ミッドシップとは思えない高速域でのスタビリティの良さ
社長のDr・ヴェンドリン・ヴィーデキングの大英断の下に開発に着手し、1996年に発売されたミッドシップ2シーター・ロードスターであるポルシェ ボクスターの販売は順調で、年間1万5000台から、多いときには2万台を販売して、ポルシェプログラムの一角をしっかりと担う存在になっている。
その後、2004年にデザイン変更とパワーアップが行われて987型へと進化、2007年モデルでフェイスリフトが実施され、当初2.4Lからスタートしたエンジンは、今やスタンダードのボクスターが2.7L(245ps)に、ハイパワーバージョンのボクスターSは、3.4L(295ps)へと成長している。
また、わずかながら使い勝手の改良も行われている。たとえば、トランクルーム内にむき出しになっていた冷却水とオイルの注入口はきれいにカバーされて、トランク内の収納物を汚さないようになったというようなところだ。
レポーターは、ドイツで初期型から現行モデルに至るまで、すべてのモデルに試乗する機会があったが、今回、この2007年モデル(ドイツの車検証には型式987、車名ボクスターと記載されている)をさっそく検証してみることにした。
試乗モデルはベーシック・ボクスターで、搭載されるエンジンは改めて言うまでもないが、水平対向6気筒で排気量は昨年までのモデルと変わらず2687ccである。しかし、最高出力は245ps/6500rpm、最大トルクも273Nm/4600rpmとわずかながらアップしている。
メーカーのスペックシートに記載されている走行性能を見ると、スタートから100km/hまでの加速所要時間が6.1秒、最高速度は260km/hとなっている。
キャビンは相変わらず大人二人がゆっくりと乗ることができる空間を持っており、このクラスのミッドシップスポーツカーに感じられることがありがちな圧迫感はまったくない。
過去の伝統に則った儀式、左手でスターターキーを回す。もちろん読者の多くはご存知だと思うが、ポルシェが常勝したル・マン24時間レースに於いて、ドライバーがクルマに駆け寄ってエンジンを掛けてスタートするという、いわゆるル・マン方式スタートの際にドライバーが左手でキーを捻ると同時に、右手でギアをローに入れるという秒単位を競う過程の中から生まれたレイアウトだ。
ちなみにホンダS2000におけるスタータースイッチが、欧州仕様ではドライバーの左手、国内仕様で右手にあるのはレースとの関係ではなく、ドライバーの責任となる重要な操作系は助手席にいるお客さん(子供かもしれない)に悪戯されたり、あるいは間違ってスイッチを押されないためという創立者である本田宗一郎氏の哲学からきているそうだ。
いや、話が逸れた。ここで言いたかったのはスポーツカー作りにはそれぞれ設計者のこだわりがあるということである。ボクスターに戻らねば……。
というわけで、ボクスターのコクピットに座りイグニッションキーを回した。すると基本的なバランスの取れた6気筒水平対向エンジンは、一瞬のためらいもなく、シュンッと回り、すぐに安定したアイドリングが始まる。気難しさなどは一切ない。乗用車とまったく同じ感覚で接することができる。
ドライバー正面のナセル内には、7000rpm以上がレッドゾーンのタコメーター、その左には280km/hまでのスピードメーター、反対側には水温計と燃料計がある。
操作するときに、やや抵抗感がありながら、ストロークが長く正確さにはやや欠けるボクスター独特の6速マニュアルは、なぜかドライビングするときの緊張感を和らげてくれる。
回転を上げるにつれてエンジンサウンドは、遠くから聞こえてくる低いチェーンソーのような音で、すぐに慣れる。加速性能はとくにずば抜けているというわけではないが、息の長い中間加速は気持ちいい。とくにバリオカムが切り換わるあたりからのスタッカートは、耳でなく心に染みわたるようだ。
また、高速域でのスタビリティは、ミッドシップとは思えないほどしっかりしており、わずかにステアリングに手を添えておくだけで、ボクスターは200km/h以上でも、文字どおり矢のように突き進んでゆく。
一方、コーナーではミッドシップ独特の回頭性の良さで、ステアリングをわずかに切っただけで、ボクスターのノーズはその方向に1mmの誤差もなく進んで行く。
コーナリング特性は、ほとんどニュートラルと言えるもので、たとえオーバースピードで進入してしまったとしても、トリッキーな荷重移動は起こらない。その前にESPが車体を制御してくれるので、初心者にも安心である。
さらに、ブレーキ性能は世界の自動車メーカーが教えを乞いに来るほどで、ポルシェの制動力、コントロール性、そして、ペダルの剛性感と、どれをとっても文句のつけようはない。
多くのライバルは量産モデルのコンポーネントを使っている
さて、話を「ボクスターは買いか?」というテーマで進めてみようと思う。ポルシェの中でも、もっとも一般人の手の届きそうなプライスタッグ「579万円」を下げたボクスターだが、それでもこのクルマの周辺にはいまや大勢の強力なライバルが存在する。
しかもこのライバル連中は、いずれもかなりな性能を持っており、それにもかかわらず価格はだいたいボクスターよりも安い設定となっている。
日本での価格を比べてみても、BMW Z4ロードスター2.5i(443万円)、メルセデス・ベンツSLK280(615万円)、また日本ではまだ価格が発表されていないが、アウディTTロードスターも2.0TFSIは500万円以内には収まると想像できる。また、ヨーロッパやアメリカでは、比較としてホンダS2000や日産の350Zロードスターなども挙げられるが、これは日本では価格差が大き過ぎるので、ちょっと番外としておこう。
要するに、これらライバルの利点はS2000を除いて、いずれも量産モデルのコンポーネンツを流用していることで、結果的に、とくに装備品を含めた場合に、価格差が出てきてしまうのである。
そんなわけで、ボクスターはコストパフォーマンスが悪いとよく叩かれる。しかし、それは問題を取り違えている。まず、ボクスターは最初からボクスーのためにエンジンが、そしてボディが専用開発され、専用に生産されているのである。しかも、その台数は多くても年間2万台である。
ここにスポーツカー専用メーカーとしてのポルシェの、そしてボクスターの特質、別の言い方をすると「味」があるわけだ。
それは0→100km/hの加速所要時間など、数字では表すことのできない音、佇まい、触感、すべてを含むエクスクルーシブなスポーツカーとしての個性である。しかし、残念ながらこうしたポイントは、カタログを並べての比較はもちろん、自動車専門誌のテストでもなかなか評価の対象には上がってこないのである。
ポルシェを買うこと、ボクスターに乗ることは、ポルシェの哲学を手に入れることなのだ。哲学というものはどれが良いかという比較の評価はできない。あなたが「果たして満足することができるのか?」ということが重要なのだ。
ちなみにレポーターは、もう14年間もの間、964型の911に乗り続けている。3.2Lの250psエンジンは、いまや自慢にもならないほど非力であるように感じる。また、リアのセミトレーリングアームも、時代に置き去られたような挙動を示す。それでも乗り続けているのは、当時の設計者ホルスト・マーヒャルト氏とのポルシェ哲学に関する対話が耳に残っているからである。
クルマというものは、感情移入ができる不思議な工業製品である。とりわけポルシェは、その典型的な存在である。このブランドを選んで後悔した人を私は知らない。ポルシェというのは、そういうクルマなのである。(文:木村好宏/Motor Magazine 2007年4月号より)
ポルシェ ボクスター 主要諸元
●全長×全幅×全高:4329×1801×1292mm
●ホイールベース:2415mm
●車両重量:1305kg (DIN)
●エンジン:対6DOHC
●排気量:2687cc
●最高出力:245ps/6500rpm
●最大トルク:273Nm/4600-6000rpm
●トランスミッション:6速MT
●駆動方式:MR
●最高速:260km/h
●0-100km/h加速:6.1秒
※欧州仕様