電動車いすは歩く速さで、手元のレバーで操るもの。そう思っていないだろうか。スイスのGenny Factoryが2025年に生産を始めた「Genny Zero」は、車輪2つで立つ電動車いす。EUの医療機器規則に適合しており、上体を倒すと進む。各地域の法令の定めに合わせて調整可能なものの、最高時速は20km/hを発揮し、航続距離は最大20km。価格は14,970ユーロ、税抜で約275万円からだ。

文: 石川順一
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電動車いすは、歩く速さの乗り物だという先入観

街で見かける電動車いすは、歩く人と肩を並べる速さで進んでいく。乗る人は手元のレバーを倒して、行く向きと速さを決める。電動車いすとはそういう乗り物だという感覚を抱いていないだろうか。実際、それは日本国内では当たっていて、道路交通法施行規則で、電動車いすを歩行者として扱う都合上、最高時速6km/hとするよう定められている。

だが、所変われば常識も変わる。スイスのGenny Factoryが作る「Genny Zero」は日本の枠には囚われない1台だ。同社は車いすを、手で漕ぐもの、レバーで操るもの、体で操るものの3つに分け、Genny Zeroを3つ目だと説明する。

画像: ミラノの大聖堂前の広場を行くGenny Zero。クルマのそれに近いワイド感を誇る車輪を左右に一つずつ備える

ミラノの大聖堂前の広場を行くGenny Zero。クルマのそれに近いワイド感を誇る車輪を左右に一つずつ備える

EUの医療機器規則に適合する電動車いすとして販売されており、2025年に生産が始まった比較的新しいモデルだ。日本の電動車いすは4つ以上の車輪で地面に踏ん張り、止まっていても倒れないのが当たり前だが、Genny Zeroの車輪は左右に1つずつの2つだけ。それでいて各地域の法令の定めに合わせて調整可能なものの、最高時速は20km/hにも達する。

画像: 基本の仕様「Base」。座の前にハンドルが立つ

基本の仕様「Base」。座の前にハンドルが立つ

上体を倒すと進み、起こすと止まる

乗り込むあいだ、車体は下から展開されたスタビライザーで地面に立つ。座席の横の取っ手は倒すことができ、乗り降りで体を支える場所になる。一人でも乗り降りができるようにするための工夫だ。座ってボタンを押すと脚がしまわれ、車体は2つの車輪だけで立つ。倒れずにいられるのは、車体が動きを毎秒200回読み取り、モーターで姿勢を調整し続けているからだ。

走らせ方は、レバーの電動車いすとまるで違う。上体を前に倒すと進み、起こすと止まる。アクセルやブレーキのレバーは無く、速さを決めるのは手ではなく上体の動きなのだ。曲がるときに使うのは、座の前に立つハンドルだ。その両端には減速を助けるボタンがあり、止まるのを体の動きだけに任せきりにはしていない。漕がなくていいので、片手が空く。降りるときはボタンでもう一度、スタビライザーを出す。

画像: ハンドルの中央に並ぶボタン。両端の2つが減速を助ける

ハンドルの中央に並ぶボタン。両端の2つが減速を助ける

ただし、誰でも乗れるわけではない。対象は、脚が不自由で、体幹と腕を十分に動かせる方。専門家が適性を確かめ、乗り移りや運転を習う初回の講習を受けることが条件になっている。

画像: 車体の下で前後に開くスタビライザー。乗り降りのときに地面に着く

車体の下で前後に開くスタビライザー。乗り降りのときに地面に着く

セグウェイに似た2輪。違いは座る人のための独自の設計

2つの車輪で自立し、体を倒して進むと聞けば、セグウェイを思い出す人もいるはずだ。米国のSegwayが世に出した立ち乗りの2輪車で、体を前に傾けると走り出すという新感覚が話題を呼んだ。

並べてみると、2台はよく似ている。どちらも最高時速が20km/hだし、その場で向きを変えられるところも共通している。違うのは成り立ちだ。Genny Zeroは既存の2輪の土台を改造したものではない。立ち上がって身を守ることのできない人のために、Genny Factoryが自立制御技術を含めて、独自に設計した。異常を検知すると車体を自動で水平になるし、モーターの巻線は故障に備えて二重にしてある。

全長は81.5cmと小さく、その場で回れるので、狭いエレベーターも使える。登れる坂は20%まで。建物に設ける車いす用の傾斜路の勾配は、バリアフリー法に基づく政令が12分の1までと決めている。割合に直すと約8.3%で、建物のスロープより傾きのきつい坂も登れる計算になる。越えられる段差は5cmだ。

車体は樹脂の一体構造で、重さはバッテリーを除いて65kgと重厚な見た目からすると軽量だ。成形を受け持ったのは、バイクの樹脂外装を作るAcerbis社。上級グレードのPlus+なら、バイク用高性能パーツの代名詞ともいえるオーリンズのショックが付き、伸び側と縮み側の効きを乗る人の体重に合わせておける。

画像: 座席の後ろに付くオーリンズのショック

座席の後ろに付くオーリンズのショック

バッテリーは抜き差しできるものが2個で、航続距離は最大20km。追加バッテリーを使えば最大40kmまで延ばすことができるので、普段の移動には十二分だ。

画像: 車体から抜き差しできる2個のバッテリー

車体から抜き差しできる2個のバッテリー

日本の歩道を走るには、最高時速6km/hの仕様が必要

日本の決まりに当てはめてみると、まず大きさは電動車いすの枠に収まる。けれども最高時速20km/hのままでは規定に収まらず、自動車か原動機付自転車の扱いとなる。運転免許が要らない区分の特定小型原付にも、幅が基準の60cmを超えるので収まらない。

先行して社会実験が行われていた、立ち乗りのセグウェイにしても最終的には実証実験の域を出ず、2023年の法改正で歩行者と同じ扱いが認められたのは、最高時速6km/hまでの「移動用小型車」に限られた。

歩行者として歩道を走るには、最高時速6km/hまでに抑えた仕様が要る。座って体を傾けて進むホンダのUNI-ONEは、その枠で認定を受けた法人向けの乗り物だ。Genny Zeroは最高時速を地域の法令に合わせて調整できる作りとなっているが、日本に向けた仕様の発表はまだ無い。

メーカー希望小売価格は、基本仕様のBaseで14,970ユーロ。日本銀行が2026年10月分として示す裁定外国為替相場の1ユーロ184円で換算すると、税抜で約275万円になる。オーリンズのショックが標準で付くPlus+は、そこから約27万円高くちょっとしたスポーツカーにも匹敵する値段となってくる。それでも体を前に倒せば走り出すという、新しい電動車いすの姿をいち早く示した価値は変わらない。Genny Zeroが日本でどのように展開されていくか、続報が待たれる。

Genny Factory Genny Zero 主要諸元

・区分:電動車いす(EUの医療機器)
・乗車定員:1人
・乗車可能な条件:16歳以上、体重40〜120kg。片脚か両脚が不自由で、体幹と腕を十分に使え、認知・視覚・聴覚に大きな問題がない(専門家の評価と初回の講習が必要)
・全長×全幅:815mm×625mm(足置きを含む)
・座面の高さ:640mm
・重量:65kg(バッテリー込み70.2kg)
・最高時速:20km/h(国ごとの規制に合わせて調整可能)
・登坂能力:最大20%
・乗り越えられる段差:50mm(停止状態から)
・航続距離:最大20km(追加のバッテリーで最大40km)
・モーター:最高出力1kW×2(合計2kW、二重巻線)
・バッテリー:72V・7Ahのリチウムイオン×2(取り外し式)
・取っ手:折りたたみ式(高低を選択可)
・リアサスペンション:オーリンズ製ショックアブソーバー(Plus+・Advanceに標準、Baseはオプション)
・XRキット:1,200ユーロ(2026年9月23日から。装着時の左右の車輪の外幅86cm、重量75kg)
・価格(税抜):Base 14,970ユーロ/Plus+ 16,458ユーロ/Advance 17,520ユーロ
・販売地域:欧州、豪州など
©Genny Mobility

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