2006年、5代目マセラティ クアトロポルテの「スポーツGT」と「エグゼクティブGT」が登場している。中でもスカイフックサスペンションや専用エキゾースト間にフォールドを装備してスポーティさを追求した「スポーツGT」は、大きな注目を集めている。ここではその試乗記を振り返ってみよう。(以下の試乗記は、Motor Magazine 2006年11月号より)

まずグランプリマシンありき、その次にグランツーリスモ

長い間、僕たちはマセラティに対して間違ったイメージを抱いていたようだ。

いわく、「歴史は長いけど、今となっては、その名前だけで商売をしている」、あるいは、「フェラーリのように、一貫してモータースポーツに取り組むことはなく、新しい技術への取り組み方も消極的」。さらには、「トライデントのマークがボディ内外あちこちに貼り付けたり、描かれたりして、しつこい」。

思い出してみれば、ネガティブなイメージができたのは、バブルの頃のことではないだろうか。

BMW 3シリーズが「六本木のカローラ」で、サーブ900が「女子大生ホイホイ」と揶揄されていた、あの時代。当時のマセラティの主力車種は、ビトゥルボSiや同425i、同スパイダーなどだ。228やカリフなんていうのもあった。いずれも、1982年にデビューしたビトゥルボの系統にある。

そのビトゥルボ系統のマセラティが、夜の六本木や銀座に、よく停まっていた。小ぶりなボディに、V6ツインターボエンジンを搭載し、主に2+2のシートレイアウトを採用していた。

運転してみれば、強烈な加速とカートのように超クイックなハンドリング。わかりやすい高性能に、革とウッドをふんだんに用いたインテリアが、輪を掛けてわかりやすい「高級」を演じていた。ボーラやメラク、カムシンなど、スーパーカーブーム時代のマセラティに較べれば価格も安く、大量に生産された。

マセラティの歴史書をひもとけば、マセラティが夜の繁華街が似合うようなクルマじゃないことはすぐにわかる。

イタリアのボローニャで、マセラティ兄弟が1926年に作り上げた、家族の名前を冠した初めてのクルマは、グランプリマシンだった。

まだ、実用的な乗用車とレーシングマシンの間の垣根が低かった時代だったという背景の違いを考慮したとしても、自動車として最高の性能を求められるグランプリマシンに最初に取り組んだという志の高さに感服させられてしまう。

マセラティ兄弟は、自らが作ったマシンでレースに出場するワークスチームを組織する他に、広くプライベーターたちにレーシングマシンを販売していた。製造していたのは、グランプリマシンにとどまらず「ヴォワチュレット」という小型のフォーミュラマシンやレーシングスポーツなど多岐にわたっていた。

戦前のマセラティは自動車メーカーというよりは、レーシングカーコンストラクターと呼ぶにふさわしい。初めてのロードカー、3500GTが発表されたのが1957年のジュネーブ自動車ショー。レーシングカーコンストラクターから、その技術と生産設備を生かした豪華高級グランツーリスモ作りへ、経営方針の一大転換だった。歴史の必然だ。

それでも、トゥーリングやヴィニヤーレなどのカロッツェリアが架装した豪華で華麗な3500GTのボディの下には、レーシングスポーツ300Sの直列6気筒をデチューンした3.5Lエンジンが搭載されていた。

その2年後には、さらに豪華で高性能な5000GTを発表する。こちらも、レーシングスポーツ450Sの4.5L V8を5Lにボアアップしたエンジンを搭載していた。この5L V8のボアとストロークを縮め、4.2Lに縮小したエンジンを積んだのが、マセラティ初の4ドアセダン「クアトロポルテ」だ。

クアトロポルテは、1963年のトリノ自動車ショーで発表された。全長5m、全幅1.69m、ホイールベース2.75mという大きなボディを231km/hまで引っ張る、当時世界最速の4ドアセダンだった。

クアトロポルテは、マセラティの生産規模からしてヒット作となり、1970年までに約700台が生産された。

ちなみに、70年当時の日本での販売価格は1135万円。トヨタ・カローラ1200デラックスが50万1500円、フォルクスワーゲン1200(ビートル)が69万8000円、小学校教員の初任給が3万1900円だった年だ。クアトロポルテが、いかに高価だったかわかるだろう。

その後、プロトタイプで終わった1974年の「クアトロポルテ2」、1976年に発表された「クアトロポルテ3」とモデルチェンジを繰り返した。「3」は1990年まで約2000台生産され、マセラティに大きな利益をもたらした。現行のクアトロポルテは5代目で、2003年のデビューだ。

画像: 2005年9月のフランクフルト・モーターショーでデビューしたマセラティ クアトロポルテ スポーツGT。日本上陸は2006年4月。

2005年9月のフランクフルト・モーターショーでデビューしたマセラティ クアトロポルテ スポーツGT。日本上陸は2006年4月。

ドライバーズカーとして驚くほどに高い完成度

最新モデルの5代目は、フェラーリ製の4.2L V8エンジンがピニンファリーナデザインのボディに組み合わされる。この5代目クアトロポルテには、2005年9月のフランクフルト・モーターショーで、エグゼクティブGTと、今回試乗したスポーツGTが追加された。

エグゼクティブGTがその名の通りに豪華装備を充実させているのに対して、スポーツGTはドライバーズカーだ。最大の特徴は、20インチホイールと285/30ZR20という超扁平サイズのピレリ・Pゼロ。

クラッチレス・マニュアルトランスミッション「デュオセレクト」のスポーツモードでの変速スピードが35%速められていたり、新設計のエキゾーストシステムと専用設定のスカイフックサスペンション、タイヤプレッシャー・モニタリングシステムなどもスポーツGTに採用されている。

エクステリアとインテリアにも、さまざまな演出が施されている。ブラッククロームが施されたメッシュのフロントグリルとサイドエアインテーク、ボローニャ市の紋章を引用したトライデント(三叉矛)の三本の矛を束ねている部分に、二本の赤いラインが入れられている。

同じ要領で、インテリアの革を縫い合わせているステッチも赤(オプション仕様)。ただし、ステアリングホイールとパーキングブレーキレバーは、赤と青と黒(特別注文仕様)。カーボンパネルを多用したインテリアトリム、アルミニウム製スロットル&ブレーキペダルなどもスポーツGT専用だ。

トライデントのしつこさは相変わらずで、見付けられた限りで27個もあった。ただ、ちょっとくすぐられるのは、スポーツGT専用の赤いラインの入ったトライデントだ。赤いラインはコンペティションモデル専用だから、他のクアトロポルテには入っていない。総じて、ドライバーズカーに仕立てた内容を精悍なイメージとして巧みに演出していると言えるだろう。

では、肝腎の走りっぷりは、どうだったのか。結論から言うと「素晴らしい」の一言に尽きる。

まず、エンジンが絶品だ。フォロロロロロッというスウィートなエキゾーストノートを伴いながら、とても4.2Lもの排気量があるとは思えないほど軽快に吹き上がる。5000rpmを越えると、さらに鋭さを増してリミットの7500rpmまで一気に達する。

エンジンパワーを伝えるトランスミッションも、デビュー時のものから大幅に改良されている。マニュアルモード時のシフトスピードが速くなっているのと同時に、オートマチックモードでの変速ショックが軽減されている。フェラーリ612スカリエッティの「F1ミッション」と同様に、スロットルペダルを残し気味にパドルを引くと、素早く、スムーズに変速することができる。

フットブレーキによる減速具合に応じて、自動的にギアが落とされて行くが、そのタイミングも細かくコントロールされていて、自分の運転が5割増でうまくなったようだ。

孔が穿たれた、これも専用のディスクブレーキのタッチとコントロール性も抜群で、2010kgという軽くない重量のスポーツGTを瞬時に、そして矛盾するようだが、じんわりとスピードを殺していく。強めにフットブレーキを踏み込むとクルマ全体が沈み込み、そこから少しペダルを戻した時の姿勢変化が穏やかでコントローラブルだ。

エンジンをフロントアクスルよりも完全に後方の位置に低くマウントし、トランスミッションをディファレンシャルと一体化してリアアクスルに搭載するトランスアクスル方式の効果が、十分に発揮されている。

重量バランスに優れ、大きく軽くはないクルマを運転している気がしない。アップダウンとコーナーが連続する道で、ペースを上げていくほどに、クルマと自分の身体が一体化していく。

強いて弱点を挙げるとすると、舗装のつなぎ目や凹凸での鋭いショックだろうか。やはり、20インチの30/35偏平タイヤは難しいのかも知れない。と、諦めかけたところ、メーターパネル内のタイヤプレッシャーモニタリングシステムが、警告を発し始めた。左前と右後ろが、それぞれ0.1と0.2バール不足しているという。ガソリンスタンドで不足分を注入して、再びワインディングロードに戻ると、乗り心地とステアリングホイールへの応答性が向上していることが明確に感じ取れた。

大径超扁平タイヤの特性を引き出し、デメリットを封じることの難しさと、スポーツGTの完成度の高さに感嘆させられた。ただ速く走るだけでなく、速さに至るプロセスも余すところなく甘美なものに仕立て上げている。上質で饒舌なクルマとともにある豊かな人生を謳歌したい人を、激しく蠱惑するに違いない。トライデントの赤い二本線は、伊達じゃない。

戦後派のフェラーリが小僧っ子に見えるほど、マセラティの出自と足跡は華々しい。紆余曲折を経て、存続が危ぶまれる時期もあったらしいが、21世紀のプレミアムカーとして鮮やかに甦った。スポーツGTは、その何よりの証だ。

長い沈黙を破ってサーキットに帰って来たレーシングスポーツカーのMC12が2005年のFIA-GT選手権を獲得したように、マセラティは、いま新しい黄金時代を迎えつつあるのかもしれない。(文:金子浩久/Motor Magazine 2006年11月号より)

画像: 妖艶でちょっとエッチなインテリアは、カーボンパネルやアルミニウム製ペダルなどで、スポーティな雰囲気に仕上げられる。

妖艶でちょっとエッチなインテリアは、カーボンパネルやアルミニウム製ペダルなどで、スポーティな雰囲気に仕上げられる。

ヒットの法則

マセラティ クアトロポルテ スポーツGT 主要諸元

●全長×全幅×全高:5060×1895×1440mm
●ホイールベース:3065mm
●車両重量:2010kg
●エンジン:V8DOHC
●排気量:4244cc
●最高出力:401ps/7250rpm
●最大トルク:442Nm/4750rpm
●トランスミッション:6速AMT(MDS)
●駆動方式:FR
●0→100km/h加速:5.2秒
●最高速:275km/h
●車両価格:1512万円(2006年)

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