文: 石橋 寛/写真: RM Sotherbys
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Mモータースポーツの支援によって生まれた635CSi
パウル・ロシュの名を聞いてピンとくる方はかなりのBMWマニアに違いありません。1975年から1996年までMモータースポーツのチーフエンジニアを務め、数々の名エンジンをプロデュース。Mのバッジを最初につけたM1開発の際、「何馬力欲しいんだ?」とのセリフはあまりにも有名です。このM1用に開発された直6エンジン、M88を量産モデル向けにデチューンして搭載したのが、今でも「世界で最も美しいクーペ」と称される635CSiでした。レースシーンでの活躍も目覚ましい635を、ロシュの仕事とともに振り返ってみましょう。
1986年、スパ・フランコルシャン24時間レースで、グループAにエントリーしていたBMW635CSiが優勝。象徴的な「Genuine BMW Parts」塗装や、3色のMストライプなどプラモデルで再現された方も少なくないでしょう。レースモデルの製作は(倒産してACが付く前の)シュニッツァー(倒産後はアーヘンのコール・オートモーティブが再建をサポート)でしたが、Mモータースポーツの全面的な支援があった事実上のワークスマシンです。

1986年にレースデビューしたBMW 635CSiは80台作られたレースモデルのうち、シュニッツァーからエントリーした1台。
搭載されていたのはM1用に開発された直6エンジン、M88/1ベースかと思いきや、市販車をベースとするレギュレーションからSOHCのM30エンジンが選ばれています。M1ベースの24バルブヘッドでは車両重量が増し、一つ上のクラスとなってしまう不利を避けた戦略とされています。

BMWのオリジナルパーツをイラストにしたボディはプラモデルで再現した方も少なくないでしょう。
シルキーシックスの二つ名はロシュがいたからこそ
もっとも、バルブ数が半分なので高回転域でのパワーは劣りましたが、ロシュが設計したこのM30ベースのレースエンジンは「とにかく壊れない耐久性」と「豊かな低中速トルク」を発揮。このタフさこそが、過酷な耐久レースでライバルの大パワー・ターボ車(ボルボやジャガーなど)を打ち破り、何度も総合優勝を飾れた最大の武器だったのです。3.4リッターの排気量から、最高出力は市販モデルの約218馬力から、カムやピストンの変更によって約300〜320馬力までチューンナップ。なお、ロシュは入社当時からカムシャフトの設計に長けていたため「ノッケン(カムシャフト)・パウル」のあだ名がつくほどであり、このM30はもちろん、さまざまなエンジンでマジックかのようなチューンを披露しています。

M1ゆずりの直6エンジンはSOHCながら300馬力オーバーを達成。リッターあたり100馬力オーバーはさすがMスポーツ。
ところで、グループA参戦に先立つこと3年、BMWはM1に続き、より多くの販売が望めるMモデル「M6」をデビューさせています。ご存じの通り、こちらにはM1に搭載されたエンジンをベースに、より公道走行に適したカスタムがなされています。例えば、M1のドライサンプからウェットサンプへの変更、クーゲルフィッシャー製機械式燃料噴射からボッシュのモトロニック、シリンダーヘッドの内部設計(バルブサイズやスプリングの最適化)、そしてM1では美しいタコ足だったものを鋳物にするなど多岐にわたります。すると、最高出力はM1の277馬力から286馬力へとむしろパワーアップを実現。パウル・ロシュにしか作れない希代のグランドツアラー用エンジンがシルキーシックスと称されたのはまさにこのエンジンが嚆矢となったのです。

コックピットと呼ぶにふさわしいスパルタンなインテリア。シートはレカロの新品にアップデートされています。
ワークスマシンは1億円超え
さて、635CSiのグループAマシンは記録上80台がロールアウトしています。ご紹介しているE24 RA2-79は前述の通り、影のワークスたるシュニッツァーがロベルト・ラヴァリア、エマニュエル・ピロといった腕っこきに走らせた実際のマシン。搭載されたのは前述の通り300馬力ほどにチューンされたM30で、軽いとは言い難い車体(1390kg)にあわせてショックやブレーキが徹底的にカスタムされています。なお、現役当時はBBS製マグネシウムホイールを装着していましたが、経年劣化を勘案してドイツのイルムラーレーシング製ホイールに変更されています。同社はBBSのレストア、ならびにリプロダクトで定評があり、ヒストリックレース界隈では実力派として名が知られているとのこと。
また、同車のレストアをになったヴィンク社もまたBMWやフォード・カプリのレストアで名を馳せたファクトリーであり、現状のままヒストリックレースに参戦可能とコメント。どうやら、M社あがりのメカニックがいるらしく「タペット調整はロシュ仕込み」といった評判も散見できます。

ドイツのレストアラーによって、現状のままヒストリックカーレースに出られるコンディションとなっています。
戦績はもちろん、プリペア歴もはっきりしているワークスマシンだけに、オークションでの指し値も50万~70万ユーロ(約9000万~1億3000万円)となかなかのもの。しかし、BMWファンならずとも、クルマ好きならその価値には納得するほかないでしょう。傑作エンジンを積んで、輝かしいリザルトを残した正真正銘のレーシングカー、しかも世界で最も美しいといわれたスタイリングとなれば、本来は価格のつけようもないからです。

マフラーは右後輪の前に設定され、レース中はここからアフターファイアをさかんに吐き出していました。

24時間耐久のように夜間を走る際、ピットスタッフが認識しやすくするためのルーフランプ。

出品車両にはご覧のスペアホイールをはじめ、異なるスリップファクターのLSDが付属しています。




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