これまでのターボ付きエンジンとは異質なフィーリング
初めて335iクーペに乗って走り始めたその瞬間、正確に記せば「国際試乗会の基点となったインスブルック国際空港の、駐車場をスタートして最初の交差点を左折するまでのホンの50mほどの間に」、このクルマに搭載されたエンジンが、既存のあらゆるターボ付きユニットとは明らかに異なるコンセプトの下に開発されたものであるという事実を強く実感させられることになった。
最初のテストカーは「残念ながら日本市場に導入の予定はなし」という6速MT仕様。が、ごく穏やかで安定したアイドリングにほんの数百rpmを上乗せしただけというポイントでクラッチミートされた335iクーペは、いとも易々と、まるでターボチャージャーなどアドオンされていないかのごとき自然なアクセルリニアリティをドライバーに感じさせつつ、最新のクーペボディに軽々とスピードを加えていくことになったのだ。それはちょっとしたカルチャーショックでもあった。
「フルブースト時の異常燃焼を回避するために圧縮比が下げられ、排圧も高まることを余儀なくされるターボ付きのエンジンが、自然吸気エンジンに対して全く遜色を感じさせない、これほど自然なアクセルレスポンスを実現させるはずなど、ありえない!」そんなコメントを述べたくなるくらい、このクルマの心臓はこれまでのターボ付きエンジンとは異質なフィーリングを味わわせてくれたのだ。
加えればそんな新鮮な印象は、やはり従来のターボ付きエンジンでの常識からは随分とかけ離れた排気サウンドによって強調された可能性も強かったとは思う。335iクーペが放つエキゾーストノートは、重低音成分がそれほど混じらない乾いた感触のもの。それは、これまでのどんなターボエンジン搭載モデルともやはり「大いに異質」という印象が強いものであった。
一方で、街中での走行を代表とする日常シーンではそんな圧倒的なフレキシブルさをアピールしつつも、アクセルペダルを深く踏み込んだ際のパワフルさがこちらも「並大抵ではない」ことにも再度驚かされた。4500rpmを超えるような領域では、今度は「ツインターボ」というスペックが誰にでも即座に納得できる強大なパンチ力が炸裂。「これでは『M3』の立つ瀬がなくなってしまうのではないか……」と、そんな心配すらしたくなる。
エンジンとはどうあるべきかが熟考されたパワーユニット
そもそもが「エンジン屋」であるBMWの手による心臓らしく、何とも個性的な、そして、これまで多くのエンジンがそうあったように、恐らく今後はライバルメーカーに照準を合わせられるであろうパワーフィールの持ち主として仕上がったのは、もちろん偶然の産物などではないはずだ。
「この排気量とシリンダーレイアウトは、BMWのエンジンのひとつの核となるもの」と、そんな理由もあって3Lで直列6気筒というデザインに決定されたというこの新開発ユニットは、日本では「高精度ダイレクトインジェクション・パラレルツインターボエンジン」と紹介される。
50〜200気圧で1サイクルあたり3回の噴射を行うというシーメンス製のピエゾインジェクターを用いた直噴シリンダーヘッドは、強度を増すために新たに開発されたアルミ製のクランクケースを用いるブロックとドッキングされる。
4つの吸排気バルブ間の中央にレイアウトされたインジェクターからの噴射燃料は、燃焼室内に向かって「円錐状」にコントロールされるスプレーガイデッド方式を採用。こうしたテクノロジーの積み重ねで、その圧縮比は過給器付きのガソリンエンジンとしては高い10.2という値をマーク。306psの最高出力を5800rpmで発生させ、400Nmという太い最大トルクを1300(!)〜5000rpmという幅広い範囲で生み出す。
「最高1050度という高温に耐え、それゆえ燃料冷却に頼る必要もないので燃費面でも優秀と判断した」という理由から採用したという三菱重工製のターボシステムは、レスポンス重視のために小型のターボユニットを並列に2基レイアウト。
その上で「スポーツカー用エンジンではなかったので最大過給圧は1.6バールまでに抑え、タービンの可変ジオメトリー機構も用いなかった」というむしろオーソドックスなメカニズムを採用したのも、ターボ付きのガソリンエンジンを「復活」させた、BMWならではの熟考の結果と受け取るべきだろう。
また、昨今のBMW製エンジンのひとつの売り物であるスロットルバルブレス技術バルブトロニックは未採用である。国際試乗会に出席のパワーユニット担当エンジニア氏は「すでに直噴メカニズムの採用で約10%の燃費改善を図っていることと、搭載スペース的に困難であるため」という2つの理由を教えてくれた。
ちなみに、MT仕様車に搭載されるエンジンとAT仕様車に搭載のそれとは「完全に同一のユニット」という。ただしATのセッティングはシフト時のクラッチのエンゲージを多少滑らせながら行うなど「エンジン特性に合わせたものとした」ともいう。
実際、時に多少のシフトショックを感じさせるなど、滑らかさよりも素早い変速レスポンスを優先させたことをうかがわせるATではあるものの、排気エネルギーの落ち込みが避けられないシフト動作が瞬時に終了するので、エンジンとのマッチングはすこぶる良好だった。
見方を変えれば「ターボブーストの立ち上がりレスポンスがシャープなエンジンが完成されたからこそ、素早い変速を行うことでMTに負けないダイレクトな加速感が得られるATを採用できた」とも受け取れる。
ダウンサイジングの思考と軽量化への徹底したこだわり
ところでこの新エンジンには、BMWの将来的なパワーユニット戦略が秘められていることも見逃せない。
まず1点は、335iクーペに積まれたこのツインターボ付きの新エンジンは、そのリニアな出力特性と前述のような強力アウトプットを踏まえて、より大きな排気量でより多くのシリンダーを備える自然吸気ユニットに対するライバル関係を意識して開発されたフシがあるということ。
例えば、335iクーペの資料中には、「同レベルの出力を発生する8気筒エンジンに対して約70kgも軽く設計」といった表記が度々登場する。これは、このエンジンが8気筒ユニットに対するダウンサイジングコンセプトも踏まえて開発されてきたことを示唆している。
さらに「3Lの自然吸気ユニットに比べれば30kgほど重量は増したものの、それでもV8エンジン比で考えれば40kgは軽い」というコメントにも、BMW車にとっては特に重要な内容が秘められている。すなわちそれは、このメーカーがこだわる前後輪への50:50の重量配分に対する貢献である。
この点に関しては、前述の重量差ゆえに8気筒エンジンに対しては断然有利となる。さらに335iクーペの場合はインタークーラーを低い位置に置いたのも重量バランスを考えた結果と見ることができるし、自然吸気ユニットに対して増加した前出の約30kgの重量を相殺すべくフロントフェンダーを樹脂化したというのも、BMWのパワーユニットに対するこだわりの強さから生まれた結果と考えられる。
なるほど、このところのアウディのように、より高出力な心臓をスタイリッシュなボディに組み合わせて、そこで高性能イメージを演じるというのも、プレミアム性の高さをアピールしたいメーカーにとっては効果的な戦略ではあるだろう。だが、言うなればそうした表面的な事柄にはとらわれない真のドライビングプレジャーを追求しようとする、BMWというメーカーのクルマづくりに対する姿勢の真骨頂を、ぼくはこの335iクーペというモデルに採用された最新パワーユニットに見た思いがする。(文:河村康彦/Motor Magazine 2006年10月号より)
BMW 335iクーペ 主要諸元
●全長×全幅×全高:4580×1782×1375mm
●ホイールベース:2760mm
●車両重量:1615kg
●エンジン:直6DOHCツインターボ
●排気量:2979cc
●最高出力:306ps/5800rpm
●最大トルク:400Nm/1300〜5000rpm
●トランスミッション:6速AT
●駆動方式:FR
●最高速:250km/h(リミッター)
●0-100km/h加速:5.7秒
※欧州仕様