ラストクラフトヴァーゲンの頭文字から名づけられたメルセデスベンツの「Lシリーズ」とは、1930年代~1970年代にかけて生産された商用トラック、あるいは商用バンを指します。縦置きキャブオーバーというレイアウトが生んだ取り回しの良さは、ライバル勢に対するアドバンテージになっていました。

文: 石橋 寛/写真: RM Sotherbys
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多目的な商用バンとしては1955年のモデル「L319」が嚆矢に

トランスポーターの魅力というのは、使ったことがなければ伝わりづらいものかもしれません。なんでもかんでも詰め込んで、たいていはアップライトなドライビングポジションと良好な視界、とにかくエンジンが遅くてもトランスポーターなら我慢もできるというもの。近頃はミニバン人気も手伝ってか、こうした長閑なトランスポーターが再注目されている模様。中でも、質実剛健さを売りにしていた頃のメルセデスベンツはクラシック扱いされて、なかなかのプライスを掲げているのです。

同社のトランスポーターはドイツ語で「トラック」を意味する“Last kraftwagen”(ラストクラフトヴァーゲン)の頭文字からLシリーズと呼ばれています。最初にLを名乗ったのは1932年に登場した「Lo2000」でしたが、トランスポーターというほど拡張性はなく、小型トラックと呼んだ方がふさわしいものでした。

となると、多目的な商用バンとしての登場は1955年、戦後の高度経済成長期に開発された「L319」が初代モデルでしょう。車名は社内の開発プロジェクトで300番台、その中で19番目に生産開始された、という意味合い。これは、後にルールが改変されることになります。

画像: 6ライトのパノラマバスが架装された標準シャシー。すべてスライド式の開閉機構付きというのは当時としては画期的だった模様。

6ライトのパノラマバスが架装された標準シャシー。すべてスライド式の開閉機構付きというのは当時としては画期的だった模様。

メカニズムはさすが当時のメルセデスベンツ

L319のシャシーは一見すると「ただの頑丈なトラックの骨組み」ですが、その中身は「高荷重に耐えるラダーフレームの強さ」と「メルセデスベンツが乗用車で培った長距離移動での快適性・安定性」を両立させた、じつに贅沢なものでした。例えば、ボディ(キャビン)の床面と強固なラダーフレームを溶接で一体化させた「セミ・モノコック(ディープ・プラットフォーム)構造」とすることで、剛性を確保しつつ、床面をできる限り低くし、荷室の容量を広げることに成功しています。

画像: 現代のLシリーズ(大型トラック)にも通じるアップライトで広い視界がもたされた運転席。ラウンドしたフロントスクリーンにもご注目。

現代のLシリーズ(大型トラック)にも通じるアップライトで広い視界がもたされた運転席。ラウンドしたフロントスクリーンにもご注目。

画像: 60年代のクルマだけあって、メーター類は最低限、かつシンプルなことこの上なし。用途不明なノブの多さもレトロ風味⁉

60年代のクルマだけあって、メーター類は最低限、かつシンプルなことこの上なし。用途不明なノブの多さもレトロ風味⁉

また、ダブルプログレッシブのリーフスプリングも先進的な設計。これは、荷物が空のときは、メインの板バネだけが動いてショックを吸収し、重い荷物を載せて車高が下がると、補助のリーフ(ヘルパースプリング)が効き始め、足回りが踏ん張るようになるというもの。L319は常に安定した接地感を保ち、「アウトバーンを矢のように真っ直ぐ走る」と称賛された高い巡航性能を生み出していたのです。

さらに、フォルクスワーゲンをはじめとしたライバルに差をつけていたのが、小回りの良さでした。エンジンとミッションを乗用車から流用したことで、L319は縦置きのキャブオーバーというレイアウトを取らざるを得ませんでした。が、これが幸いしてタイヤハウスに余裕が生まれ、大きなハンドル切れ角をゲット。大柄なボディに対し、わりと短いホイールベースと相まって、取り回しは非常に良かったとされています。

画像: 乗車定員は9人とされているバス仕様。驚きなのは、25人ほどが乗れるマイクロバス「O309」も同じシャシーでリリースされていること。

乗車定員は9人とされているバス仕様。驚きなのは、25人ほどが乗れるマイクロバス「O309」も同じシャシーでリリースされていること。

画像: フォルクスワーゲンと違って、前席左右とリアの観音開きのみなので、後席の乗り降りは慣れが必要かもしれません。

フォルクスワーゲンと違って、前席左右とリアの観音開きのみなので、後席の乗り降りは慣れが必要かもしれません。

L406パノラマバスは4万ユーロ前後の値付け

当初はエンジンもまた乗用車の180Dからの流用で、1.8リッターのディーゼル、43psほど。ほぼ同時にラインナップしたガソリンエンジンは1.9リッター、65psと公表されています。比較的コンパクトなエンジンで、キャブオーバーながら室内への張り出しは最小限。前席左右の間隔も十分にあるので、居住性に難くせをつけるユーザーはいなかったようです。なお、319から406/405、あるいは508/608へとモデルチェンジやバリエーションが増えるにつれてエンジンラインナップも拡大。ちなみに、前述の車名ルール変更は1966年リリースの406からで、総重量4トンクラス、エンジンパワーが末尾の数字を10倍にしたものとなっています。

ご紹介しているL406は1966年リリースのパノラマバス仕様。スライド式ながら、すべての窓が開閉可能となっています。リアのタイヤハウスこそ出っ張ってはいるものの、低床設計が功を奏して余裕あるスペースが確保されています。この年から、Lシリーズはバウカステン方式、すなわちモジュール設計の先駆けとなり、車内を立って移動できるハイルーフ、あるいは消防車や救急車などさまざまなバリエーションが生まれました。さすが、商売にさといメルセデスベンツらしいポイントといえるでしょう。

画像: 約60馬力を発生する1.9リッター直4エンジン。縦置きされて、メンテナンスは室内のカバーを外して行うタイプ。

約60馬力を発生する1.9リッター直4エンジン。縦置きされて、メンテナンスは室内のカバーを外して行うタイプ。

Lシリーズは商用車としてのデビューなので、中古車市場に流れてくるサンプルは過走行、かつ経年劣化の激しいものが少なくないようです。が、生まれもってのヘビーデューティな設計に加え、サードパーティからの部品供給もあって、きちんとリサイクルされている中古車も多数流通しています。こちらのサンプルも、3万5000~4万5000ユーロ(約650万~830万円)という堂々たる値付けがされているものの、機関系、およびインテリアのレストアはバッチリ。クラシカルで愛嬌あるスタイリング、そしてタフな使い勝手とくれば、最高速100km/h足らずのトランスポーターでも愛着がわいてくること間違いありません。

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