文: 石橋 寛/写真: RM Sotherbys
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ミッドシップの勃興に抗ったエンツォ
フェラーリ365GTS/4、いわゆるデイトナ・スパイダーは生産台数122台という超貴重品。みんな大好き「マイアミ・バイス」ではミサイルで木っ端みじんにされた時には誰もが息をのんだはず。ですが、ご安心ください。粉々になったのはもちろんレプリカで、これが縁となってフェラーリはテスタロッサを無償提供するに至ったのです。そんな逸話に事欠かないデイトナ・スパイダーですが、やっぱり実車はカッコよくてたまらない1台です。
1960年代の終盤、ランボルギーニ・ミウラがミッドシップをロードカーで実現したというニュースが世界を震撼させました。スポーツカーメーカーは浮足立ち、ミウラ追撃の準備に入ったことは言うまでもありません。が、フェラーリだけはこのトレンドを見て見ぬふり。危機感を抱かなかったとは思えませんが、ミッドシップに踏み切らなかったのはエンツォ・フェラーリのかたくななまでのFR信奉にあったのです。
「馬(エンジン)は馬車(車体)の前で引くものだ」という哲学こそマラネロがFRスポーツカーにこだわった最大の理由とされ、ミウラを見てもコメンダトーレは眉ひとつ動かさなかったと伝えられます。
むしろ、ミウラ登場の2年後にフェラーリが出した答えはまたもやFRモデル。伝統のV12エンジンをフロントに積み、トランスアクセルを仕込んだ365 GTB/4は、のちに「最後の正統FRモデル」と称され、伝説的な存在となったのでした。

デイトナ・クーペはミウラの2年後、1968年にデビューして売れ行き絶好調だったため、スパイダーはさらに1年後の1969年に発売。

スカリエッティによるスパイダーボディですが、もとのデザインはピニンファリーナ所属のフィオラバンティによるもの。
古典的V12ながら洗練度は高い
当時のフェラーリにとってV12エンジンは、名エンジニアのジョアッキーノ・コロンボが設計したレース用ユニットがベースでした。最初は1947年の1.5リッターで、「1気筒あたり125cc」という極小のピストンが12個並ぶ構造で、アルミニウム合金を多用することで、12気筒でありながら非常に軽量かつコンパクトだったもの。これが時を重ね、デイトナではついに4.4リッターまで拡大。これはフェラーリが自社で鋳造するエンジンブロックの強固さがなければ実現しえないものに違いありません。

伝統のコロンボ・ユニットは4.4リッターまで拡大され、DOHC化。欧州仕様で355馬力、北米仕様は排ガス規制から330馬力にデチューン。
ティーポ251と名付けられたエンジンは、60度のバンク角を持ち、4391ccの排気量から352ps/7600rpm、44.0kgm/5500rpmをアウトプット。それまでのコロンボ・ユニットがSOHCだったのに対し、ツインカム化されていることも大きなトピックといえるでしょう。また、キャブレターもウェーバー40 DCN20を6基にするなどアップデートされ、あわせてベンディックスの燃料ポンプを2基連携させています。
安定期に登場したスパイダー
1969年、フェラーリはフィアット傘下となり、財政基盤が安定しました。それゆえ、ボディを製造していた外注先、スカリエッティさえも近代化が進み、ボディのバリエーションを増やすことが容易になったのです。無論、最大のマーケットとなった北米からの「スパイダーまだかよ」と強いリクエストがあったことは想像に難くありません。
それでも、総数は122台とか121台とか少ないのは、デイトナ・クーペが圧倒的に売れ続けたからにほかなりません。当時の新車価格はクーペが1万9500ドル、スパイダーは2500ドル増しの2万2000ドルと、さして違いはないのにちょっと奇妙な現象です。もっとも、中古市場となるとまったく別の話で、スパイダーはクーペの3倍から4倍の高値が一般的。これが、今回ご紹介しているグリジオアルジェンタ(シルバーメタリック)のヨーロッパ仕様となるとさらに高騰し、5億円とも6億円とも言われています。

後の365/512に続くインテリアとシートのデザインにご注目。デイトナからだいぶ近代的な意匠が導入されています。

メーターレイアウトは従来のフェラーリ式を踏襲。カタログは280km/hを記載しつつ、実測はわずかに遅い277km/hでした。

サイドマーカーを装備しないところが欧州仕様の証。ホイールはスピナー式のセンターロックというのが古風です。

ビニールのリヤウィンドウというのが当時らしいシンプルさ。滅多に見られないソフトトップ使用シーンです。

新車時の車載工具にはスピナーを叩くプラスチックハンマーも付属。レザーケースというのもフェラーリらしいところ。
レプリカに激怒したフェラーリ
さて、マイアミ・バイスでデイトナ・スパイダーが破壊されたことは前述の通りですが、これはフェラーリ本社から「レプリカを出演させるな」と強いクレームが寄せられたことによる、プロデューサーによる苦肉の策。ちなみに、レプリカを製作したのは北米でも有名なマックバーニー社で、番組同様に訴えられて敗訴。288GTOのレプリカなども製造していたのですが、一切できなくなってしまいました。
しかし、番組のほうはレプリカを“きちんと”ぶっ壊したことが認められ、あろうことか今度はフェラーリ・ノースアメリカがスポンサーにつくことに。正真正銘、本物のテスタロッサが提供されたのは有名なエピソードでしょう。
ともあれ、レプリカだろうと本物だろうと、デイトナ・スパイダーのカッコよさには文句のつけようもありません。技術が進化し、時代がどれほど移り変わろうとも、この完璧な美学が色褪せることは永久にないでしょう。


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