2009年のフランクフルトモーターショーで発表され、世界限定1696台が生産されることになった「アバルト 695 トリブート フェラーリ」。アバルトとフェラーリのコラボレーションは世界中から注目され、オーダーが殺到した。日本市場には2011年春、150台限定で上陸した。スーパーカーなにするものその気概にあふれたアバルトが、フェラーリの名を冠するモデルを投入したのはどういうことだったのか。Motor Magazine誌は上陸したばかりの「アバルト 695 トリブート フェラーリ」をテストしているので、ここではその試乗の模様を振り返ってみよう。(以下の試乗記は、Motor Magazine 2011年5月号より)

フェラーリへの敬意が込められた作り込み

「アバルト 695 トリブート フェラーリ」。まずそのネーミングからして、驚きのクルマである。異業種企業とのコラボレーションモデルは、これまでも各社から出ており、さほど珍しくはない。たとえばフィアット500も、ファッションブランド「ディーゼル」とのコラボレーションモデルを出している。だが、別ブランドの自動車メーカーの名前も冠した自社モデルというのは、最近では知る限り初めてだ。

たしかにフィアットは、フェラーリ社の発行済み株式の85%を所有する大株主ではあるが、たとえ同グループのブランドであっても、むしろ明確な棲み分けやライバル意識を求める方が本来的には強いはずである。

だがこのモデルは、「フェラーリに捧げる」、あるいは「フェラーリに敬意を表して」と銘打っていることからわかるように、適価のクルマをより多くのユーザーにという立ち位置にあるフィアットをベースとする現在のアバルトと、少量生産の高級スポーツカーのフェラーリという、あまりにも違う、そして明確なイメージが確立されているがゆえに実現できたモデルなのだろう。

フェラーリレッドのボディカラー(ロッソ コルサ)に、2本のストライプが入ったエクステリアは、否が応でもフェラーリを彷彿させる。ホイールのデザインも、フェラーリのそれをヒントにしたもので、これに17インチタイヤを装着。そのフロントホイールのスポーク越しにブレンボ製4ポットキャリパーが姿を覗かせている。

フューエルリッドを開ければ、そこにはサソリのマークが描かれたアルミ削り出し製のキャップが装着されている。そこかしこのディテールに、本物への敬意やこだわりを感じつつ、室内に乗り込む。

画像: 一見しただけだと、単なるドレスアップモデルのようにも思えてしまう。しかし、その中身の充実ぶりは、実際に走らせてみればすぐに実感できる。驚きの気持ちよさ。

一見しただけだと、単なるドレスアップモデルのようにも思えてしまう。しかし、その中身の充実ぶりは、実際に走らせてみればすぐに実感できる。驚きの気持ちよさ。

スポーツドライビングの真髄を知っている完成度

ブラックを基調に、アクセントカラーの赤が効いているインテリアもまた、一見しただけで随所にマテリアルや機能性へのこだわりが見られる。

フロントシートは、カーボンのシェルとブラックレザーを組み合わせた「アバルト コルサ by サベルト」を装着。レーシングカーのバケットシートに近い印象のソリッド感とホールド感があり、走っている時にも高い剛性感がある。とはいえ、ロードカーとしての快適性もきちんと保たれている。

ブラックレザーのステアリングホイールは、トップにトリコロールデザインが施され、赤のステッチやグリップがアクセントカラーとなっている。ボトム部がフラットになっているのもスポーツドライビング気分を高揚させる。ダッシュボードにはカーボンのパネルがあしらわれ、機能部品を含めてそのデザイン、そして細部のディテールに至るまで、フェラーリへの、そして走りへのこだわりが感じられる。

エンジンをかけると、アイドリング状態でも重低音が轟く。室内にいるとうるさくないが、車外ではかなり勇ましいサウンドを奏でており、スポーツマインドをくすぐる演出である。

走り出すと、まるでレーシングカーに乗っているかのようなソリッドさを感じる。しかし、そのサスペンションチューニングには感動さえ覚えた。

無駄な動きを極力抑えていてダイレクト感もあるのに、不快に感じる突き上げや跳ね、そして硬さがまったくない。街中の低速域から高速道路での走行に至るまで、また路面の継ぎ目やアンジュレーションのある路面でも、常に路面をしっかり捉えている感覚があり、それでいてしなやかさすらある。

ワインディングロードでも、他のモデルとは明らかに動きが異なる。サスペンションや乗り心地を、単に「硬い」とか「柔らかい」という表現で評価することが間違っているのだということを、改めて実感させられた。全体的にロールやピッチングの動きは抑えられていて、そこに軽快さがある。スタンダードモデルの500はユサッとボディが傾くが、695 トリブートフェラーリはロール量が少ないだけでなく、そのロールスピードも速度に応じてリニアに傾いていくものだ。

ステアフィールも剛性感が高く、そして応答性に優れる。ステアリングギア比は通常のフィアット500よりクイックに設定され、小さな舵角から狙ったラインをトレースできた。サスペンションと同様に、締まった印象はありながら、荒れた路面でもステアリングへのキックバックは感じられない上に、アクセルペダルを踏んだ際にステアリングが取られるようなトルクステアもない。シャシそのものや、サスペンションやステアリング系まわりの取りつけ部剛性の向上などにも、かなりの手が入っていると思われる。

1.4Lターボエンジンは最高出力180psまでパワーアップが図られているが、十分な加速感がありながら手の内に収まるパワー感とのバランスが絶妙。3000rpmを超えるとさらに官能的なサウンドを奏で、ハンドリングの良さと相まって、走りの楽しさを助長してくれた。スタンダードモデルのおっとりとした楽しさとは異質のFFコンパクトモデルのスポーツドライビングが堪能できる仕上がりだ。

569.5万円という車両価格は安いものではない。ましてや、別モノとはいえフィアット500というベースモデルへの意識があるため、余計に高額と感じられるかもしれない。しかし、使われているマテリアル、そして細部まで妥協の見られない、とことんまで突き詰めたチューニングの成果を見れば、それも納得と思える

「やればここまでできるんだ!」と言いたくなるほど、走りの楽しさと高いクオリティが濃厚に凝縮されている。

そう、フィアットグループには高い技術力があり、やればできる。ただフィアットブランドとしては、いわゆる高級モデルを作らないだけなのだ。その高い技術力は、大量生産の普及モデルという違うベクトルに向けられている。フィアット 500 ツインエアとアバルト 695 トリブートフェラーリをはじめ、各種の「500」に試乗して、そのスタンスが実によく理解できた。(文:佐藤久実/写真:小平 寛)

画像: ブラックを基調に、アクセントカラーの赤が効いているインテリア。カーボンのパネルなど、マテリアルや機能性へのこだわりがうかがえる。

ブラックを基調に、アクセントカラーの赤が効いているインテリア。カーボンのパネルなど、マテリアルや機能性へのこだわりがうかがえる。

アバルト 695 トリブートフェラーリ 主要諸元

●全長×全幅×全高:3655×1625×1500mm
●ホイールベース:2300mm 
●車両重量:1120kg 
●エンジン:直4DOHCターボ
●排気量:1368cc
●最高出力:132kW(180ps)/5500rpm
●最大トルク:250Nm(25.5kgm)/3000rpm
●トランスミッション:5速AMT
●駆動方式:FF 
●車両価格:569万5000円(2011年当時)

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