タイトル写真:今回の鼎談の出席者、左からプロカメラマンの小林氏、富士フイルムの上野氏、アウディジャパン広報部の小島氏。上野氏の前に並ぶのは歴代X-Tモデルで右からX-T1(2014年1月発表)、X-T2(2016年7月発表)、X-T3(2018年9月発表)、そして今回の鼎談テーマであるX-T4(2020年2月発表)。可愛らしいウッドモデルは、小林氏に持参していただいた貴重なアウディ初代TTクーペ発表時の記念品。
時を越えるモノ造りが導くブランドのイメージ
小林 富士フイルムのカタログでアウディR8を撮影させていただき、次にTTを……ってなったとき、上野さんに「初代TTと現行TT、どちらも借りれるんですけど、どっちがいいですか」って聞いたら……。
上野 もう、すぐ「こっち、初代のほう」って言いました(笑)。一も二もなく。
小島 実は初代TTの日本導入から2019年でちょうど20周年、何かやろうという話が持ち上がったんです。初代TTは、そのシンプルで合理的なラインのデザインから、「バウハウス的」と呼ばれることが多いんですが、その語源である美術学校のバウハウスも2019年に創立100周年だった。そこで日本全国5カ所で行われるバウハウス展をアウディジャパンがスポンサードして、そこに初代TTを持っていこうと。ところが自社に初代TTがなくて、市場から程度のいい車両を購入してレストアすることになりました。それがこのクルマです。
小林 オリジナルの状態に興味があるんですが、市場に流通している中古車はだいたいどこかいじられてますよね。
小島 やはりアウディジャパンとしてこだわったのは、最初の年にデリバリーされたロット、左ハンドルのMT仕様車というところです。しかしこれが意外になくて、ようやくこの走行7万5000km、事故歴なしの車両を見つけました。愛知県豊橋市にあるアウディのスペアパーツを全国に供給する、フォルクスワーゲングループジャパンのパーツデポには、レストアに必要な部品の7割強の部品を24時間以内に手配することができました。ほか、ドイツから取り寄せたもので9割強のパーツが揃い、どうしても手配できなかったものはワイパーアームなど、ごく一部でした。クルマのレストアに携わってくれたのは社内のクルマ好きたちで(笑)、期間はおよそ1カ月間くらいでしたね。
上野 でもモノを売る立場からあらためて見ると、これをこのまま売ろうという、その覚悟がすごいですよね。売れなかったらどうしようとか、思わなかったんでしょうか(笑)。
小島 これ、初代TTモデルの開発秘話になるんですけど、そもそもはエンジニアとデザイナーが「こんなクルマ作りたいね」って、日常業務じゃないところで話を進めていたプロジェクトだったようです。いわゆる「スカンクワークス」っていうか。
上野 アウディらしいですね。
小島 それであるとき、1970年代・1980年代にクワトロやアルミボディの開発を指揮し、アウディのトップに就任、その後フォルクスワーゲングループの会長となったフェルディナント・ピエヒに「実はこんなプランがあるんですが」と上申したら、すぐに「やれ」と即決だったとか。ただ、そもそものプランはロードスターだったんですけど、まずはクーペからというのが条件だったそうです。
小林 初代TTがデビューしたとき、このカテゴリーのクルマってなかったんですよね、実は。あえていうなら、ぎりぎり日産のフェアレディZがひっかかるかなってくらいで。そういう比べるものがないカテゴリーに打って出ていくアウディって、すごいなって思いましたし、驚きました。スポーツカーのR8でも、それは繰り返されるわけですが。
五感そのものに訴えてくる時代を超えるデザイン
小島 現行のTTは三代目モデル、私のプライベートのクルマも三代目TTです。ただこの初代TTで1年間、いろいろなイベントを回りましたが、現行型TTと比べてもぜんぜん古さを感じないんですよね。たしかに二代目、三代目と世代とともにこのカテゴリーの「スポーツカー」としてのエッセンスを身に付けてきたと思いますが、やはり初代は座った感じ、パッケージがユニークです。サイドシルもかなり高い。
小林 このデザインは秀逸ですよね。エクステリアもインテリアも、丸をモチーフにイメージを共通化している。
小島 エアコン吹き出し口やオーディオのカバーもアルミ素材を使用していました。こだわりが凄いです。
上野 実はお世辞でも何でもないエピソードなんですけど、ある外国の写真家とカメラのデザインについて話をしているときに言われたんですよ。「アウディTTみたいに、一発でわかる個性と魅力のあるデザインを、Xシリーズでもやるべきだ」って。でも、そのあとにすぐ「ただし初代のTTだぞ」って(笑)。それくらい、このモデルのインパクトってすごかったんだなって。
小林 今回、X-T4のカタログ撮影用にこの初代TTをお借りしてドライブしましたが、小島さんがおっしゃるようにぜんぜん古さを感じないですよね。インパネまわりとかからも。
上野 私自身は、もう少し古い年代のクルマに乗っていますので、余計にそう感じます(笑)。
小林 現行モデルをアピールしている小島さんを目の前に言うのも失礼ですが、やっぱり初代モデルはいいですよね。
小島 初代TTで一番気に入っているのは、この斜め後ろからのアングルです。目に焼き付いています。
上野 本来のデザインにリアスポイラーはなかったんですよね。
小島 はい。ただスポイラーのないオリジナルのデザインですと、高速域でリアがリフトするケースが指摘されたのです。
小林 デザイナーにとっては譲れないところだったでしょうね。
上野 そうでしょう。でも機能を考えたら付けざるを得なかったんでしょう。
小林 それと、さすがにコンセプトモデルのような2シーターにはできなかったんですね。
上野 ミニマムとは言え、リアシートがあるとないとでは、結構違いますからねえ。
小島 やっぱり最低限の実用性は必要ですから。これ、リアシートを倒すとそれなりに荷物を積めるんですよ。
小林 撮影機材一式の搭載も大丈夫でした。
小島 今では決して速くはないんですけど、そういう価値観とは異なるクルマなんです。当時はアイドリングストップ機構やバックモニター、コーナーセンサーもない。だけど、今でもとてもいい。
小林 さっきお話のあった「五感」なんですかね。
上野 デジタルカメラも、こういうモデルを作ろうって、私はいつもチームのメンバーに話してるんです。10年前のモデルだけど、時を超えていまでも使いたくなるような。でもカメラの世界ってまだ進歩が早くて、なかなかこういう領域にたどり着けないんです。
小林 でも、上野さんの好きなX-Proシリーズがあるじゃないですか。
上野 そうですね。X-ProシリーズとX100は、時を経ても使いたくなるようなカメラにしたいと思い、作りました。一方でX-Tシリーズは小林さんみたいなプロに使い込んでもらわないといけないので、外観は似せてますけど、中身はどんどん進化させています。
小島 初代TTの欧州デビューは1998年で、コンセプトモデルがそれより3年前、1995年でした。この時期はアウディというブランドがミレニアムに向かって新しく、再定義されていくタイミングで、このあとにデビューするA6をはじめ、当時のアウディ各モデルにディテールが受け継がれていくわけです。
上野 1997年のA6ですね。あれも衝撃でした。とくにリアのスタイルが。これいまでも継承されてますよね。こうして改めてアウディの初代TTクーペを間近で見ますと、やっぱりデザインが突き抜けてますよね。世の中のプロダクトって、突き抜けてこそ、存在感を示すことができるのかもしれません。ただ、一方で実用の道具でもあるわけです。そことの折り合いの付け方は難しいと思います。
小島 本当に傑作だと思います。
陳腐化しない価値観の実現を目指して突き抜けること
上野 ところで今日はみなさんにご愛用のカメラ、そしてレンズもお持ちいただきました。私が持ってきたのは「突き抜けた」という意味で初代TTに非常に近い、X-Pro3です。これは2019年10月に発表させていただき、賛否両論、そこまで言われるか(笑)というくらい言われたカメラなんです。まずこの外装ですが、トップカバー、ベースプレートの材質にはチタンを採用しています。チタンというのは曲げても戻ろうとするスプリングバックという特性が非常に強く、成形の難しい素材なんです。トップカバーのハの字になっている部分は、先代のPro2でも使われていた意匠ですが、これをチタンで造形するのはすごく大変なんです。またPro1、Pro2にもあったウェーブラインというプレスラインも、チタンでの再現が難しいのでフラットにしようという話もありました。しかしデザイナーが絶対にイヤだと。それを協力会社である成形メーカーに話したら、何とかやってみましょうということで実現できました。また表面にはシチズン時計さんの技術である「デュラテクト™️」加工を施しています。これは非常に強固な表面強化加工で、カッターで切りつけてもキズつかないんです。
※DURATECT(デュラテクト)はシチズン時計株式会社の商標、または登録商標です。
小島 凄いですね。
上野 先ほど、時を超えるデジタルカメラを作るのは難しいというお話をしましたが、これがそうした課題への、富士フイルムの答えのひとつです。チタンのボディと「デュラテクト™️」加工で、いつまで経っても古びない、美しいボディのままであるということです。そして機能面での極めつけが背面のサブ液晶です。これは一般のデジタルカメラの液晶と異なり、昔のフィルムカメラでフィルムのラベルを入れていた小窓をイメージしたものです。そしてただの飾りではなくて、この画面を見ながら「フィルムシミュレーション」を変えることができるんです。感度やホワイトバランスを変えるとここの表示も変わる機能もが盛り込まれ、たとえば「Velvia1600/タングステン」とか、リアルなフィルムではありえない設定も可能なんです。そして撮影画像を確認する液晶「HIDDEN LCD」は、背面のパネルを開いてようやく出てくる。このコンセプトも、フィルムカメラの時代をイメージしたものです。フィルムカメラの時代は1枚撮るごとに確認するなんてことはなかった。それがデジタルになり、撮ったら確認するのが当たり前になってしまった。小林さんにうかがいたいんですけど、撮影した画像を見ると、集中力って途切れませんか?
小林 途切れます。だからサーキットでの撮影では、安全を考えてなるべく手元を見ないようにしています。「コースから目を離すな」っていうのが、レースカメラマンに長く語り継がれてきた常識で、フィルムの時代は手探りでフィルムを交換していたくらいですから。
上野 プロの方は意識してできるんですが、私も含めアマチュアは、あると見ちゃうんですよね。「ここに答えがある」って。そして見て安心する。液晶があるがために、露出をもう少し変えたほうが、被写体を少しずらしたほうがいいんじゃないかといった、想像力を働かせることを止めてしまっていると思うんです。つまりフィルム時代の写真にすごく魅力があるのは、撮影者が確認して安心することなく、より高い完成度を求めてしっかりと被写体と向き合っていたからなのかなあ、と。そこで、昔のフィルムの時代を思い出していただきたくて、液晶を隠してしまった。ただその一方で、液晶を引き出してウェストレベルファインダーとしても使えるようにもしています。このようにX-Pro3は、当社のモデルだけではなく、すべてのデジタルカメラのなかで、初代TTなみに尖っているんじゃないかと思っています。
小島 カメラ好きならではの、とても思い切ったアプローチですよね。
上野 まあ、ある意味、よく製品化させてもらえたと思います。
小林 そうやってこだわって「これがうちのカメラだ」と世に出すことが、すごく大事なんだと思います。そういう姿勢のメーカーがあることが、本当に必要なんです。
イメージだけではなく形になり製品になるから次がある
上野 この機種をやってすごく良かったと思うのは、こだわったのは私だけじゃなかったってことです。「サブ液晶」や「HIDDEN LCD」は、若い商品企画マネージャーと開発者が一緒になって提案してきたものです。チタンや「デュラテクト™️」加工もそう。そういったこだわりを、「あれ、こいつこんなにこだわるやつだったっけ?」というメンバーが、どんどん出してくる。そのような過程を経て、このカメラができあがっていったんです。商品企画を10年担当させていただいてますが、チーム全体がこだわり、ここまで妥協しなかったカメラは過去にありません。
小林 話を聞いていると欲しくなってきました(笑)。
上野 ただ、ここだけの話ですが、爆発的に売れる訳ではないんです(笑)、ここまで突飛なものを作ると。皆さん、褒めてはいただけるんですが、「自分にはちょっと……」って(笑)。
小林 でもやはり、世に出すことは大事です。頭のなかのイメージじゃなくて、形になり、製品になるから、次のステップがある。それはTTも同じだったと思います。初代TTがあったから、そのあとのいろんなモデルにつながるわけで。
上野 スポーツカーの役割ってそうですよね。スポーツカーで大きく利益を出そうと思っているメーカーってごくごく一部で、やはり多くのメーカーにとってはブランディングリーダー的な役割なんだと思います。そういう役割という意味で、X-Pro3はTTに似ているかなと。
小島 私が愛用しているカメラは、先ほど(前編で)お話ししたように、XシリーズはX10からで、次にX-T1を買って。主な使い途は、低山ハイキングでのスナップ、仕事でのモータースポーツの現場、また、音楽が好きでライブにもよく通うんですけど、そこでアーティストの許可をもらい撮らせていただいています。今日、持ってきたのは、56mm f1.2とX-T3の組み合わせです。そういうライブの暗いところでも、シャッタースピードで有利なので。
上野 これ、フードは23mm用ですよね?
小島 はい。私のこだわりとしては、このフードが金属製だということです。フードの役割は金属でも樹脂でも変わりないのですが、金属は触れた時の感覚がいいですね。そのあたりは、初代TTに通じる部分があると思います。ボディはX-T1のあと、このX-T3を購入しました。X-T4にもとても興味があります。
上野 初代TTと二代目、三代目TTを比べて……みたいな話になりますが、実はX-T4よりもそれ以前のモデルの方が「写真機」として純粋な部分が多いんです。たとえばX-T4では手ぶれ補正機構を採用していますが、シャッタースピード1/20秒でも上手い人なら被写体を止めることができる。X-T3でもX-T4でもデバイスそのものは同じですから、写りは一緒です。つまり、X-T3は「撮影技術の介在するウェイトの高いトップエンドモデル」として、X-T4は「それに加えて、ちょっと楽ができるモデル」として併売しています。
小島 手ぶれ補正については、明るいレンズや感度を上げればなんとかなります。とはいえ、最新モデルには常に興味があります。
上野 末永くご利用いただければと思います。
小林 長く使っていく上で本当に嬉しいのが、これ富士フイルムの素晴らしいところだと思うんですけど、旧型モデルでもちゃんとファームウェアをアップデートしてくれるところですよね。
上野 ファームウェアのケアは、全モデルになるべく新しいものをという考えでやっていますが、X-Tシリーズのシングルナンバーモデルは我々が考えるトップエンドのラインナップですので、お買い上げいただくお客さまは「富士フイルム愛が強い方」だととらえ、最優先させていただいております。
小島 その点はみんな期待していますし、とても富士フイルムらしいところだと思います。
ソフトウエアの重要性と鍛え抜いた機能を備える「パーフェクトX」
上野 実はデジタルカメラって精密機械ですけど、半分はファームウェアでできているといってもいい、ソフトウェアの塊なんです。クルマも今後、自動運転とかが実用化されると同じようになっていきますよね。我々も事業部として車載レンズなどにかかわっていますけど、やはりソフトウェアの重要性は、カメラもクルマも同じです。ここが将来を決めることになると思います。
小林 私は最新のX-T4と大好きなレンズ、200mmを持ってきました。プロとして使う以上、最新のスペック、最新の性能を重視しています。いかに確実に現場で仕事をするかを考えると、持っているカメラの性能を目一杯使うことが大切ですから。
小島 レーシングドライバーと一緒ですよね。
小林 そうですね。そのクルマの、そのカメラの性能を引き出し、どう使っていくかというところで同じです。オーバースペックという言葉は我々にとってありません。性能を全部使い切れてこそ、プロだと思っています。
上野 連写もX-T3では秒間11コマが、X-T4では15コマになりました。
小林 コマ数は、あればあったに越したことはないんです。動いているものを、よりたくさん撮れる。スペックが高ければ、使い方の幅が広がります。そしてその広がりが、新しい表現を生むのです。
上野 レンズはいかがでしょう。
小林 気に入っているのは開放の良さですね。そしてカメラボディ側の良さが、色です。そもそも富士フイルムをなぜ使いはじめたかというと、色だったんです。Velvia、PROVIAを使っていたその色を、デジタルで出せる。ほかのメーカーのデジタルカメラを使っていたときは、フィルムの色をどう出すかをいつも考えながら仕事してましたが、富士フイルムのデジタルカメラとレンズなら、そういうことを考えずに撮影できるんです。
上野 さて、今日はいろいろカメラとクルマについて語っていただいたわけですが、やはり似ているところあり、同じようなところで苦労されているとわかり、私も大変勉強になりました。最後に小林さんに語っていただきました我々の最新モデル、X-T4は、趣味性を大切にしながらも、小林さんのようなプロフェッショナルに性能を認めてもらえるカメラとして王道の作り方をしています。最新モデルX-T4は、キャッチコピー的に「パーフェクトX」、つまりXシリーズでいちばん高いところに到達できたモデルだと思っています。昨今では不可欠な動画においても4K60pというハイスペックを実現しています。またXシリーズ初のバリアングルモニターを搭載し、撮影の自由度を高めるとともに、動画による情報発信のニーズにも応えております。秒間15コマの連写も、単にフォーカルプレーンシャッターをそれだけ早く動かせばいいという話ではなく、従来より2割以上もの速さで作動するシャッターに合わせた動体予測を行う演算性能を与えています。センサーとプロセッサーはX-T3からキャリーオーバーしていますが、いま十分に性能があるものはそのままで、それ以外の部分を徹底的に鍛え直し、X-T3で一歩及ばなかったところをX-T4で達成した、とご理解いただければと思います。APS-Cだからとか、2600万画素だとか、そういったスペックからだけではなく実際に手に取っていただき、その魅力と実力を確かめていただければ幸いです。
FUJIFILM X-T4/主な仕様
●有効画素数 約2610万画素 ●撮像素子 23.5mm×15.6mm(APS-Cサイズ) ●レンズマウント FUJIFILM Xマウント ●手ブレ補正 補正機構:センサーシフト方式5軸補正/補正段数:最大6.5段(ピッチ/ヨー方向) ●シャッター形式 電磁制御式縦走りフォーカルプレーンシャッター ●3.0型 バリアングル式タッチパネル付きTFTカラー液晶モニター ●動画 ファイル記録形式:MOV MP4 ●本体外形寸法 [幅]134.6×[高さ]92.8×[奥行き]63.8mm(最薄部 37.9mm) ●質量 約607g(バッテリー、 SDメモリーカード含む) ●参考実勢価格 X-T4:202,500円(税込)、X-T4/XF16-80mmF4 R OIS WRレンズキット:262,000円(税込)