ホンダ シビックは1972年に登場した初代以来、約半世紀にわたり世界170カ国以上、2700万台が世界で販売されてきた。その50年の歴史の中で10世代ものシビックが誕生し、そして2021年に11代目が登場した。そんなホンダ シビックは、2022年に誕生50周年を迎える。そこで11代目シビックの開発責任者である佐藤洋介さんに進化や本質を、また3代目シビックのオーナーの上山雄寛さんや10代目シビックオーナーの岡崎大河さんを交えて、その魅力について語り合ってもらった。

50年の歴史と、数々のキャッチコピーがあるシビック

── 2022年はシビック誕生から50年を迎えます。グローバルに展開しているシビックですが、その「シビックを語る」というテーマで今回はお集まりいただきました。それぞれがいろいろなシビック感というのをお持ちかと思いますが、それらを語っていただきたいと思います。まずは佐藤さん、新型シビックとはどんなクルマなのでしょうか?

11代目シビック開発責任者の佐藤洋介さん(以下、佐藤) 2022年でシビックは誕生から50年を迎えます。そこで歴代シビックを振り返ってみたいと思います。。1972年に初代シビックがデビューしました。2代目はスーパーシビック、本日、上山さんに乗ってきていただいた3代目はワンダーシビック、さらに4代目はグランドシビック、5代目がスポーツシビックで、6代目がミラクルといろいろなキャッチフレーズがシビックに付いていましたが、8代目からはキャッチコピーがなく寂しさを個人的にも感じておりました。

── シビックにはいろいろなキャッチコピーが付いていたんですね。

佐藤 9代目は国内でタイプRだけの展開になり、10代目は今回、岡崎さんに乗ってきていただいたタイプRもそうですが、世界のCセグメントをリードするモデルになっています。

11代目コンセプトは「爽快」シビック

佐藤 初代から7代目まではベーシックカーとしての役割を担ってきたモデルです。8代目の登場の頃にフィットが誕生しましたので国内のベーシックカーの位置付けをフィットに託し、シビックのポジションを一段階上げ、ミドルカーとしての位置付けとしたので、8代目からボディサイズも大きくなっています。そして新型は、どのようにしてユーザーに親しんでもらうシビックを築き上げるかというところで11代目は「爽快シビック」というキャッチコピーをグランドコンセプトとし、開発してきました。

画像: 本田技研工業 四輪事業本部 ものづくりセンター 完成車開発統括部 車両企画管理部 LPL チーフエンジニア 佐藤洋介さん。

本田技研工業 四輪事業本部 ものづくりセンター 完成車開発統括部 車両企画管理部 LPL チーフエンジニア 佐藤洋介さん。

佐藤 爽快シビックを紐解いていくと、「初代シビック」に行き着きます。1972年に発表したとき、あるジャーナリストが「一服の清涼剤のようなクルマが誕生した」と形容してくれました。束の間の爽やかな気分にさせてくれるクルマが誕生したと、ある本で読みまして、初代からそのようなクルマを世に出していたんだなと。

── 初代シビックはベーシックカーの市場を新たに開拓しましたね。

佐藤 我々の11代目もそんなクルマにしたい、と「爽快シビック」の開発がスタートしました。「爽快」というのは視界だけでなく、走っても、ボタンひとつ触ってもすべてが「爽快」に感じられるようなコンセプトでやっています。このあとの試乗で、その「爽快」を感じていただけたらと思っています。

ワンダーシビックのオーナー、シビックと出会ったきっかけは?

── 上山さんは3代目のワンダーシビックに乗っていますが、そもそもワンダーシビックに乗ることになったきっかけはなんだったのでしょうか?

3代目シビックのオーナー上山雄寛さん(以下、上山) 30年間ほどワンダーシビックに乗っていますが、実はこのクルマで9台目となります。乗りはじめたきっかけは、当時の愛車の故障でした。輸入車が好きで、人と同じものが嫌い。珍しいモデルや、クセの強い輸入車ばかり乗っていたのです。ですが、1年通して考えると半年は修理に出ているんですね(笑)。

── 1年の半分でクルマがない生活も大変ですね。

上山 当時所有していたのはその1台だったので、日常生活に困るんです。だから、動けばなんでもいいやとクルマを探していたのですが、そのとき知人から譲り受けたのがワンダーシビックだったんです。前期のAT100型のオートマティック車でした。乗り始めてみたら暖機をしなくても走ることに驚きで(笑)。しかも荷物をそこそこ積める。3人、4人乗っても平気。そういうクルマに乗ったことがなかったので、衝撃を受けました。「すごいぞ、日本のクルマ」って。それが始まりです。

── 国産車に衝撃を受けた。

上山 その後、2台体制になっても輸入車の所有は続き、サブでワンダーシビックに乗っていました。しかし、いつの間にかワンダーシビックがメインになっていて・・・。気がついたら30年で、9台も乗り継いでいました。

画像: 3代目シビックオーナー 上山雄寛さん。

3代目シビックオーナー 上山雄寛さん。

── 他のクルマも入れて9台目ですか?

上山 いいえ、ワンダーシビック「だけ」で9台です。最初の1台はATでしたが、それ以降はすべてMTのSiだけです。いま乗っているクルマを手に入れたのが10年ほど前です。

ホンダのDNAやM・M思想を、どうやって新型に融合させるか

── 新型シビックの開発にあたって、歴代モデルをフィーチャーした部分はあるのでしょうか?

佐藤 ホンダのラインナップでシビックほど歴史のあるクルマもないですから、11代目開発の初期段階で、自分たちのやってきたシビックを一度振り返りました。その中でもホンダのDNAである、M・M思想(※)を強く感じたのが、上山さんに乗ってきてもらったワンダーシビックなんです。

※:マン・マキシマム、メカ・ミニマム。人のスペースは最大に、メカニズムは最小にというホンダのクルマづくりの基本思想のこと。これは1967年に登場したN360に始まり、初代シビックやアコード、最新のフィットまであらゆるモデルに引き継がれている。

── ワンダーシビックはM・M思想を継承したモデルですね。

佐藤 ワンダーシビックのパッケージングを徹底的に研究すると、軽快なボディや、ガラス面積の広いキャビンなどすごくバランスが取れていて、歴代シビックの中でM・M思想をもっとも強く感じたんです。3代目のワンダーシビックを勉強し、いまの時代、これからの時代にふさわしいパッケージ、インテリア、エクステリアデザインをどう融合させるか、という点から11代目シビックはスタートしました。だから3代目に対しても強い想いがあります。

画像: 上山さん所有の3代目ワンダーシビック。外装は無限のフルエアロで、無限の15インチホイール、無限マフラーが装着されている。

上山さん所有の3代目ワンダーシビック。外装は無限のフルエアロで、無限の15インチホイール、無限マフラーが装着されている。

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