日本は取り残された感があるが、世界の大都市で電気自動車のフォーミュラレースが盛り上がりを見せている。ニッサンの参戦開始もあって、いよいよ横浜での開催に向けて気運が高まりつつあるフォーミュラEを紹介しよう。

2014年9月、最初のフォーミュラEレースは中国・北京で開催

FIAジャン・トッド会長の肝いりで、2012年夏、フォーミュラEの主催団体としてロンドンに設立されたのがフォーミュラEホールディングスだった。

フォーミュラEホールディングスのコンセプトは明快だった。クリーンな新しい自動車レースを実現すべく、「完全な電気自動車のフォーミュラカーを使ったレースを世界の大都市で行う」というものだ。“都市部の大気汚染緩和のための電気自動車の普及”を旗頭に掲げて、開催サーキットは世界各国の大都市の市街地特設コースを使うこととなった(現在は例外的に都市内にある常設サーキットでも開催されている)。

2年にわたる準備期間を経て、2014年9月13日、記念すべき最初のフォーミュラEレースは、中国・北京市内の市街地コースで開催された。

1年目はワンメイクでスタート。マシンはフォーミュラEのためにフランス・パリに設立されたSRT(スパーク・レーシング・テクノロジー)が供給(実際の設計・開発はイタリアのダラーラ)。モーターはマクラーレン・エレクトロニクス・システム、バッテリーはウイリアムズ・エレクトロニクス・システム、パワートレーンのコントロールはルノーが担当した。

タイヤはミシュランから供給される18インチを使うことになったが、フォーミュラカーでは異例の、市販車用のようなタイヤも話題となった。

ただし、レースとしては拍子抜けする部分もあった。レースはフリー走行、予選、決勝レースを1日で行うのが特徴で、レース時間は1時間程度と設定されていたが、1年目に準備されていたバッテリーでは20分から30分しか走行できず、レース中にマシンを乗り換えなければならなかったのだ。

それでも、当初こそ「まだ時期尚早」「企画倒れ」などと陰口も叩かれて少々キワモノ的扱いを受けていたFIAフォーミュラE選手権だったが、2年目以降は世界的な電動化の流れに敏感な自動車メーカーやトップチーム、サプライヤーが興味を示すようになっていく。

画像: 2014年9月13日、記念すべき最初のフォーミュラEレースを制したのは、ルーカス・ディグラッシ(アウディスポーツABTフォーミュラEチーム)だった。

2014年9月13日、記念すべき最初のフォーミュラEレースを制したのは、ルーカス・ディグラッシ(アウディスポーツABTフォーミュラEチーム)だった。

画像: シーズン1はバッテリー容量が小さかったため、各ドライバーは2台のマシンを用意、レース途中で乗り換えた。

シーズン1はバッテリー容量が小さかったため、各ドライバーは2台のマシンを用意、レース途中で乗り換えた。

画像: 2014年の北京E-Prixの市街地コースは北京オリンピックが行われた会場周辺に設けられていた。従来のモータースポーツと異なり、年をまたいで行われるのも特徴。

2014年の北京E-Prixの市街地コースは北京オリンピックが行われた会場周辺に設けられていた。従来のモータースポーツと異なり、年をまたいで行われるのも特徴。

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