文: 石橋 寛/写真: RM Sotherbys
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空冷911の「再考」が辿り着いた、ひとつの到達点
ポルシェのファンや熱心なクルマ好きなら、ここ数年の自動車界隈における最大のトピックが「レストモッド(レストア+モディファイ)」の爆発的な進化であることを肌で感じておられるはず。クレーマーやルーフ、DPといったかつての伝説的チューナーとは異なるアプローチで、今や世界の頂点に君臨するのが、「シンガー・ヴィークル・デザイン」であること間違いありません。

見た目はポルシェ911に似ていながら、構造やパフォーマンスはもはや異次元。このファイヤーフライは2025年に新車価格3億とも5億ともいわれました。
今回ご紹介する究極のプログラム「DLS ターボ(Dynamics & Lightweighting Study Turbo)」の誕生は、そんなシンガーの歴史において大きな意味が持たされたモデル。このDLS ターボというプロジェクトの成功によって、彼らはその地位をさらに盤石なものとし、もはや一介のビルダーではなく、独自の哲学と超一級のエンジニアリングを持つ「独立した自動車メーカー」として世界に認められる存在へと完全に脱皮したのです。

ソリッド・タンジェリンのボディカラーは、紛れもなくレースでおなじみのイエーガーマイスターのオレンジをトリビュートしたもの。
伝説のIMSAレーサー「934/5」を現代に蘇らせる:ファイヤーフライ・コミッション
今回ご紹介するのは、わずか約10台のみが製造されるという極めて貴重な右ハンドル仕様であり、英国の熱狂的なオーナーのために仕立てられた1台「1991 ポルシェ 911 リイマジンド by シンガー - DLS ターボ - ザ・フライフライ・コミッション(The Firefly Commission)」です。この佇まいを見て、思わず胸を熱くしたベテランファンも多いはず。 ワイドなフルカーボンボディのモチーフとなったのは、1970年代後半のIMSAシリーズなどで大暴れした伝説の耐久レーシングカー「ポルシェ 934/5」に他なりません。
シンガーの創業者であるロブ・ディキンソン氏は、幼少期にこの934/5の姿を見て以来、その過激な空力フォルムとターボパワーの虜になったといいます。その彼が、現代の最高峰のCFD(数値流体力学)技術とカーボンテクノロジーを駆使して、往年のシルエットを21世紀に蘇らせたのが、このDLS ターボというわけです。

99台の限定生産のうち、右ハンドル仕様は10台のみ。オークションに出品されているものの、落札予想価格が公表されておらず、天文学的な値段となるはず。
そんなロブがこだわったのは、「サーキット仕様」と「ロード仕様」という、ふたつの異なる空力ボディパーツを用意することで、ホモロゲモデルを再現することでした。トラック仕様は、巨大なアジャスタブル・リアウィングと、路面を這うようなフロントスプリッターを装備して、レーシングカーそのものの姿。ロード仕様ではフロントノーズをすっきりとさせ、リアにはダックテールを配したクラシカルな装いとしています。
なお、2パターンともにオーナーに納められるとのことで、その際はボディ同色のフライトケースに収納されるという徹底ぶり。シンガーがいくら高価でも、ウケる理由はこのへんにもありそうです。

DLSターボのためだけに、レースミッションの名門「リカルド」が新型ミッションを開発。ポルシェ純正G50では700馬力に対応しきれなかったのだとか。
シンガー史上で最も意欲的なターボチューン
搭載される3.8リッター水平対向6気筒ツインターボエンジン(最高出力710馬力、レブリミット9000rpm)のマニュファクチャリングをシンガーと共に行ったのは、イギリスの「ニコルソン・マクラーレン・エンジニアリング」、そして開発フェーズの根底にはレーシングエンジンの世界的名門「コスワース」や「ウィリアムズ・アドバンスド・エンジニアリング」の知見が注ぎ込まれています。

文字盤のデザインやフォントも古き良きポルシェのスタイルを踏襲したシンガーのオリジナル。
タイプ964のエンジンブロックをベースにしつつ、シリンダーヘッドには水冷式(4バルブ)を採用し、シリンダー本体は空冷のままという「水冷ヘッド×空冷ブロック」のハイブリッド構造を採用。まさに、935や962,あるいは959が取り入れた手法と等しいもの。
さらに、伝統的なクランクシャフト駆動のファンを廃し、電動の垂直マウント冷却ファン、可変ジオメトリー(VTG)ツインターボや電動ウェイストゲートと組み合わせることで、空冷らしい荒々しく官能的なサウンドを響かせながらも、現代のハイパーカーを置き去りにするレスポンスを実現しているのです。

水冷ヘッド×空冷ブロックという935や962の手法をニコルソン・レーシングがブラッシュアップ。最高速:350km/h、0-100km/h:3秒未満と公表されています。
ミッションはG50なのか?750Nmを受け止める「答え」
パワーを受け止めるトランスミッションについても「ポルシェの5/6速といえばG50型マニュアルが定番だけど、DLS ターボもG50の強化版なのか?」と思われるかもしれません。が、答えは「ノー」。G50型では、このエンジンの生み出す750Nmという強大なトルクと、9000rpmという超高回転の負荷には耐えがたいとのこと。

これまた懐かしいデザインのホイールはマグネシウムで、F: 245/35 ZR19、R: 325/30 ZR20のミシュラン・ピロートスポーツ・カップ2を純正タイヤに採用。
これまで、自然吸気版「DLS」ではヒューランド製のマグネシウム・ギアボックスが使われていましたが、今回のターボ化に伴い、イギリスの駆動系サプライヤーであり、F1やル・マン、WRCのレーシングトランスミッションを手がけてきた「リカルド」社が、シンガーのために新設計した専用の6MTギアボックスを採用しています。クラッチには最大1300Nmのトルクに対応するザックス(Sachs)が組み合わされ、キャビン内にはシフトリンク機構が露出した、位置の高いレーシング・シフトレバーを装備。ドライバーが右手を伸ばした瞬間、そこにあるのは90年代の市販車のパーツではなく、現代の最高峰モータースポーツ・テクノロジーそのものなのです。
「自動車メーカー」へと脱皮した、近年のシンガーの歩み
このように、単に古いパーツをリフレッシュして綺麗に仕立て直すのではなく、ポルシェへの深いリスペクトをベースにしながら、現代の法規制や超高性能の基準に適合する「独自の新型車」を作り上げるという、妥協なきエンジニアリングの円熟こそが、現在のシンガーが持つ最大の凄みであり、世界中のエンスージアストが彼らをリスペクトする理由にほかなりません。

ダックテールとなるロード仕様。オーナーにはトラック/ロード2パターンのボディキットが納められるというシンガーらしい贅沢さです。
空冷ポルシェのオリジナリティを尊ぶナロー信奉者でさえ、このカーボンとターボの咆哮が織りなす「再解釈された911」の前には、ただただ脱帽するほかないのではないでしょうか。シンガーが切り拓いたこの新時代は、クラシックカーカルチャーの未来を明るく照らす、まさに一筋の「ファイヤーフライ(ホタル)」のような、眩い輝きを放ち続けています。






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