2006年8月に久々に日本市場に導入されたディーゼルエンジンモデル、メルセデス・ベンツ E320 CDI は新世代クリーンディーゼルとして大きな注目を集めた。とくにそのワゴンモデルであるE320 CDI ステーションワゴンは、クルマのことをよくわかっている、いわゆる“通”を中心に人気を呼んでいた。そこでMotor Magazine誌では2007年春、連載企画の「プレミアムカーのこころ」で、あらためてE320 CDI ステーションワゴンの人気の秘密を探っている。(以下の試乗記は、Motor Magazine 2007年6月号より)

頼りになる縁の下の力持ち

20年以上前に、プジョー504に乗っていたことがある。正確には、504D。2.2L 4気筒ディーゼルエンジンを積んだセダン。

なんでまた、そんな変わったクルマに乗っていたのかというと、自転車競技の「ツール・ド・フランス」がキッカケだった。

ツール・ド・フランスを何度も制したフランス人ベルナール・イノーと、若手のアメリカ人グレッグ・レモンが競っていた1970年代後半のことだ。イノーやレモンがペダルを漕いでいる後ろに見え隠れしていたのが、504ブレークだった。

ツリ目型のヘッドライトが特徴的なほかはふつうのステーションワゴンに見えたが、違っていたのは、何台ものロードレーサーをその屋根に積んでいることだった。ラゲッジルームにもフレームやホイールが乗せられていた。

自転車とはいえ、ツール・ド・フランスともなれば、下りでは100km/hを超え、平地でも70〜80km/hは出る。スピードのみならず、ロードレーサーやチームスタッフを満載して、ピレネーやアルプス山脈を越え、サイクリストに伴走していく姿は「頼りになる縁の下の力持ち」そのものだった。

それから数年が経ち、縁があって僕は504Dに乗ることになるのだけれど、クルマを前にして最初に思い出したのがツール・ド・フランスでオフィシャルカーを務めていた504ブレークの姿だったのだ。

504Dは、ガソリンエンジンを積んだスタンダードの504が4輪独立サスペンションを備えているのに対して、リアサスペンションはリジッドだった。にもかかわらず、最も「猫足」だった。505以降のプジョーの足まわりは、どんどん固められていく。

SUVではなく、ディーゼルエンジンの「セダン」に乗れたのも面白かった。「遅く、うるさく、臭い」という三重苦を伴っていたが、軽油の値段は今よりも安く、サイフに優しくしてくれた。

今のクルマに例えると、ディーゼルエンジンを積んだキャブオーバータイプのトラックに横に並ばれたくらい、常にガラガラとうるさかった。走り出して、アクセルペダルを踏み込んでいくと、「ゴウゴウ」というこもり音もヒドかった。

また、大きな負荷が掛かる上り坂での加速中には、テールパイプから吐き出される黒煙がモクモクと広がるのがルームミラー全面に見えた。風向きによっては、その臭い黒煙は車内に侵入してきた。

すごく遅かった。例えば、中央高速道下り線の談合坂サービスエリア前後の長い上り勾配が続くところでは、3速ATのトップで巡航していると、速度が落ちてくる。加速しようとアクセルペダルを踏み込んでも、細いトルクは負荷に勝てずに失速していく。

しかたがないので2速にシフトダウンすると、エンジン回転が上がって、割れんばかりの轟音で車内が満たされ、ミラーには煙幕。後続車に申し訳なくなってアクセルペダルを戻し、走行車線をゆっくりと上っていく。もちろん、登坂車線を見付けたら、即座に左に入る。

でも、いいクルマだったな、504D。ツール・ド・フランスのサポートカーに抱いた、縁の下の力持ちのイメージ通りだった。ルーフキャリアを取り付けて、スキーやボードセーリングに、よく出掛けた。ボディサイズの割りに、驚異的に室内とトランクが広いから、道具がかさばるスポーツには重宝した。シートはソファのようで、アームスパンの長いサスペンションと併せて、マシュマロのような乗り心地だった。

画像: 加速の鋭さはセダンに一歩譲るが、そんなことはまったく気にならない。ワゴンというクルマの形式こそ、ディーゼルエンジンを搭載するのにふさわしい。

加速の鋭さはセダンに一歩譲るが、そんなことはまったく気にならない。ワゴンというクルマの形式こそ、ディーゼルエンジンを搭載するのにふさわしい。

そこに息づく濃厚な個性ほとばしる瞬時の力強さ

メルセデス・ベンツ E320 CDIアバンギャルド ステーションワゴンに乗って思い出したのは、なぜか大昔の504Dのこと。セダンとワゴンのボディの違い、旧式と最新コモンレール式というディーゼルエンジンの違いはあるが、共通するものも見付けることができたからだ。

E320 CDIのセダンとステーションワゴンの走りっぷりは、もういろいろと書き尽くされている。当たり前だけれども、504Dの正反対を行くものだ。つまり、速い、静か、臭くない。これはE320 CDIに関してだけ言えることではなくて、新世代のコモンレール式燃料噴射システムを持ったディーゼルエンジンすべてに共通する特長だ。

ディーゼルエンジンは、この10数年間に長足の進化を遂げた。日本は、ひとり蚊帳の外だったからピンと来ないだけで、ヨーロッパでは504Dやメルセデス・ベンツ各車種のディーゼルモデルなど、ディーゼルはもともとポピュラーな存在だったのだ。

しつこいようだけれども、E320 CDI用V6ディーゼルターボエンジンと504D用の4気筒ディーゼルエンジンでは比較にならない。洗練度とパワーとドライバビリティが違い過ぎる。しかし「ガソリンエンジン並みに」洗練されているE320 CDIのディーゼルエンジンの操縦感覚が、504Dよりもガソリンエンジンに近いかといえば、それは肯定できない。

なぜならば、洗練度の強弱やパワーの大小を差し置いたとしても、ディーゼルならではの特徴というのは、実に濃厚なものだからだ。

それはまず、トルクの太さという点で指摘することができる。わずか1600rpmで発生し始める540Nmという最大トルクは、E350アバンギャルド用のガソリン3.5Lエンジンでは「たった」350Nmと比較にならず、E550アバンギャルドS用5.5L V8エンジンの530Nmでもまだ足りないほどだ。

そして、その図太いトルクが低回転で発生するからこそ、独特の操縦感覚を伴う。E320 CDIの3L V6ディーゼルターボエンジンが最大トルクを1600rpmから発生するのに対して、E550アバンギャルドS用5.5L V8エンジンが最大トルクを出すためには2800rpmも回さなければならない。

この違いは、とても大きい。エンジンが最大トルクを発生する回転数までの過程が、ディーゼルエンジンはガソリンエンジンよりも極端に短い。それによって、アクセルペダルが「バルブ化」しているように感じられる。図太いトルクが1600rpmから2400rpmまで、ほとばしるように出続けているわけだから、アクセルペダルはそれをコントロールするバルブやスイッチのようなものに思えてならない。

僕はセダンでもステーションワゴンでも、E320 CDIを運転している時に、いつも巨大なダムの放水口のバルブを開けているイメージを抱いてしまう。

ダムに貯えられた膨大な量の水が540Nmもの最大トルク。あまりにも大きなトルクが低い回転数で発生しているので、ガソリンエンジンのように最大トルクを発生させるために回転を上昇させるというプロセスが存在しない。

だから、ディーゼルエンジンのアクセルペダルは、ダムの放水口の開閉バルブに感じられてならないのだ。

この感覚は504Dでもあった。トルクの大きさはE320 CDIの数分の一にしか過ぎなかったが、最大トルクはアクセルペダルを踏み込んですぐのところで得ることができるから、それ以上踏み込んでも意味がない。極論すれば、2000rpm手前で頭打ちになっていたから、それ以上加速させるには、シフトダウンするしかなかった。水道の蛇口をある程度以上回しても、出てくる水の勢いは変わらないのと同じだ。

画像: 1600rpmから最大トルク540Nmを発生する3L V6ディーゼルターボエンジン。

1600rpmから最大トルク540Nmを発生する3L V6ディーゼルターボエンジン。

ステーションワゴンの本質、その目的を見極めた存在

E320 CDIはトルクが太い分、余計に「バルブ感」が強い。混んだ高速道路では、ちょっとだけスロットルペダルを踏み込んでやれば、ドッと図太いトルクが送り出されてくる。

実際に、今回、E320 CDIステーションワゴン アバンギャルドで中央高速道を走ってみた。件の談合坂サービスエリアの手前から始まる長い急な上りでも、スロットルペダルを少し踏み込んだだけで、グイグイと加速していく。トランスミッションの変速モードを「C」にすれば、2速発進し、早めにシフトアップしていく。アクセルペダルをゆっくり踏み込んでいけば、キックダウンせずに加速していく。もうひとつの「S」モードは1速発進で、キックダウンに敏感な設定だ。

100km/hでのエンジン回転数は、わずか1600rpm。セダンが1450rpmなのは、7速AT「7Gトロニック」のギア比は同じでも、最終減速比が2.473と高いからだ。ちなみに、ステーションワゴンのそれは2.647。車両重量も1890kgと、ステーションワゴンはセダンより120kgも重いから、加速の鋭さはセダンに一歩譲る。

車内空間が広く、テールゲートの開口面積も広いステーションワゴンボディであるがゆえに、乗り心地やハンドリングもセダンとは同一ではない。想定される通りに、ボディ剛性感やドライバーとの一体感は、セダンの方が強い。

でも、それがクルマとしての完成度を下げているわけではない。今回は空荷で走ったが、本来なら荷物と人間を満載して走るべきだからだ。

ステーションワゴンというクルマの形式こそ、ディーゼルエンジンを搭載するのにふさわしいのではないか。仕事や余暇などで荷物をたくさん積んで走るためのクルマなのだから、道具に徹してくれることが望ましい。クルマを走らせることが目的なのではなくて、目的は走って行った先に待っている。ステーションワゴンは、「縁の下の力持ち」でなければならない。

ディーゼルエンジンの低回転からの太いトルクは、いちいち変速する必要も少なく、運転に余計な神経を遣わなくて済む。ガソリンエンジンは、運転に神経を使うことが楽しみともつながるけれども、ディーゼルエンジンではそれがいったん断ち切られ、違う楽しみの回路につながっている。安くはないクルマだが、約600km走って、燃費は10.9km/Lと優秀な値を示した。浮いた燃料代は、目的の充実のために回したい。

ステーションワゴンとディーゼルエンジンは、縁の下の力持ちとしては最強の組み合わせだ。E320 CDIアバンギャルド ステーションワゴンは、飛び切り優秀な力持ちだった。(文:金子浩久/Motor Magazine 2007年6月号より)

画像: ちょっとスロットルペダルを踏み込むだけで、ドッと図太いトルクが送り出される。

ちょっとスロットルペダルを踏み込むだけで、ドッと図太いトルクが送り出される。

ヒットの法則

メルセデス・ベンツ E320 CDI ステーションワゴン アバンギャルド 主要諸元

●全長×全幅×全高:4885×1820×1500mm
●ホイールベース:2855mm
●車両重量:1890kg
●エンジン:V6DOHCディーゼルターボ
●排気量:2986cc
●最高出力:211ps/4000rpm
●最大トルク:540Nm/1600-2400rpm
●トランスミッション:7速AT
●駆動方式:FR
●車両価格:886万円(2007年)

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