信じられないほど楽しかった911 S/T
この原稿に取り掛かる直前、私は911カレラTの7速MTを改めて試していた。911の3ペダルMTモデルは“終のクルマ”の有力候補で、どの世代に乗っても楽しい。カレラTももちろん911ベスト・バイ・ナウな一台だ。
そんなことはもちろん乗る前からわかっていたのだけれど、半月ほど前にイタリアで試乗した別のMTモデルが信じられないほど楽しかったので、その度合いをいま一度整理したく、カレラTを引っ張り出したというわけだった。
そのモデルとは911S/T。今年60周年を迎えたポルシェ911の還暦記念限定車で、生まれた年にちなんで1963台のみが生産される。結論から言うと、ワインディングロードで操る楽しさという点でS/TはカレラTの3倍増し。エンジン、ミッション、シャシ。すべてが別格。価格も2倍強だけれど、その価値は十分あると確信した。
“ST”と聞いてナロー時代の幻のモデルを思い出した方は相当な911通であろう。1971年から1973年にかけて、そう、かのナナサンカレラRSが登場する前の時代にレース用ベースマシンとして生産された911がSTだった。
ナナサンカレラのようなエアロデバイスは持たず、せいぜいワイドフェンダーくらいだったが、エンジンや足まわりの強化に加えて軽量化も施されていた。そのコンセプトを現代の911に当てはめ、レースではなく峠道でもっとも楽しいモデルを作ろうというあたりがS/Tの企画コンセプトだった。
それにしてもなんと贅沢な仕様であることか! 泣く子も黙るGT3RS用の自然吸気フラット6をリアに押し込み、スタイリングはツーリング仕様。けれども前フェンダーやボンネット、ドアなど至る所がカーボンファイバー製。スペックを読んでいるだけでワクワクする。
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オンロードグリップ重視で路面に吸い付く足まわり
国際試乗会はカラブリアで開催された。海辺のビーチハウスで受け取ったS/Tは濃紺のボディカラーでブラウン内装のヘリテージパッケージ。青と茶の組み合わせはイタリアファッションにおける基本のコーディネートである。
4000万円を超える911に緊張したのだろうか。まさか。けれども走り出そうとしていきなりエンストしてしまった。クラッチペダルが少々重いことに加えて、専用フライホイールが軽く、クラッチそのものも軽量薄型なため、アイドルスタートを嫌がるのだ。実は後進も同様で、2度もエンストした。もっともナロー時代と比較すればそれでもラクなはず。わが左足も随分と鈍ったものである。
走り出してしまえば、スタートを少し難しくしたそれぞれの要因が逆に楽しい変速操作を提供する側にまわってくれる。シフトストロークもGT3に比べて10mm短く、さらにクロスレシオを採用するため、小気味のいいアップシフトを楽しめた。また、オートブリップも既存のシステムに比べてさらに気持ち良くキマる。結果的にダウンシフトの速さは2ペダルにもヒケを取らない。
街中での乗り心地が良いことには大いに感心した。アシのモードをスポーツに切り替えても、GT3のように硬い板の上に乗せられているようなソリッド感はない。とにかくアシがよく動く。
山岳都市を抜け、峠道に入る。足まわりのハード、ダンパーやスプリングはGT3と変わらないというが制御がまるで違った。サーキットスタビリティよりオンロードグリップ重視。凸凹のある路面環境でも不安をまるで感じさせないほどアシが路面に吸い付く。
時間と共に車体との一体感が増し、アベレージ速度がどんどん上がっていった。タイトベントから高速コーナーまでコントロール性に優れ、自信を持って回っていける。出口が見えた途端、右足を思い切り踏み込んで何ら不安がない。回答性に優れ、リアのトラクション性が抜群、3ペダル操作がビシバシとキマるとなれば、こんなに楽しい911は他にない。
911ファンであれば何としても手に入れるべき1台である。(文:西川 淳/写真:ポルシェ・ジャパン)
ポルシェ 911S/T 主要諸元
●全長×全幅×全高:4573×1852×1279mm
●ホイールベース:2457mm
●車両重量:1380kg
●エンジン:対向6 DOHC
●総排気量:3996cc
●最高出力:386kW(525ps)/8500rpm
●最大トルク:465Nm(47.4kgm)/6300rpm
●トランスミッション:6速MT
●駆動方式:RR
●タイヤサイズ:前255/35R20、後315/30R21
●最高速:300km/h
●0→100km加速:3.7秒
●車両価格(税込):4118万円 ※1963台限定