スズキが小型乗用車クラスに初めて投入。優美な欧州風スタイルが大きな魅力
昭和38(1963)年の第10回全日本自動車ショーで発表されたのがフロンテ800だ。当初は翌年の昭和39(1964)年春に発売といわれていたが計画が遅れ、実際に発売されたのが昭和40(1965)年の12月となった。
いずれにしても、それまで軽自動車しか生産しなかったスズキ(当時・鈴木自動車工業)が小型乗用車の激戦区の800ccクラスに投入したクルマということで話題性も高かった。
フロンテ800のボディは、全体を曲線でまとめあげられており、優美なヨーロッパスタイルが特徴となっている。それは見た目だけではない。フロントウインドウの前面投影面積をできるだけ小さくするために、Aピラーはかなり傾斜させられ、空気抵抗を減らした。ボンネットの開閉方式を前ヒンジとしたのも、スポーティなクルマであることを主張している。
リアスタイルも欧州車風にシンプルにまとめられ、テールランプも円形とするこだわりや、リアバンパーの中央下部にストップランプが埋め込まれるなど野心的デザインも持たせた。
室内はFF方式を採用したためにフロアトンネルがなく、カーブドガラスの使用によってゆったりとしたスペースが得られた。サイドドアの開口面積は大きく、フロントシートバックの操作も簡単で、後席の乗り降りにも優れたレイアウトが好評だった。
エンジンは0.8L(正確には785cc)の2ストローク水冷直列3気筒を搭載し、最高出力は、 4000rpm時に41psを発生した。最大トルクは8.1kgmだから現代のレベルではお世辞にもトルクフルとはいえないが、それでも当時としては活発な部類だった。
吸気系統にスズキ独自のインレットマニホールドを採用し、吸気が各シリンダーへ均一に配分される設計としていたことや、キャブレターに2連式の2バレルタイプを採用して十分な燃料供給がされることにより、低速、高速ともにレスポンスが良くなっていた結果ともいえるだろう。ちなみにカタログデータでは0→200mの発進加速は13.9秒となっている。
当時としては珍しいFFの肝となるドライブシャフトはバーフィールド型の等速ジョイントだ。FFの方がシステムとしてコンパクトになり居住空間も確保できるのはわかっていたが、駆動と操舵を両立しなければならないため、当時は技術的な壁があった。
バーフィールド型は昭和35(1959)年にBMCのオースチン・ミニなどが採用し始めたもので、フロンテ800にも使用した。当時としては革新的な機構で、完璧とは言えないまでもスムーズな走りにひと役買っていた。
サスペンションはリアにデフの収まるホーシングが不要となったこともあり、4輪独立式となった。フロントはウイッシュボーン・ボールジョイント式でトーションバースプリングを縦方向に使い、これにスタビライザーを組み合わせた構成となる。
リアは、トレーリングアームとトーションバースプリングという非常にシンプルな構成ながら路面追従性の高いものとなっている。トーションバースプリングの採用で車高調整が可能だったのも特徴だった。
室内では、フロントシートはセミセパレート。シートの調整幅は80mmのスライド量を持ち、リクライニングは5段階と長時間走行でも疲れない配慮がなされていた。リアスペースはショルダールームが大きく、3人が楽に座れた。また、リアシートの後ろにあるパーセルトレーは小物置きとして便利なものだった。
ダッシュボードは、黒を基調に右にスピードメーター、左に水温計とフュエルメーターが一緒に組み込まれている。この2つの円形のメーターの間にウインカー、オイル、チャージなどの警告灯が縦に配列されている。ライト、ワイパー、チョークなどのスイッチ類も機能的な配置となっていた。
大衆車として大きな期待を持たれたフロンテ800だったが、パブリカ、コンテッサ、コンパーノ、ファミリアなどが覇を競う激戦区に投入したために販売的には振るわず昭和44(1969)年に販売を終了した。
ただ、スタイリング、メカニズムともに大変ユニークだったことは間違いなく「隠れた昭和の名車」と言えるだろう。
スズキ フロンテ800デラックス(C10型)諸元
●全長×全幅×全高:3870×1480×1360mm
●ホイールベース:2000mm
●車両重量:770kg
●エンジン型式・種類:C10型・直3 2ストローク
●排気量:785cc
●最高出力:41ps/4000rpm
●最大トルク:8.1kgm/3500rpm
●トランスミッション:4速MT(コラムシフト)
●タイヤサイズ:6.00-12 4P
●新車価格:54万5000円