機甲軍団をサポートしたドイツの小さな多用途軍用車
第二次世界大戦(WW2)で最も有名な軍用車が、四駆のジープであることは、読者の誰もが認めるところだろう。
しかし、ジープ(一般には開発したウィリスが有名だが、大多数はフォードの製造)は、敵のドイツ軍が数多く活用していた小型軍用車に対抗して開発された軍用車だ。ドイツ軍がさまざまな小型軍用車両を展開する中で、最も多く生産され利用されたのが、今回の主役「キューベルワーゲン」だ。
キューベルワーゲンは、F・ポルシェ博士の開発したフォルクスワーゲン(以下VW)タイプ1の軍用型として、1937年に開発が始まり、40年春からTyp82と呼ばれる量産型が前線に配備される。ドイツ語で「バケットシート自動車」を意味する愛称は、当時主流だった前席ベンチシートに対し、独立したバケットシートを備えるからとされている。
キューベルワーゲンには多くの特徴があるが、筆者が実車を目の当たりにして感じた長所は、「軽い」「簡潔」「合理的」「多様性」の4つが挙げられる。
まず、ボディサイズの割に軽い。725kgという重量は、小型軽量なVWのアルミニウム製空冷フラット4エンジンを後輪で駆動させる、RR(リアエンジン リアドライブ)の簡潔で合理的な方式を採用した結果だが、ボディもビード(補強のための凹凸)の入ったプレス鋼板を、フレームレスで箱型に溶接したセミモノコック/外殻構造とも言える、軽くて薄い造りになっている。もちろん鋼板だけでは弱すぎるので、フロントやドア部分、エンジン周囲は横方向のパイプやアームで補強しているが、基本的にフロアパネルにはセンタートンネルと左右にサイドシル/ドアビームがあるだけで、当時のクルマに主流のハシゴ型フレームは存在しない。
サスペンションも、リーフやコイルスプリングを使った複雑な形式ではなく、4本の板バネを束ねたトーションバー/ねじり棒方式というとても簡潔で軽量な構造となっている。また、ベース車の駆動軸のままだと最低地上高が低いので、ホイールリダクションギア=平歯車によって下駄を履かせ、29cmというクリアランスを確保している。
軽量な車体重量とRR方式、簡潔な足まわりにより、ボディ底面は駆動系やサスペンションの出っ張りがなく、不整地で草木や有刺鉄線を巻き込む恐れが少ないため走破性が高い。泥濘地や砂漠では、軍用車でもスタックは頻繁で、ドイツ軍名物のBMWサイドカーですら泥沼にはまると、脱出は容易でなかったため、キューベルワーゲンの沈みにくい底面と軽量さは、サイドカーよりも優秀だった。
もうひとつの特長が、車内スペースの多様性と収納力だ。キューベルは4人分の立派な座席と4枚の鋼板ドアを持ち、2ドアのVW以上に乗降性は良くなっている。基本的に、乗用車らしい居住性を重視にしているのがわかる。
シートは、クッションはもちろんフレームも蝶ネジで着脱でき、フラットな床面を活用すると多彩なシートアレンジができた。しかもリアシートの背面は可倒式(脱着可)で、大きなトランクルームを持っている。あまり使うことはなかっただろうが、全部を貫通させると、負傷兵を1名寝かせたり、2名の乗員が車中で野営できるほどだった。
公称450kgという積載重量は、小型トラック形態のジープより約200kgも多い。WW2当時の平均的ドイツ人の体格が162cm/60kg(日本人は148cm)というから、4人乗車でも200kgもの余裕があった。
まさに、世界初のSUVともいえるキューベルワーゲンだったが、空襲の激化により5万2000台ほどで生産を終えているが、戦後、多くの派生車を生んでいる。(文 & Photo CG:MazKen/取材協力:株式会社カマド、木下智司)
■キューベルワーゲン Typ82 諸元 (< >内は後期型)
●全長×全幅:3.74×1.60m
●最低地上高:290mm
●車体重量:725kg
●積載重量:450kg
●エンジン:空冷・水平対向4気筒 OHV
●排気量:985㏄<1130㏄>
●最高出力:23.5ps<25ps>/3000rpm
●駆動方式:RR