世界のグルマンに愛される森の小さなオーベルジュ
近年は食の地産地消を進める「Farm to Table(農場から食卓へ)」の考えが定着している。今や当たり前の取り組みだが、その考えを35年も前から取り入れ、実践してきたレストランがある。箱根の「オーベルジュ オー・ミラドー」だ。
芦ノ湖の湖畔、湖尻の小高い丘にあり、まるでフランスの村にあるかのような佇まいで建っている。ここにある理由は、美しい環境ということだけでなく、地産地消にこだわっているからに他ならない。なにしろ、良質な農作物が育つ三島、魚種豊富な相模湾も駿河湾も近いうえに、山や海の素材が豊富な伊豆と、近隣には優れた食材の宝庫が広がっているのだ。山海の新鮮な食材を美しい自然の中で食すには理想的な地といえる。
しかも、オーベルジュの名のとおり、宿泊ができる。気兼ねすることなく、心行くまでその地の食や歴史風土を味わい楽しむ、グルマンの国フランスらしい理想のスタイルを日本へ初めて持ちこんだのも「ミラドー」だ。それを1980年代に形にしたのがフレンチ界の重鎮、オーナーシェフの勝又登氏である。
勝又シェフの先進的な考えや取り組みの姿勢は、いまなお衰え知らずで、次世代を担う若手らとともに、常に新しい味覚を追求している。大切に関係を築いてきた地域の食材や季節にこだわり、その都度向き合いながら料理を変えているのだ。
それを象徴するのが、ウェブサイトやメニューの端に小さく表示された「当日のお料理は、季節や食材、そしてシェフのインスピレーションにより、常に変化・進化いたします」の文言。コースメニューといえば、月替わりのイメージがあるし、その店が自慢とするスペシャリテもある。
ボルドーのシャトーを思わせる宿泊施設
しかし、ここは違う。サービスの矢面に立つ、ご子息で支配人の勝又宰氏も「その日に内容が変わることが当たり前。お客様に説明するうえで覚えるのに必死」というほど、変化するという。その日、その時の食材への想いや創意工夫する情熱の表れだろう。いわば「一期一会」の味覚に出会えるのだ。
現在は、その日の食材を多彩な味わいで表現した「箱根ガラメニュー」、そして最高級の素材を使った「シェフズ・テーブルメニュー」のふたつのコースが用意され、宿泊せずとも、その技とこだわりが楽しめる。
宿泊施設はレストランのある本館、シャトーを思わせる「パヴィヨン・ミラドー」、そしてコロニアルスタイルを意識したアジアンテイスト溢れる「コロニアル・ミラドー」からなり、全22室ある。それぞれ箱根の自然を楽しめる寛ぎの空間となっているが、おすすめはパヴィヨン・ミラドーだ。まるでボルドーのシャトーに来ているかのような雰囲気に溢れる。なお、うれしいことに箱根温泉が源泉の大浴場もある。
持続可能な社会の実現を意識する時代となった今、地産地消もテーマのひとつ。しかし、食すならその土地が持つ食材の本当の力やうまさを味わいたいもの。「オーベルジュ オー・ミラドー」は、その魅力を引き出し、楽しませてくれる数少ないレストランである。(文:小倉 修)