷物を積み込み定員乗車といったフルロードになれば、やはり多少の影響が出てくると考えるのが自然だ。
同時にセダンの330iも試したが、これにはツーリングの設定がないのが残念だ。ツーリングのしなやかな所作とパワフルな直6との組み合わせというのは何とも魅力的。ワゴンはセダンよりも負荷の大きい条件で使われることが想定されるのだから、その想いはなおさら強くなるというものだ。
そんなわけでセダンとツーリングのどちらが理想と聞かれれば、今回はツーリングという結論になる。
そこで最後に325iツーリングのライバルを考えて締め括ろう。ワゴンと言えば強いのはボルボV70で、2.5Tが価格面でも同レベルにあるが、この2車ではBMWがライフスタイル指向、ボルボが実用指向と性格上の大きな違いがある。ボルボの実用性は3ツーリングには望めないし、逆に3ツーリングの軽快さ(走りもイメージも)はV70には薄いので、この両者を並べて検討するケースは稀だろう。
やはり直接のライバルは、メルセデスのCステーションワゴンとアウディA4アバントだ。モデル末期の完熟ぶりのC、クワトロのA4とそれぞれ強みがあり、軽々には判断ができない。
伏兵となりそうなのがパサートヴァリアント。どちらかと言えばボルボと同じく実用性を大切にしているが、3.2L V6 4MOTIONで455万円というリーズナブルプライスはかなりのインパクトである。
このように豊富に揃う欧州ステーションワゴン。ワゴン派を自認する僕としては、まだまだ選ぶ楽しみが多いことが確認できて、少し安心している。(文:石川芳雄/Motor Magazine 2006年10月号より)
BMW 325i M-Sport 主要諸元
●全長×全幅×全高:4525×1815×1425mm
●ホイールベース:2760mm
●車両重量:1510kg
●エンジン:直6DOHC
●排気量:2496cc
●最高出力:218ps/6500rpm
●最大トルク:250Nm/2750-4250rpm
●トランスミッション:6速AT
●駆動方式:FR
●車両価格:595万円(2006年)
BMW 325iツーリング 主要諸元
●全長×全幅×全高:4525×1815×1450mm
●ホイールベース:2760mm
●車両重量:1580kg
●エンジン:直6DOHC
●排気量:2496cc
●最高出力:218ps/6500pm
●最大トルク:250Nm/2750-4250pm
●トランスミッション:6速AT
●駆動方式:FR
●車両価格:555万円(2006年)