昭和を駆け抜けた和製スポーツモデルたち。その勇姿を、モーターマガジン社の70年以上にわたる取材記録や当時の写真を基に紹介しよう。今回は、1967年に発売されたロータリーエンジン搭載車、マツダ コスモスポーツだ。

REの試作スタートから6年あまりを経て市販に至る

画像: コスモスポーツはモーターショーでいつも人気を集めた。写真は昭和39(1964)年の第11回 東京モーターショー。

コスモスポーツはモーターショーでいつも人気を集めた。写真は昭和39(1964)年の第11回 東京モーターショー。

昭和40(1965)年、41年のショーにもコスモスポーツは出展されたが、市販までには至らず、その間もマツダ技術開発陣の実用化に向けての苦闘が続けられていた。そして画期的ともいうべきカーボンアペックスシールの採用によって、ついに性能低下の問題を解決したのは41年12月のことであった。こうしてREの試作をスタートさせてから実に6年あまり、昭和42(1967)年5月からコスモスポーツの市販が開始されている。

外誌で「エキゾチック」と評された、低くテールの長い独特のスタイルのボディに搭載されたREは、491cc×2ローターの10A型で、最高出力は110ps/7000rpm、最大トルクは13.3kgm/3500rpmを発生した。最高速は185km/h、ゼロヨン加速は16.3秒だった。サスペンションはフロントがダブルウイッシュボーン、リアはド・ディオン式アクスル、ブレーキはフロントがディスクである。

発売から1年2カ月あまりの昭和43(1968)年7月、マイナーチェンジで10A型REは110psから128psに出力アップ、ホイールベースの延長やトランスミッションの変更(4速から5速へ)などが行われた。これによって最高速は200km/hに、ゼロヨン加速タイムも15.8秒を実現するまでになっていた。

昭和47(1972)年9月、カペラやサバンナなどのRE搭載モデルに席を譲るかたちで、「REの先兵」であるコスモスポーツは生産を終了した。発売から5年あまり、累計生産台数は1176台であった。

時は流れ平成3(1991)年、マツダは4ローターREでル・マン24時間レースで初の総合優勝を収めた。ロータリーエンジンの市販化からRX-8の生産終了までの45年間、マツダは絶えずREを搭載したスポーティカーを世に送り続けたが、その原点がこのコスモスポーツだった。

画像: 短いシフトレバーや大径のステアリングホイールが当時を偲ばせる。助手席にはアシストグリップが備わっていた。

短いシフトレバーや大径のステアリングホイールが当時を偲ばせる。助手席にはアシストグリップが備わっていた。

マツダ コスモスポーツ 主要諸元

●全長×全幅×全高:4140×1595×1165mm
●ホイールベース:2200mm
●車両重量:940kg
●エンジン:直2ローター
●総排気量:491cc×2
●最高出力:110ps/7000rpm
●最大トルク:13.3kgm/3500rpm
●燃料供給装置:キャブレター
●トランスミッション:4速MT
●駆動方式:FR
●タイヤサイズ:6.45-14
●当時の車両価格:148万円

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