メルセデス・ベンツCLクラスはSクラスベースのフラッグシップクーぺ。現在は「Sクラスクーぺ」と呼ばれるが、1996年登場のC140型、1999年のC215型、そして今回紹介する2006年のC216型の3代にわたって、「CLクラス」を名乗っている。5代目SクラスW221型の登場から約1年後に姿を現した、2006年当時の最高峰ラグジュアリークーぺの魅力を振り返ってみよう。(以下の試乗記は、Motor Magazine 2006年12月号より)
Sクラスをも上回るほどの快適性
「これ、もしかしてSクラスより良くない?」、乗り込んで走り始め市街地から高速道路へと、10分も経たぬ辺りから端々からじんわりとそういう印象が伝わってきた。
動力性能でも運動性能でもなく、乗り心地がSクラスよりも優れているとすれば、それはちょっとした事件だ。50年余に渡るメルセデスのフルサイズクーペの歴史に比べれば、僕の経験値は全然幼い新型CLの3世代前、C126の560SEC辺りからだが、その範囲内での過去にSクラスを上回る快適性をクーペの側に感じたことはなかった。
短縮されたホイールベースのぶん、若干スポーティに設定されたサスペンションが正直に乗り心地に反映される。意気で選ぶクーペなんだから多少のことは仕方がないと、そういう風に思っていた。
新しいCLクラスの仕立て自体は今までと変わりがない。乱暴に言えばSクラスの短縮版シャシにオリジナルのボディを被せるという、フルサイズクーペの定番的な成り立ちだ。クオーターウインドウも開閉するピラーレスのサイドウインドウ、上側に弧を描くパノラミックなリアウインドウといったグラフィックもアイコンとして継承される。
その一方で、先代のCLが代々のクラシックモデルから引っ張ってきた、オープンカーにハードトップを載せたかのようにみせるA・Cピラーの割線は再び省かれることになった。デザイナー曰く、塊感のあるダイナミックなフォルムを目指しての廃止だというが、独特の優雅なギミックだっただけに少々惜しい気もする。
スポーティドライブなら選ぶべきはCL500
CLクラスに搭載されるエンジンはS500/S600と同様の2種類。CL500に搭載される新世代の5.5L V8は7Gトロニックとの組合せでこの大柄な車体ながら0→100km/hを5.4秒で、そしてCL600に搭載される5.5L V12ツインターボは5速ATとの組合せで同じく0→100km/hを4.6秒で加速させるというスペックだ。
足まわりは先駆けてS600に採用された、油圧式シリンダーとガスダンパーを併用する「ABC(アクティブボディコントロール)」が両グレードに標準装備される。
速度や加速度に応じた入力の種類を瞬時判定し、発進・旋回・停止に至るあらゆる場面でのピッチングやローリングを抑え込むほか、60km/h超の領域で車高を10mm下げ、重心高や空力特性の向上にも寄与させるこのシステムは、すでに熟成されているエアマティックDCと並んで、メルセデスのアッパーグレードにおいての基幹技術となるであろうものだ。
この他にもCLクラスは先進技術の搭載をウリとしてきた代々の伝統を踏まえ、数々のデバイスが惜しみなく投入されている。
中でも注目すべきは、車間距離保持と制動制御が組み込まれたレーダークルーズコントロール「ディストロニック」が、さらにブレーキとの連携が強化された「ディストロニックプラス」へと進化したことだ。クルーズコントロールのオンオフにかかわらず前車との距離を常に把握し、追突の危険を察知すると警告と共にブレーキを掛けるといった機能が追加されたこれは、不意の急制動を強いられる日常的な場面で、きちんと有り難みが実感できる。
スポーティドライブを念頭にCLを求めるなら、選ぶべきはやはりCL500の方だろう。2トンに達する巨体に対しても、5.5L V8は十分なパフォーマンスをもたらしてくれる。V型12気筒を積むCL600に対しての鼻先の軽さはやはり歴然だ。
時に軽いとすら思えるCL500のフットワークは、間違いなくABCの賜物といえる。つづら折れの急激な切り返しに対してもアンチロールの制御はまったく違和感がなく、しかも奥が深い。ロールをパチンと跳ね返すことでリジッドなフィーリングになることを敢えて嫌い、少量の初期ロールを許しながら、その奥でズシッと重く、かつ柔らかくその巨体を抑えきる。コーナーだけでなく加減速やギャップ通過時のピッチング制御も然り。アクティブという言葉から連想するトゲトゲしさは微塵もなく、いかにもメルセデスらしい人当たり優しくコシのある乗り味が醸されている。
この乗り味はエア式単独ではなく、油圧シリンダーにガスダンパーを併用するという複雑な構成によるところが大きいのだろうが、その連携に不自然さを一切のぞかせない辺りはさすがとしかいいようがない。
CL500に比べればCL600の方は、やはり高速クルーザーとしての性格が強いクルマだ。なにせ強烈なトルクゆえ多段ATが使えない、それが逆に功を奏し、いかにもV12らしい、低回転域からの伸びやかな加速を能できる。踏めば恐ろしく速いのは確かだが、数字から想像するよりもエンジンの躾は紳士的で、不意に馬力をぶちまけて持て余すようなアクセルワークのシビアさもない。
シレッと凄まじい速さを見せつけるCL63AMG
ときに、今回の試乗では日にちを挟んで、CL63AMGにも乗ることができた。AMG初の自社設計を謳う6.2L V8は、件のV12ツインターボをも上回る525psを発揮、そのキャパシティでもって7000rpmを実用とするとんでもないスペックを有している。
ちなみにこれを受け止めるシャシは、もともとが500ps超を積む前提の設計だけに、ABCのアブソーバー減衰や前後足まわりのブッシュ、ステアリングの支持ブッシュ等のリセッティングに留まっているという。
ただしブレーキは390mm径のディスクにフルードへの熱害が少ないツインスライディングキャリパーを組合せて、万全の強化が図られた。
いざ乗ってみると、ここでまた驚かされたのは乗り心地の良さである。これまでのAMGモデルでは拭えなかったタウンスピードでの硬さはすっかり影を潜め、とにかく低速域からしなやかにアシが動いてくれる。低扁平タイヤなりの微振や大入力の痛さも、まったく感じられないとは言わないにせよ、相当のレベルまで丸め込まれていた。
まるでAMGとは思えないタウンスピードでの振る舞いは、後席を使う機会の多いS63AMGにとってより有益だが、ここでもCL63AMGがまったく見劣りない乗り心地の良さをみせていたのが印象的だ。
0→100km/hをCL600と同じ4.6秒で加速させる6.2L V8は、上質感すら感じさせるこの乗り心地に歩を揃えたような、上品な出力特性を持つ。瞬発力という面では先代のV8コンプレッサーに見劣りするが、こちらはパワーの伸び、そして吹け上がりの精緻なフィーリングに大きく長けた面がある。これまでのように蹴飛ばされたようなわかりやすい速さはないものの、新たなAMGはあくまで滑らかにシレッと凄まじい速度に導くキャラクターを得たわけだ。
さらに今回、メルセデスのトップレンジ補強はCLクラスに留まらず、Sクラスに4マティックが追加されている。これまでのマグナ・シュタイア設計から自社設計へと切り替えた4WDシステムは、センターデフにプラネタリー式を用いたフルタイム式で、軽量化とフリクションロスの低減が図られている。駆動配分は45:55と若干リア側に振られた点は、従来のサルーン用4マティックのセッティングと同様だ。
試乗車は3.2Lディーゼルとの組合せ(Sクラス初のディーゼル4マチックである)だったが、動力性能はまったく不足がなく、かつ4WDゆえに免れないステアリング周りの駆動ノイズをディーゼルエンジンの微振が巧くマスキングしてくれる点が印象的だった。(文:渡辺敏史/Motor Magazine 2006年12月号より)
メルセデス・ベンツCL500 主要諸元
●全長×全幅×全高:5065×1871×1418mm
●ホイールベース:2955mm
●車両重量:1995kg
●エンジン:V8DOHC
●排気量:5461cc
●最高出力:388ps/6000rpm
●最大トルク:530Nm/2800-4800rpm
●トランスミッション:7速AT
●駆動方式:FR
●0→100km/h加速:5.4秒
●最高速:250km/h(リミッター)
※欧州仕様
メルセデス・ベンツCL600 主要諸元
●全長×全幅×全高:5065×1871×1418mm
●ホイールベース:2955mm
●車両重量:2185kg
●エンジン:V12SOHCツインターボ
●排気量:5513cc
●最高出力:517ps/5000rpm
●最大トルク:830Nm/1900-3500rpm
●トランスミッション:5速AT
●駆動方式:FR
●0→100km/h加速:4.6秒
●最高速:250km/h(リミッター)
※欧州仕様