農業という仕事で障がい者が働きやすい環境づくり
さて実証プロジェクトに話は戻る。ここでホンダ太陽は、長年培ってきた障がい者雇用、就労環境づくり、工程設計、作業改善、道具・治具の工夫といったものづくりの知見を農業の現場に活用し、作業のしやすさ、安全性、品質、収量、収益性などを検証し、将来的なHonda Sun Farm構想へ繋がることを想定しているという。

2026年5月27日のオープニングには、ラボの開設に携わった人たちが集まりプロジェクトのきっかけなどが披露された。
ところでこのプロジェクトのきっかけだが、それはホンダ太陽の前社長 鎌田氏だ。鎌田氏には「障がい者が納税者になる会社を作りたい。Hondaから仕事をもらい、その業績に左右されるだけではなく、自分たちで稼げる会社にしなくてはならない」という想いがあったのである。

鎌田雅仁 前ホンダ太陽 代表取締役社長
1986年に日本福祉大学を卒業後、本田技研工業株式会社に入社。人事・総務部門ならびに日本自動車工業会への出向などを通じ、労務・人材マネジメント・渉外業務に従事。2013年からはHondaの海外拠点であるタイおよび中国へ赴任し、管理部門の統括責任者。2020年6月にホンダ太陽株式会社代表取締役社長に就任した。
そしてこの想いはホンダ太陽の現社長山口氏へも引き継がれた。
「Hondaも障がい者の雇用機会を広げていますが、それをリーディングするのがホンダ太陽です。新規事業としては現在、障がい者雇用のコンサルティング、日出町のふるさと納税の返礼品にもなったアパレルの記念品製作などがあります。そして3本目の柱、これが本命ですが農業です」と話す。
鎌田氏は「障がい者に農業は向いていると思います。平川さんの力を借りたら収益を生む農業ができると考えました」という。そして「Honda Sun × ENOWA FARM LAB」へと繋がるのだ。ところで平川氏とは、今回の実証プロジェクトをホンダ太陽と共同で進めていくENOWA FARMのファウンダーである。

山口 潤 ホンダ太陽 代表取締役社長
1992年に慶應義塾大学を卒業後、川崎製鉄株式会社(現JFEスチール株式会社)に入社。1999年に本田技研工業株式会社入社、以後26年間、日本および海外拠点(北米、欧州、アジア)にて四輪、二輪の部品購買業務、地域責任者などを務める。2026年4月にホンダ太陽株式会社代表取締役社長就任。
「農作物がENOWA YUFUINのレストランや宿泊体験に繋がり、その循環の中で新しい働き方や地域の可能性が生まれていく」と平川氏。農場を単なる栽培施設ではなく、「育てる」、「働く」、「食べる」、「滞在する」を一体で体感できる場として考えていると言う。ホンダ太陽の農業への挑戦には、こうした平川氏の知見が欠かせない。

平川順基 ENOWA FARM ファウンダー
1997年にアバンスを創業、次世代ホール「FREEDOM」をオープン。2007年に飲食事業、2013年より場外馬券発売所事業を展開。不動産業では、2009年に「FUSION+」、2016年に「ユニバーサル・シティ和幸ビル」を取得、2017年に旅館事業へ参入、2021年には農業事業へ参入するなど多角的に事業を展開する。

ENOWA YUFUINでは「FARM TO TABLE」というコンセプトのもと観光地由布院の近くに農場「ENOWA FARM」を所有する。

撮影日は生憎の雨だが、「Honda Sun × ENOWA FARM LAB」の後には「豊後富士」と呼ばれる由布院のシンボル由布岳が。

平川氏が「食で人生を豊かにしたい」と由布院で開業したオーベルジュ「ENOWA YUFUIN」は農場で採れる食材で料理を提供している。
交わることのなかった2社が廣瀬氏によって繋がった
では、ホンダ太陽とENOWA FARMという、これまで交流のなかったこの2社は、どうして繋がったのだろうか。もうひとりのキーマンが登場する。それが廣瀬俊朗氏だ。日曜劇場「ノーサイド・ゲーム」(原作:池井戸潤/2019年)への出演でもご存じの人も多いと思うが、俳優ではなく、ラグビーが本業、元ラグビー日本代表キャプテンである。これは余談だが、実は、日曜劇場「GIFT」(脚本:金沢知樹/2026年)にも出演している。

廣瀬俊朗 株式会社HiRAKU 代表取締役
5歳からラグビーを始め、大阪府立北野高校、慶應義塾大学、東芝ブレイブルーパスでプレー。東芝ではキャプテンとして日本一を達成。2007年には日本代表に選出、2012年からはキャプテンを務めた。ラグビーW杯2019では、ドラマ「ノーサイド・ゲーム」の出演などで大会を盛り上げた。一般社団法人日本車いすラグビー連盟副理事長も務める。
廣瀬氏は、現役を引退後、社会が抱えるさまざまな課題解決のためHiRAKU(ひらく)を設立、その代表を務め、現在、スポーツの普及だけでなく教育・食・健康・国内外の地域との共創に取り組んでいる。また日本車いすラグビー連盟の副理事長にも就任している。
廣瀬氏はどのようにしてホンダ太陽を知ったのだろうか。
「慶應大学のラグビー部の先輩である、オムロン太陽の立石社長(当時)にホンダ太陽の鎌田社長を紹介されたのが最初です。大分国際車いすマラソンを視察するなど、障がい者スポーツに関心を持っていましたが、ホンダ太陽の障がい者支援や設備を見て自分の活動と同じように、障がいの有無に関係なく同じ社会の一員であるという意識を感じました。そこで障がい者に優しい大分で、ホンダ太陽と一緒に何かできないかと考えました」 と廣瀬氏は言う。

高さが70cmのレイズベッドは、作業面を地面よりも高くすることでかがむ、しゃがむといった身体的負担を減らしている。
こうした廣瀬氏の活動と鎌田氏の新事業への想いが、廣瀬氏の知り合いだった平川氏を結び付け、それが結実したのが、ホンダ太陽の農業への挑戦となった。
「ラグビーは、それぞれの選手が専門性を持つスポーツです。このプロジェクトの目的も、障がいのある人がかかわりやすい農業をつくることなので同じ考え方です」と廣瀬氏。農業の現場は、かがむ、しゃがむ、持ち上げる、長時間同じ姿勢を続けるなど身体的負担が大きいが、一方で工程設計や道具、設備の工夫、作業動線の見直しによって農業は、より多様な人がかかわれる分野だというわけだ。

回転することで車いすであっても作業しやすい高さになるように改良されるなどホンダ太陽の知見が活かされている。
そう、このプロジェクトが目指すのは、障がいのある人、高齢の人、体力に不安のある人、農業経験の少ない人など、より多様な人がかかわりやすい農業の形をつくることなのである。
「Honda Sun × ENOWA FARM LAB」では、役割分担がはっきりしている。ホンダ太陽は、障がい者雇用や就労環境づくり、ものづくりの現場で培った工程設計、作業改善の知見を活かし、農業の現場で誰もがかかわりやすくすることだ。具体的には、農作業の工程を分解し、身体的負担の大きい動作を見直し、道具や設備、作業台の高さ、動線を工夫し、誰が作業しても一定の品質を保てるように工程を標準化することである。

ホンダ太陽の庭ではミーモが活躍していた。

記念品やふるさと納税にもなったアパレルなどもホンダ太陽の業務となっている。

エレベーターもボタンの押しやすさ、広さ、空いている字間など障がい者が使いやすいような工夫がされている。
この取り組みは、福祉的な意味合いだけでなく、高齢化や人手不足への実践的な対応策でもある。「人が農業に合わせる」のではなく、「農業をより働きやすい形へ変えていく」ことでこれからの農業の働き方を広げていくのだ。
そこでホンダ太陽の知見が活かされるのである。単なるバリアフリー化にするのではなく、農作業の環境そのものを再設計するためのインフラと捉え、今後は、作物ごとの作業性、収量、管理のしやすさなども検証しながらより実用的な形へと改善していくのである。
そしてENOWA FARMの役割は、栽培、レストランでの料理、宿泊体験、地域との繋がりを一体で運営し魅力へ昇華することだ。

多様な人がかかわることができる農業実証実験施設「Honda Sun × ENOWA FARM LAB」のオープニングに、ホンダ太陽から山口 潤社長、鎌田雅仁前社長、廣瀬俊朗氏(HiRAKU代表)、平川順基ENOWA FARMファウンダー,京都石割農園の石割照久氏、ENOWA YUFUINのタシ・ジャムツォエグゼクティブシェフが参加した。
廣瀬氏が繋げたホンダ太陽とENOWA。大分から発信される障がい者の農業参加は始まったばかりだが、これからの展開がとても楽しみなプロジェクトである。(写真:井上雅行)


