「カイゼン」から「カケザン」へ。トヨタが仕掛けるモビリティ革命の正体
トヨタが静岡県裾野市の東富士工場跡地で進めている「ウーブン・シティ」が、いよいよその全貌を現し始めた。2025年9月にオフィシャルローンチを迎えてから半年、今回発表された「KAKEZAN 2026」というキーワードは、これまでの自動車産業の常識を覆す強烈なメッセージを含んでいる。

「KAKEZAN 2026」のイベントが開催されたのは、旧トヨタ自動車東日本 東富士工場跡地のインベンター・ガレージ。垂れ幕の上には大型のクレーンが見られ、工場の面影を見ることができる。
トヨタが長年磨き上げてきた「カイゼン」は、既存の価値を失敗しながら積み上げる「足し算」の論理であった。しかし、100年に一度の変革期において彼らが選んだのは、異なる領域の強みを掛け合わせ、ゼロからイチ、あるいはイチからヒャクの価値を生み出す「カケザン」の思考である。
この背景には、もはや自動車メーカー単独では多様化する「移動」と「生活」の課題を解決できないという危機感と、新たな価値創造への決意がある。
このカケザンを具現化する物理的な場として機能しているのが、今回メディアに初公開された「Woven City Inventor Garage(インベンター・ガレージ)」だ。ここはトヨタのモノづくりの知見と、インベンター(パートナー企業)の革新的なアイデアが融合する「未完成の街」の心臓部といえる。

ウーブン・シティは、トヨタ自動車が静岡県裾野市に建設している「モビリティのための実証都市(リビング・ラボ)」。単に「未来的な綺麗な街」を作るのが目的ではなく、人、建物、クルマがすべてデータやセンサーでつながり、AI(人工知能)やロボット技術を実生活の中でテストし続ける「未完成の街」であることが特徴だ。
ガレージ内には、3Dプリンターや工作機械、そして巨大なモニターに映し出されるデジタルツインのデータが混在している。ここでは、トヨタのエンジニアだけでなく、スタートアップや異業種の「発明家」たちが入り混じり、プロトタイプを作り上げている。この「ガレージ」という言葉に込められた原点回帰の精神こそが、自動車メーカーからモビリティ・カンパニーへの脱皮を象徴している。
未完成の心臓部で見えた「新しいエンジン」とSDV時代の真実
今回取材したインベンター・ガレージにおいて開発の核となっているのが、新たに公開された「Woven City AI Vision Engine」である。これは、ソフトウエア・ディファインド・ビークル(SDV)時代の「新しいエンジン」といっても過言ではない。

Woven City AI Vision Engineは、カメラの映像から、人・モノ・モビリティの行動を理解するAI。
これまでのクルマは「馬力」や「トルク」といった数値で性能が測られていたのに対し、これからは「AIがいかに環境を正しく理解し、人の意志を汲み取れるか」が価値の源泉になる。
少し具体的にいうと、クルマの「安全」は車載センサーが捉えた情報を基に、その車両単体で完結するものが主流だったが、ウーブン・シティが目指しているのは、街全体のAIが「目」となってインフラとクルマ、さらには歩行者の動きをリアルタイムで統合する「Integrated ANZEN System」だ。

IntegratedANZEN Systemはドライバーの運転技術をAIが判断して、車両を適切にコントロールすることも可能だという。
AI技術を人の代替と捉えるのではなく、AI技術によって人の力を引き出して可能性を広げる「ヒト中心」の思想。ガレージ内でのプロトタイピングから、隣接する「Inventor Field」での性能テスト、そして実際にWeavers(ウィーバーズ=住民)が暮らす「Phase 1」での実証へと至るサイクルは、次世代の市販車が「納車された後もソフトウエアで進化し続ける」という未来を見せつけている。
特に「AI Vision Engine」は、カメラ映像から周囲の状況を「言語」として理解し、状況に応じた最適な判断を下す。
この技術が進化すれば、従来の「衝突被害軽減ブレーキ」をはじめとする先進運転支援システムのレベルを遥かに超え、街全体が連携して事故を未然に防ぐ、究極の安全が実現するだろう。これは、単なる自動運転の追求ではなく、人間が安心して移動を楽しむための「知能化」のプロセスなのである。
異業種が描く「歩く楽しさ」。ダイドードリンコが仕掛ける自販機の再定義
一方で、私たちの日常に最も近い場所でも「カケザン」は起きている。今回インタビューしたインベンターは、清涼飲料水メーカーのダイドードリンコ。そのブースには、次世代自動販売機「HAKU(ハク)」が展示されていた。

「HAKU」は、既存の常識を削ぎ落とした白い自販機。単なる飲料供給ではなく、人が集まる空間を目指す。
今回のプロジェクトにおける彼らの役割は、飲料を売ることだけではない。自動運転車を降りた後の「歩く時間」をいかに豊かにし、街の景観と調和させるかという、モビリティのラストワンマイルにおける体験価値の向上である。
担当者によれば、HAKUは既存の自動販売機の象徴である商品サンプル、ボタン、コイン投入口をすべて排除したという。
「当社では、自動販売機を通じた新たな価値創造を実証テーマに、『どんな人でも思わず立ち寄りたくなる空間の提供』を目指しています。商品サンプルやボタン、コイン投入口のない、これまでの常識を覆す新発想の自動販売機HAKUを通じて、住民や他のインベンターの知見を掛け合わせることで、新たな価値を生み出すカケザンに取り組んでいきたいと考えています」と語る。
この自動販売機はスマートフォン決済を前提とし、デジタルサイネージを通じて街と人を繋ぐハブとして機能する。

実際のHAKUにはQRコードが添付されていて、これをスマホで読み取ることによって、スマホに商品が映し出される。購入したい商品を押せば、スマホで電子決済が行なわれる。
「ウーブン・シティにかかわる皆さまとの知見を掛け合わせることで、新たな価値を生み出す『カケザン』に取り組んでいきます」という言葉には、モビリティ・カンパニーとともに歩む覚悟が滲む。
飲料を買うという行為を、街のコミュニティに触れるきっかけに変え、安らぎという「幸せ」を量産する。自動販売機が街の景色を塗り替え、移動の体験価値を補完する存在へと進化する姿は、まさにウーブン・シティが掲げるヒト中心の街づくりの一翼を担っているといえる。
「幸せの量産」を目指す未完成のテストコース。ウーブン・シティの使命とは
イベントのハイライトとなったトークセッションでは、ウーブン・バイ・トヨタの豊田大輔氏らが登壇し、ウーブン・シティの真の狙いを熱く語った。

ウーブン・バイ・トヨタ株式会社(Woven by Toyota, Inc.)のSenior Vice Presidentを務める豊田大輔氏は1988年生まれ。豊田章男会長の長男。
冒頭、大輔氏は「トヨタは100年以上モノづくりを続けてきた。その現場の知見と最先端のソフトウエアを『カケザン』することで、今は存在しない価値を爆速で生み出す」と強調した。
特に印象的だったのは、AIに対する姿勢だ。「AIは決して人の代わりではない。むしろ人の可能性を広げる相棒だ」とし、環境を言語で理解する「AI Vision Engine」を、人の感覚を拡張する技術の象徴に挙げた。
また、会場となったインベンター・ガレージについては、「ここは、決して完成されたショールームではありません。インベンターの皆さんが、朝思いついたことを昼には形にし、夕方には隣のフィールドで試してみる。そうやって日々、改善を繰り返していく、いわば『未完成のテストコース』なんです」と、その存在意義を明確に語った。

こちらは豊田章男会長のAI人形「章男くん」。質問すると、章男会長の声で、的確に答えていた。質問しているのは、元テレビ朝日のアナウンサーで、現在はトヨタ自動車社員の富川悠太氏。ウーブン・シティの住民。
この言葉どおり、ガレージの隣には「Inventor Field」が直結しており、朝のアイデアがその日のうちにフィジカルな動きとして検証されるという、レスポンスの良い意開発体制が構築されている。
最後に大輔氏は「幸せの量産」という言葉を用い、「スペック競争ではなく、一歩先の当たり前をどれだけ住民と一緒に作れるか。それがこの街の挑戦だ」と締めくくった。
静岡県裾野市で生まれた「カケザン」の成果は、やがて世界中のトヨタ車へと波及する。名車の定義は馬力から「豊かな体験」へとシフトし、インベンター・ガレージはその変革の羅針盤となるはずだ。(写真:加藤英昭、ウーブン・バイ・トヨタ)




