スタイリングから感じるダイナミズムとエレガントさ
ここ日本市場に於けるメルセデス・ベンツにとって、2006年は完全に勢いを盛り返し、さらには次世代へ大いに期待を繋ぐ結果を残すという、まさに大成功の1年だったと言えるのではないだろうか。11月までのデータだが、販売台数は4万台で前年比8.6%増。世界市場でもメルセデスの販売は8.4%増と好調に推移しているが、特に日本の場合は市場全体が引き続き冷え込み、輸入車もマイナス0.3%と減少傾向が続いている最中だけに、これは大いに価値があろうというものだ。
何しろ2006年はニューモデルラッシュだった。これが好調の要因となったことは疑いようがない。大きなものだけでも、ブランニューモデルのBクラス、RクラスにGLクラス、話題を呼んだ新世代ディーゼルエンジンを搭載しての登場となったEクラス、さらにはAMGによる初の独自開発エンジンを積んだ63AMGシリーズといった辺りが思い浮かぶが、それ以外にも車種追加や特別仕様を合わせると、まさに毎月のように話題が提供されたのだ。
しかし好調の要因は、製品攻勢だけにあるのではないはず。むしろその製品それぞれの内容がいよいよ充実度を増してきたことこそ挙げられるべきではないだろうか。端緒となったのは2005年末に導入された新型Sクラス。その比類なき完成度の高さは、まさにメルセデスが帰ってきたと思わせるに相応しいものだった。
1990年代中盤からそれまでの路線を大きく転換してコストとマーケティング、そして台数を重視するようになったメルセデスが、それと引き換えに一時期商品としての魅力を薄れさせてしまっていたことは事実。しかしメルセデスは今や完全に復活した。フラッグシップたるSクラスの堂々たる出来映えは、それを大いに実感させてくれるものだった。
そんな充実した1年の締め括りとして投入されたのが、実に7年ぶりの全面刷新となる新型CLクラスだ。
この価格帯の高級クーペ市場はここ数年、年間1200台ほどの規模で推移しているという。しかしその内訳は数年前とは一変しており、ベントレーやアストンマーティンがシェアを伸ばしつつあるのが現状。それだけに新型にかかる期待は大きい。
CL550、CL600、CL63AMGという3モデルを揃えるこの新型CLクラス、何よりまっ先に目が行くのはそのスタイリングだ。全長が75mm、全幅が15mm、全高が20mm拡大されたそのボディは、かつてないほどのダイナミズムを感じさせながら、同時にこの上なくエレガントでもあるという卓越した存在感で彩られている。
1960年の220SEクーペをモチーフとするアーチ状のリアクオーターピラーやラウンドしたリアウインドウは先代から継承。後端に向けてなだらかに下降するトランクリッドも優美な印象をもたらす。一方、前後のフェンダーにはSクラスで提案された大胆な処理が引用され、力強さを演出している。
このスタイリングには、実はこんな風に冷静に語れないくらいグラッと来てしまった。特にAMGモデルのキマり具合はこれまでのAMGモデルとは一線を画し、むしろこっちが標準でも良いのではと思えたほど。
そう思ったらダイムラー・クライスラー日本のCLの商品企画担当氏も同じ意見だったらしく、真っ先にデリバリーされるCL550の初期導入分では、AMGスポーツパッケージの割合が通常よりかなり多めになっているのだそうだ。
ただし、実際にはAMGスポーツパッケージとAMGモデルでは、デザインのそこかしこに違いがある。目立つ所ではフロントグリルの意匠やディフューザー構造とされたリアバンパー下部などがAMGモデルに反映されたこだわり。それなりの対価を支払ってAMGを選ぼうという人も、これでしっかり満足感を得ることができるというわけである。
Sクラスとは違ったCLクラス独特の味わい
インテリアの眺めは一見、ベースとなったSクラスとよく似ている。しかし実際はセンターコンソールの形状等々、ワイド感や格調といったものより、パーソナルな囲まれ感がより強く意識されていていることが理解できる。
機能面もほぼSクラスに準じているが、装備はさらに充実している。ナイトビューアシストは全車に標準装備とされ、他にもCOMANDシステムやセミアニリンレザーシート等々、およそ考えられるものは余さず奢られていると言っていい。
さらにCL600には、デジーノV12エクスクルーシブなるパッケージも設定された。これは事実上何でもできてしまうAMGほどではさすがにないものの、内外装の組み合わせに非常に多くの選択肢を用意して、自分だけの特別なCL600をつくり上げることができるというもの。S600に設定されているものとほぼ一緒である。
ちなみにS600の場合、これを選択した人の割合は14%にも達しているという。税込み115.5万円也の高価なオプションだが、よりパーソナルな存在感のCL600では、さらに装着率が高まるのは間違いない。
今回試乗できたのはCL550と、そのAMGスポーツパッケージの2台。キーを受け取るのももどかしく、走り慣れた街中やワインディングにてその真価を体感してみた。
ドライバーズシートに座ってダイレクトシフトのコラムシフトレバーをDへと動かし走り出した最初の印象は、やはりと言おうか、Sクラスによく似ている。メーターパネルの意匠やステアリングの軽い操舵感、そこから掌に伝わる手応えなどが、何よりそう感じさせるのだろう。
しかし十数メートルも走らせれば、そこにある独自の味わいに気付かされるはずだ。CLクラスのサスペンションは全車ABC(アクティブボディコントロール)が標準装備。微低速域ではエアサスペンションよりやや引き締まった感じをもたらし、さらに速度を上げていくと、他では決して味わうことのできない分厚い絨毯の上を滑らせているかのような、あるいは浮遊感という言葉を使ってもいいほどの滑走感を味わわせてくれるのだ。
しかもこのABCは第2世代と呼ばれるもので、メカニズムはすべて一新。具体的な効能としては最大ロール角を45%も低減したという。しかし正直なところ、従来のABCも車体を常にフラットに保ち、初期ロールの速度を抑え、大きなギャップやうねりをバネ下だけでしなやかにいなしていくといったボディコントロールはきわめて巧みだっただけに、違いはそうハッキリとはわからなかった。要するに、相変わらず乗り味は垂涎モノだということである。
新型CLクラスが単なるラグジュアリーカーではなく、やはりまごうかたなきクーペなのだなと実感させるのが、ワインディングロードでの身のこなしだ。コーナーに合わせてステアリングをじわりと切り込んでいくと、大柄なサイズにもかかわらず応答性は非常に素直。そしていざ旋回姿勢に入っても、想像以上にアンダーステアは小さく、ドライバーを軸とする感覚で軽快にコーナーを抜けることができるのだ。
Sクラスより短いホイールベースがその一因であることは容易に想像がつくが、他にもいわゆるピラーレス構造でありながらまったく不足を感じさせない高いボディ剛性、そしてABCの巧みな制御等々が相まって、この心地良いフットワークは演出されているのだろう。こうなると個人的にはもっと生き生きとしたステアリングフィールも望みたいところだが、それはCLのキャラクターではないのかもしれない。
動力性能も期待に十分応えるものだ。パワーユニットはお馴染みのV型8気筒5.5L DOHC。当然、そのパフォーマンスに文句をつける余地など皆無だ。極めた滑らかさと実用域の力強いトルクによって普段使いの場面から上質な印象をもたらす一方で、スロットルを深々と開けていけば、豪放なまでの吹け上がりとサウンド、そして迫力のパワーで胸のすく走りを披露してくれる。
しかも、そんな局面ですら振る舞いはあくまでジェントルなのだから、その調教ぶりはやはり大したもの。もちろん、それには変速スピードを向上させた7Gトロニック・スポーツの貢献度も小さなものではないだろう。
欲を言えばスポーク裏側左右に付けられたM(=マニュアル)モード用のシフトスイッチがパドル形状になっていればもっと良かったのにとは思う。Sクラスとの差別化にも繋がったはずだ。
AMGスタイリングパッケージも乗り心地にはそれほど大きな差はない。ギャップを拾った時など、やや硬めかなとも感じたが、それ以外は19インチタイヤを履いているとは思えない快適さと言える。
ただしハンドリングの面では、若干のネガが感じられた。さすがにバネ下は軽くはないのだろう、ステアリング操作に対するリニアリティがいまひとつで、アンダーステアもかなり強め。いったん旋回姿勢に入ってしまえば変わらぬ小気味良さを感じさせてはくれるのだが、全体にやや鈍重な印象である。
他に気になったのは、車重があるだけに攻め込むとブレーキが甘くなるのが早いということ、そしてなまじ室内が静かなだけに、時にロードノイズが耳障りに思える場面があるということくらい。つまり大きな不満は事実上なかったと言っていい。
また、ついでのようになってしまったが室内空間は非常に余裕があり、前席を身長177cmの僕のポジションに合わせても、後席は狭苦しさとは無縁。ピラーレス構造であることも幸いして閉塞感もなく、大人2名がリアに乗っても十分快適に過ごすことができそうだ。ラゲッジスペースも奥行きたっぷりで、2人ではとても使い切れそうにないほど。人も荷物も目一杯積み込むようなクルマではないが、そんな部分にまで隙を見せない至れり尽くせりの配慮が、この上ない贅沢を醸すのだ。
さて、この新型CLクラスを自分で買うとして、悩ましいのはスタンダードなCL550にするか、AMGスポーツパッケージを選ぶかということだ。率直に言って走りなら前者。しかし後者のアピアランスを見ると気持ちがグラついてしまう。普段なら見た目にはそれほど左右されないつもりなのだが、華やいだ存在感こそクーペを選ぶ動機の大きな部分を占めるだけに、走り重視でとはとても言い切れない。
個人的なことを言えば、さすがにこのクラスのクーペはまだ似合わないし、いささか落ち着き過ぎでもあるので真剣には考えられないが、それでも思わずアレコレ想像を巡らせてしまいたくなる魅力が新型CLクラスにはある。スタイリングはダイナミズムとエレガンスを、走りは快適性とスポーティさを、それぞれこの上ないほど見事に融合させた手腕には心底圧倒させられてしまった。
ついでに余計なお節介を言うと、もし僕と同じくらいの年齢ながら経済的に十分に射程圏内にあるという方には、是非CL63AMGにも注目していただきたい。スタイリングの個性は一層際立っているし、V型8気筒6.2Lのエンジンに専用設定のシャシなどで入念に躾けられた走りは我々世代にも十分刺激的に違いないからだ。(文:島下泰久/Motor Magazine 2007年2月号より)
メルセデス・ベンツ CL550 主要諸元
●全長×全幅×全高:5075×1870×1420mm
●ホイールベース:2955mm
●車両重量:2000kg
●エンジン:V8DOHC
●排気量:5461cc
●最高出力:387ps/6000rpm
●最大トルク:530Nm/2800-4800rpm
●トランスミッション:7速AT
●駆動方式:FR
●車両価格:1520万円(2006年)